「カアイソウ」とは?三重小2女児失踪事件や怪文書について!

検索してはいけない言葉とも言われる「カアイソウ」をご存知ですか。三重小2女児失踪事件で届いた怪文書の一部であり、「ミユキカアイソウ」や「トミダノ股割レ」など意味不明な文章が人々の恐怖を煽りました。今なお未解決である三重小2女児失踪事件についてご紹介します。

「カアイソウ」とは?三重小2女児失踪事件や怪文書について!のイメージ

目次

  1. 1「カアイソウ」とは?三重小2女児失踪事件の真相に迫る!
  2. 2「カアイソウ」とは?
  3. 3【未解決事件】三重小2女児失踪事件の詳細
  4. 4三重小2女児失踪事件の不審な点
  5. 5送りつけられてきた怪文書「カアイソウ」とは?
  6. 6三重小2女児失踪事件から28年

「カアイソウ」とは?三重小2女児失踪事件の真相に迫る!

検索してはいけない言葉とされる「カアイソウ」や「トミダノ股割レ」。この「カアイソウ」や「トミダノ股割レ」という言葉には、1991年3月15日に起きた三重小2女児失踪事件が絡んでいます。

この事件は「加茂前ゆきちゃん行方不明事件」や、届いた怪文書の内容から「カアイソウ、カアイソウ事件」とも呼ばれており、現在も事件の犯人や真相は分かっておらず未解決事件となっています。この記事では、こちらの三重小2女児失踪事件と、怪文書「カアイソウ」の謎に迫ります。

「カアイソウ」とは?

「カアイソウ」とネットで検索したことや、見かけたことはありませんか。既にご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、知らない方にとっては「カアイソウ」とは何なのか、可哀想とは違うのか、よく分からない言葉であることでしょう。まずはこちらの「カアイソウ」とは一体何なのか、詳しく見ていきます。

三重小2女児失踪事件で送りつけられた怪文書

「カアイソウ」とは、三重小2女児失踪事件の発生から3年後に、被害者宅に送りつけられた怪文書の内容の一部です。怪文書は3枚構成で、鉛筆で下書きをした上からボールペンで清書がしてありました。

宛名は「加茂前秀行」様と書かれていましたが、実際は芳行(よしゆき)さんであるため、間違えたものと思われます。

怪文書の一枚目には『ミゆキサンにツイテ』と書かれてあり、『ミユキ カアイソウ カアイソウ』という文章から始まるため、「カアイソウ」が三重小2女児失踪事件のキーワードのようになりました。

怪文書の内容は、片仮名と平仮名、漢字混じりで「シュンガノオモテノハンタイノ」や「トミダノ股割レ」など隠喩らしき言葉が多用されていて解読不能であり、その意味不明さが不気味さを際立たせています。

また、失踪したのは加茂前ゆきちゃんなのですが、怪文書では『ミユキ(ミゆキ)』と書かれてあり、これも名前間違いであるのか、何か意図があって「ミ」を付けているのかは定かではありません。

【未解決事件】三重小2女児失踪事件の詳細

「カアイソウ」の怪文書で知られ、怖れられる三重小2女児失踪事件とは、1991年に当時小学2年生だった加茂前ゆきちゃんが行方不明となってしまった事件です。こちらの三重小2女児失踪事件の詳細について、時系列に沿ってご紹介します。

1991年3月15日加茂前ゆきちゃんが14時ごろ帰宅

1991年3月15日、当時小学2年生で8歳の加茂前ゆきちゃんは、通っていた富田小学校を13時頃に出て13時30分~14時頃までに帰宅したとみられます。

家では父親である芳行さんが夜勤明けで寝ていましたが、ゆきちゃんは普段から父親を起こさないようにそっと帰宅し、帰宅後も静かにしていたそうで、この日も芳行さんはゆきちゃんの帰宅には気付きませんでした。

14時半ごろに母親と電話で会話

14時半頃に母親である市子さんがパート先から自宅に電話を掛けた際、ゆきちゃんが電話に出ています。仕事で帰宅が遅くなるという市子さんに対し、ゆきちゃんは電話口で「わかった。」と答えていたそうです。(市子さんの証言より。)

小6次女帰宅時に加茂前ゆきちゃんの姿はない

15時30分~16時頃に、当時小学6年生であったゆきちゃんの姉(次女)が帰宅します。姉(次女)の帰宅時点で既にゆきちゃんの姿はありませんでしたが、この時はゆきちゃんはいつも通りお友達と遊びに行ったものだと考えられていました。

