- 佐世保小6女児同級生殺害事件のその後は?結婚説や現在
- 長崎県佐世保市で起きた「佐世保事件」とは?
- 2004年に小学生女児が起こした殺人事件
- 舞台は大久保小学校
- いじめやネットトラブルが起因
- 少年法の改正や映画の公開にも影響
- 佐世保事件が起きるまで
- 元々は仲良しだった辻菜摘と被害者
- 被害者が辻の悪口をネット上に書いた
- 辻は被害者を学習ルームに呼び出し刺殺
- 佐世保事件の被害者は御手洗怜美
- 御手洗怜美は転校生
- 父親・御手洗恭二は毎日新聞佐世保市局長
- 長男は当時徳島大
- 次男は当時中学三年生
- 佐世保事件の加害者の辻菜摘(ネバダたん)
- プロフィール
- ネバダたんとも呼ばれている?
- 元々残虐な作品などを嗜好
- 事件前には言動が不安定に
- 家族構成
- 父親との関係
- 父親の手記
- 佐世保事件の加害者は発達障害
- 自立支援施設で発達障害と診断
- アスペルガー症候群だった辻菜摘
- アスペルガー症候群①想像力や社会性の欠如
- アスペルガー症候群②言語コミュニケーション障害
- 佐世保事件後の辻菜摘と結婚説
- 事件後国立きぬ川学園へ
- 学園卒業後は改名し高校進学
- 社会復帰後は被害者への連絡はない
- 結婚説や病気説が出た理由
- 理由①辻菜摘という名のFacebookがあった
- 理由➁辻菜摘名義のブログがあった
- 理由③容姿が良く結婚適齢期だから
- 辻は改姓改名しており証拠としては弱い
- 佐世保事件が国内外に与えた影響
- 様々なことを考えさせられるきっかけとなった事件
佐世保小6女児同級生殺害事件のその後は?結婚説や現在
2004年に長崎県佐世保市で起きた同級生殺害事件は、あまりにも衝撃的だった為、未だ記憶に新しく残っているという人も多いでしょう。もう10年以上経った今でも、佐世保事件を思うと、いじめ問題やネットの使い方など考えさせられるものは多くあります。
今回はそんな長崎県で起きた佐世保事件に改めて注目をしていきます。佐世保事件はなぜ起きてしまったのか、殺害の動機や背景、被害者との関係性について見ていきましょう。
また、加害者である辻菜摘の現在はどうなっているのか、一説によると結婚をしているという情報などもあるため、事件のその後の行方や現在のことについてチェックしていきましょう。
長崎県佐世保市で起きた「佐世保事件」とは?
まずは、佐世保事件とはどんな事件だったのかについて改めておさらいしていきましょう。佐世保事件とは、加害者・被害者が小学6年生という子供同士で起きた悲惨な事件というのもあり、日本中で大きく注目を浴びたものになりました。
しかし、年齢によるインパクトが強く、佐世保事件の背景などについては知らないという人も少なくないようです。事件の概要、舞台、原因、さらに少年法などに与えた影響について早速注目をしていきましょう。
2004年に小学生女児が起こした殺人事件
佐世保事件とは、2004年に長崎県佐世保市で起きた殺害事件です。加害者は当時小学6年生であり、被害者も加害者の同級生である小学6年生でした。佐世保事件は【佐世保小6同級生殺害事件】【長崎県佐世保市女子児童殺害事件】という名称で呼ばれることもあります。
この事件は事故のように偶然起こってしまったものではなく、加害者である辻菜摘が被害者の御手洗怜美を呼び出し、カッターナイフで切りつけ殺害したという殺意が明確なものだったというのも衝撃的でした。
被害者の御手洗怜美は首、手首を深く切りつけられ、手首は骨が見えるほどの深い傷を負っていました。加害者である辻菜摘は当時11歳だったのもあり、たった11歳が同級生を殺害したという報道は大きな波紋を呼ぶことになりました。
舞台は大久保小学校