午後8時に警察へ通報し付近を捜索

16時30分頃に父親である芳行さんが起床し、ゆきちゃんがいないことに気付くも、遊びに行っているものと思い仕事へ出掛けてしまいました。

その後、17時~19時の間に当時高校生であったゆきちゃんの姉(長女)が帰宅し、母親の市子さんもパート先から帰宅します。ゆきちゃんはその後も帰宅せず、異変に気付いた母親の市子さんが20時頃に警察に捜索願を提出しました。

警察、家族、小学校の教師たちで付近を捜索しましたが、とうとうゆきちゃんが見つかることはありませんでした。

目撃情報が寄せられる

事件発生後、ゆきちゃんの目撃情報が多数寄せられました。「学校のジャングルジムで遊んでいた。」、「学校横の十四川周辺にいた。」、「学校近くの近鉄・豊田駅にいた。」という学校周辺での目撃情報が多い中で、「自宅から15mほどの四つ角で白いライトバンの運転手と話をしていた。」という証言もありましたが、いずれもゆきちゃん発見の有力な手掛かりにはなりませんでした。

三重小2女児失踪事件の不審な点

当時小学2年生の加茂前ゆきちゃんがいなくなってしまった、なんとも心が痛む三重小2女児失踪事件ですが、この事件には不審な点がいくつかあります。事件の不審な点について、ひとつずつ考察してゆきましょう。

普段遊ぶときに乗っていく自転車が使われていない

ゆきちゃんは普段、帰宅後には校庭などでお友達と待ち合わせをして遊ぶことが多かったそうです。遊ぶときはいつも、家にランドセルを置いた後に自分の自転車に乗って行くはずなのですが、事件当日はゆきちゃんの自転車は自宅前に残されたままでした。このことから、ゆきちゃんは当日は遠くへ行くつもりはなかったと考えられます。

お友達の誘いを断っていた

事件当日、ゆきちゃんは仲良しのお友達から遊びに誘われていますが、「約束がある。」と言って断っていたそうです。(お友達の証言より。)

何者かが前もって、ゆきちゃんを誘い出す約束をしていたのかも知れません。そうなると、犯人はゆきちゃんと顔見知りという可能性も出てきますが…。

いつも着ているジャンパーが部屋に脱いだまま

ゆきちゃんがいつも外出時に着ている、お気に入りのピンクのジャンパーも家に置き去りにされていました。小学生くらいの子どもは多少寒くても、上着を着ないで遊ぶこともよくありますが、それがお気に入りのジャンパーであれば話は別です。

また、事件の発生した1991年3月15日はまだ肌寒かったそうで、ジャンパーを着ないで外出するのには違和感があります。ゆきちゃんはやはり遠くに行くつもりはなく、自宅近辺で用事があり、すぐに帰ってくるつもりでジャンパーを着ていかなかったのかも知れません。

テーブルに残された温かいココア

当時小学6年生であったゆきちゃんの姉(次女)が帰宅した際、既にゆきちゃんの姿はありませんでしたが、テーブルの上にはゆきちゃんの飲みかけのまだ温かいココアが残されていました。ゆきちゃんはココアが好きで、自分でつくってよく飲んでいたそうです。

好きなココアを飲みかけにして出掛けるなんて何か急用だったのか、ココアをつくったはいいものの、待ち合わせまであまり時間がなかったのでしょうか。

2003年10月若い男からの不審な電話

事件発生から12年が経った2003年10月に、加茂前家に若い男性の声で不審な電話がかかってきました。男性は『自分の身長は170cmで髪型はパンチパーマ』など、自身の体格や髪型の特徴を述べたそうです。

イタズラ電話にも思えますが、前述した「自宅から15mほどの四つ角で白いライトバンの運転手と話をしていた。」という目撃証言の運転手がパンチパーマであったそうで、このことは関係者しか知らないはずの当時未公開の情報であり、この男性はゆきちゃんについて何らかの情報を知っていた可能性があります。

送りつけられてきた怪文書「カアイソウ」とは?

前述した通り、ゆきちゃんが失踪してから3年後に「カアイソウ」や「トミダノ股割レ」で知られる怪文書が届くこととなるのですが、こちらの怪文書はどのようなものであったのでしょうか。

不気味で怖ろしい「カアイソウ」の怪文書の内容や、文章中に出てくる不可解な単語について考察します。

加茂前ゆきちゃん失踪3年後に「カアイソウ」の怪文書が届く

ゆきちゃんの失踪後も、家族はビラや看板を作って情報提供を呼びかけたり、自宅の電話に逆探知装置を取り付けたりして情報を待っていましたが、有力な手掛かりは掴めませんでした。ただ、その間に無言電話は頻繁にあったようです。