佐世保事件が起きたのは、加害者・被害者が通う長崎県の大久保小学校です。大久保小学校は長崎県佐世保市東大久保町にある公立小学校であり、1923年に創立された小学校です。もともとは大久保尋常高等小学校と呼ばれ、1947年に改名しました。
2019年現在も小学校には多くの児童が通っていますが、事件の発端ともなったいじめをすることの重さなどは度々朝礼や特別な式において語られているようです。
また、校長室には被害者である御手洗怜美の机が置かれており、佐世保事件を風化させないような取り組みもされているようです。
いじめやネットトラブルが起因
なぜ佐世保事件が起きてしまったのかというと、いじめやインターネットにおけるトラブルが原因だと言われています。
加害者の辻菜摘と被害者の御手洗怜美は仲が良い関係でしたが、被害者である御手洗怜美が加害者の辻菜摘をおぶった際、「(体重が)重い」と言ったことで関係はこじれたようです。辻菜摘は当時太っていたわけではなかったようです。
そこからお互いをよく思わなくなったようで、やがて加害者の辻菜摘の殺意が芽生えていくこととなったと考えられています。
少年法の改正や映画の公開にも影響
この佐世保事件は日本だけでなく、世界中でも注目をされた事件にもなりました。小学生が起こす犯罪というものは、少ないものの実際にはありましたが、同級生を明確な殺意の元で殺害するというのは、世界に衝撃を与えるには十分すぎるものでした。
加害者が当時小学6年生ということもあり、悲惨な事件ではあるものの、刑事責任を問える年齢ではないということで多くの討論を呼び、少年法の改正についても指摘されるようになりました。
また、加害者の辻菜摘はバトル・ロワイヤルシリーズの映画を好んでいたということもわかっています。映画の影響をどれほど受けたかは定かではありませんが、事件当時公開予定だった同映画の新作も公開が先送りになり、事件の影響だと言われています。
佐世保事件が起きるまで
佐世保事件の概要について見てきたところで、さらに詳しく佐世保事件について注目をしていきましょう。
佐世保事件が起きるまでには何が起こったのか、どのようにして加害者の辻菜摘は被害者である御手洗怜美に殺意を抱き、殺害に至ったのか…その様子や佐世保事件の背景について、さらに深く見ていきましょう。
元々は仲良しだった辻菜摘と被害者
元々加害者の辻菜摘と被害者の御手洗怜美は、趣味も合い、仲が良かったと言われています。被害者の御手洗怜美は明るく活発な児童だったようで、クラスの中心的な人物だったと当時報道されていました。
事件のきっかけとなったのは、事件が起きる前月に御手洗怜美が辻菜摘に対して「重い」と言ったことだと言われています。もともとクラスは学級崩壊をしていた、いじめがあったという噂もあり、これらの影響により二人の関係を悪化させていった可能性もあります。
また、加害者の辻菜摘はやや変わっていたとも言われています。事件後には障害も指摘されていましたが、クラスの雰囲気や中心人物である御手洗怜美との関係のこじれによって、辻菜摘はクラスではより浮いた存在になっていた可能性も考えられています。
被害者が辻の悪口をネット上に書いた
「重い」と加害者の辻菜摘に対して言った被害者の御手洗怜美ですが、その後インターネットの掲示板にて、辻菜摘に対し「ぶりっ子」という悪口を書き込んでいたこともわかっています。その書き込みについては辻菜摘も把握していたようです。
もともと仲が良かったというのもあり、辻菜摘は掲示板のパスワードをすぐに見破り、御手洗怜美の書き込みを削除したようです。しかし、それに対し御手洗怜美は「荒らしにアッタンダ。マァ大体ダレがやってるかワかるケド」と挑発的な書き込みをしています。
こういったネット上での悪口の書き込み、削除、嫌がらせ…というような連鎖が、辻菜摘を加害者にしてしまった大きな要因だと言われています。
辻は被害者を学習ルームに呼び出し刺殺