そして、事件から3年が経った1994年に、世間を震撼させた「カアイソウ」の怪文書が届くことになるのです。

内容は不気味かつ意味不明な文章

怪文書は片仮名と平仮名、漢字が入り混じっていて読みにくい上に、隠喩らしき言葉が多用されている理解不能なものでした。

『ミユキ カアイソウ カアイソウ』から始まる怪文書は便箋3枚にわたる長文であり、正確に解読することは難しいですが、『コンナコとヲシタノハ トミダノ股割レ トオモイマス 』と、ゆきちゃん失踪に関わる犯人の生い立ちや事件の真相を示唆しているかのような内容でした。

怪文書によると、犯人とされる「トミダノ股割レ」には一片の良心があり罪悪感を感じることもあることなど詳細が書かれていますが、同時に『確証ヲムマデ捜査機官に言フナ』と口止めをするようなことも書かれてあります。怪文書の送り主はゆきちゃんの家族に一体何を伝えたかったのでしょうか。

「カアイソウ」=可哀想?

「カアイソウ」は、「可哀想」の漢字をそのまま読むと「カアイソウ」になるため、可哀想(かわいそう)という意味で解釈して良さそうです。怪文書には、『ミユキ カアイソウ カアイソウ おっカアモカアイソウ お父もカアイソウ』と書かれています。

つまり、『ミユキ(ゆきちゃんのことか?)がとても可哀想。お母さんも可哀想。お父さんも可哀想。』というような意味だと思われます。

「カアイソウ」の怪文書にある不可解な単語

「カアイソウ」の怪文書には「カアイソウ」以外にも、「トミダノ股割レ」など一読した限りでは意味がよく分からない、隠喩のような不可解な単語がたくさん並んでいます。以下、この怪文書のキーワードとなりそうな単語を拾って考察してゆきましょう。

「トミダノ股割レ」

「トミダノ股割レ」の「トミダ」は、ゆきちゃんが住んでいた場所付近の地名である「富田」のことだと考えられます。ゆきちゃんは失踪前には富田小学校に通っていました。

また、「股割レ」とは股を割る≒股を開くことから売春婦の蔑称であるとされ、「トミダノ股割レ」は「富田にいる売春婦」ということになります。

怪文書には、『コンナコとヲシタノハ トミダノ股割レ トオモイマス』と書いてあるので、『この事件を起こしたのは富田にいる売春婦であると思います。』という意味に取れます。

「シュンガ」

怪文書中に出てくる「シュンガ」とは、江戸時代に描かれた男女の性行為の浮世絵である「春画」を指しているとみられ、風俗関連の店の隠語であると考えられています。

その他の説としては、可哀想を「カアイソウ」と書くのと同じ理論で、「シュンガ」は静岡県の「駿河(するが)」を指しているのではないかというものや、三重県四日市市にある老舗菓子店「春華堂(しゅんかどう)」では?という説もあり、はっきりしません。

「パーラボウ」

「パーラボウ」も諸説ありますが、某パーラー(某パチンコ店または、某喫茶店)という意味が一番しっくりくるようです。他に、紡績会社の名前ではないかという説もあります。

ここまでをまとめると、『股ワレハ 富田デ生レテ 学こうヲデテ シュンガノオモテノハンタイノ、パーラボウ ニツトめた』は、おそらく『売春婦は富田で生まれて、学校を出て、風俗店(または駿河、春華堂?)の反対にある某パーラーに勤めた。』というような内容だと解釈できます。

「ケータショー」

「ケータショー」も解読不能な単語であり、警察署、検査場、三重県四日市市にある羽津北小学校(はつきたしょうがっこう)を「北小」と略している等、様々な解釈があります。

『イま(ゑ)ハー ケータショーノチカクデ 四ツアシヲアヤツツテイル』という文脈から考えると、後述する「四ツアシ」が風俗関連の隠語と考えられるため、警察署の近くではなさそうな気はします。小学校の近くでも困りますが…。

「四ツアシ」

「四ツアシ」とは一般的には四足歩行の獣を指しますが、この怪文書では売春婦の蔑称であると考えるのが自然です。『四ツアシヲアヤツツテイル』と書かれてあることから、売春宿等を経営していると考えられます。

その他、性行為の隠語である、被差別部落を暗喩する言葉であるという説もあるようです。まとめると、『今は検査場(または警察署、北小)の近くで売春宿等を経営している。』ということでしょうか。

「スズカケのケヲ蹴落シテ」

「スズカケ」の「ケ」を落とすとスズカになり、三重県鈴鹿市を指しているとみられます。また、「ケ」には「家」という意味も掛けられており、『蹴落シテ』なので、鈴鹿市の家を捨てるという意味に解釈できるようです。

「アサヤン」

「アサヤン」の文字を入れ替えると「ヤアサン」になることから、これはヤクザや反社会的勢力の者を指していると考えられています。

『ユキチヲニギラセタ、ニギッタノハ アサヤントオもう。』ということから、トミダノ股割レこと富田の売春婦は、家を捨ててヤクザと交渉をしたということでしょうか。

「テルホ」

「テルホ」とは、戦前の日本では店名や商品名を右から左に表記するのが通例だったため、右から読んで「ホテル」のことで間違いないようです。『ヒル間カラ テルホニハイッテ』云々の下りは、ヤクザ絡みの性交渉を行ったということでしょう。

ヤクザということと、『モウ股割レハ人ヲコえて、一匹のメスにナッテイタ。』という記述から、覚せい剤などの違法薬物を使った性交渉(俗に言うシャブセックス)を行っていたのではないかとされています。

そうすると、『感激ノアマリアサヤンノイフトオリニ動いタ。』というのは、違法薬物にハマってしまって、薬欲しさからヤクザの言うとおりにゆきちゃんを騙して誘拐したとも読み取れます。

ダッタン海キョウヲテフがコエタ

「ダッタン海キョウ」こと韃靼海峡とは、北海道の樺太とロシアの間にある海峡のことです。

『ダッタン海キョウヲ、テフがコエタ』というのは、詩人である安西冬衛(あんざいふゆえ)の「春」という詩の一節『てふてふが一匹韃靼海峡を渡つて行つた』を引用しているものと思われます。

怪文書では『ミユキノハハガカ弱イハネヲバタバタ ヒラヒラ サシテ ワガ子ヲサガシテ、広いダッタンノ海ヲワタッテイルノデアル』としているので、ミユキ(ゆきちゃんのことか?)の母親が必死で娘を探している様子を韃靼海峡を渡る蝶に例えているものと思われます。

また、韃靼海峡はロシアと隣接していることから、ミユキ(ゆきちゃんのことか?)はロシアに拉致されてしまったのでは?という説もあります。

3日後にさらに手紙が届く

なんとも気味が悪く、解釈に困る怪文書でしたが、この「カアイソウ」の怪文書が届いてからしばらく後に、加茂前家に再び一通の手紙が届きます。

前回の怪文書のことがあるため身構えてしまいますが、こちらの手紙の差出人は福岡県に住む「緒方達生」という人物であり、自身のことをダウジングができるとし、捜査の協力をしたいという申し出でした。

緒方氏によると、ゆきちゃんは既に亡くなっており、ゆきちゃんの霊に協力をしてもらって捜査をするということでした。また、犯人はゆきちゃんの顔見知りであり、男女2人による犯行だとも書かれています。

霊が邪魔して捜査に協力できない

捜査協力の申し出の手紙から3日後に再び緒方氏から手紙が届きます。手紙には、ゆきちゃんの霊を邪魔する別の霊が現れ、捜査に協力することができなくなったということが書かれてありました。

緒方氏の手紙は悪質なイタズラであったのか定かではありませんが、それ以来、加茂前家に不審な手紙が届くことはなかったようです。

嘘か真かは分かりませんが、その後もインターネット上ではこの事件について霊視を行うという人物か複数人現れましたが、皆一様に「これ以上の捜索はやめたほうがいい」、「事件の真相を明かすことはしてはいけない」という霊視結果に辿り着いたそうです。また、霊視でパチンコ屋が見えたという人が多かったともされています。

三重小2女児失踪事件から28年

「カアイソウ」とは、三重小2女児失踪事件後に送られてきた怪文書の内容の一部でした。便箋3枚にわたる怪文書ですが、作者の言いたいことはおそらく、ミユキ(ゆきちゃんのことか?)の事件の犯人は「トミダノ股割レ」こと富田の売春婦であるということなのでしょう。

途中、売春婦の生い立ちや感想などが入るので長くなっていますが、売春婦が薬欲しさにヤクザにミユキ(ゆきちゃんのことか?)を売ってしまったというのが事件の顛末だと言いたいようです。

宛名間違いや、ゆきちゃんのことが「ミユキ」になっていたりする点から、事件を聞きかじった人が妄想で書いたものであるとも考えられますし、ヤクザや風俗など裏事情に詳しい人がこのような可能性もあると示唆しているのかも知れません。

または、犯人が捜査を撹乱するために嘘の内容を書いている可能性もあります。いずれにせよ、不気味なことこの上ないのは確かです。

事件から28年が経過した現在でも、未だゆきちゃんは発見されていません。ゆきちゃんは当時8歳でしたので、現在は36歳でしょうか。ゆきちゃんが無事に発見され、事件の真相が明らかになる日を願うばかりです。

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