インターネット上のトラブルにより、さらに二人の関係は悪化をしていきました。実際、学級崩壊やいじめがどのような影響を与えていたかは定かではないものの、加害者である辻菜摘は給食の時間に被害者の御手洗怜美を学習ルームという教室に呼び出してしまいます。
辻菜摘は御手洗怜美を目隠しをして、イスに座らせた状態で、教室のカーテンも締め切ったと語っています。そして、その状態である御手洗怜美に対し、カッターナイフで首、手首などを切りつけ、殺害を決行してしまいました。
被害者となった御手洗怜美の切りつけられた傷口は深さ10cmにも及ぶものであり、出血多量が死因と判断されました。また、加害者である辻菜摘は御手洗怜美が死亡したのを確認した後、事件15分後に教師を呼んだと言われています。
佐世保事件の被害者は御手洗怜美
佐世保事件は、被害者である御手洗怜美が加害者の辻菜摘に対しての誹謗、そしてネット上での悪口がきっかけとなって起きてしまったものになりました。
そのため、佐世保事件があってからはいじめやネット上のトラブルがより問題視されることにもなっています。そんな佐世保事件の被害者である御手洗怜美とはどんな人物だったのか、人物像にも迫ってみました。
御手洗怜美は転校生
被害者である御手洗怜美は、小学4年生の時に長崎県佐世保市立大久保小学校へと転校をしてきました。もともと明るい性格というのもあり、転校してからはあっという間に大久保小学校に馴染んでいたと言われています。
また、加害者である辻菜摘とは自宅がかなり距離があったと言われています。しかし、お互いにイラストなどに興味があり、意気投合していたということもあって、二人を含む仲良しのメンバーで毎日遊んでいたようです。
父親・御手洗恭二は毎日新聞佐世保市局長
被害者の御手洗怜美の父親は、長崎県佐世保市の毎日新聞社の支局長を務めていました。当時、御手洗怜美の母親は病死をしており、シングルファーザーとして御手洗怜美のことを育てていたようです。
事件が起こったその後、父親である御手洗恭二はPTSDの症状が見られていました。しかし、自身が毎日新聞社の長崎県佐世保市の支局長ということもあり、マスコミに対しての事件の対応、亡骸となってしまった娘の司法解剖などの処理を一人で行っていました。
また、10年経ったその後には、佐世保事件の被害者の父親として公演も行っています。いじめやネットのトラブル、事件についてのことなど、風化させないためにも、そして同じような事件を起こさないためにも当時の気持ちなどを吐露しているようです。
長男は当時徳島大
被害者の御手洗怜美には、兄が二人いました。長男は当時徳島大学に通う大学生であり、4人家族で毎日楽しく暮らしていたと言われています。
また、この長男に関しての情報はほとんどありません。大学生ともなれば、一日の生活リズムが違うということもあり、事件についてのコメントなどを残している次男と比べると一緒に過ごす時間はあまりなかったのではないかと考えられています。
次男は当時中学三年生
被害者の御手洗怜美のもう一人の兄である次男は、当時中学3年生でした。事件直後、校長室に呼び出された事件について聞かれた時、加害者である辻菜摘と妹との関係やトラブルについて聞かれたことを明かしています。
また、事件直前には妹から辻菜摘とのトラブルについて相談されていたことも明かしています。仲が悪くなってしまったこと、仲直りしたいと思っていることなどを聞いていたようで、アドバイスをしていたことも話しています。
ただ、次男としてはもう少し真剣には話を聞いてあげればよかったという後悔があることも明かしています。事件のその後では、父親と共に佐世保事件に関する公演なども一緒に行っており、事件を風化させないように努めているようです。
佐世保事件の加害者の辻菜摘(ネバダたん)
次に、佐世保事件の加害者である辻菜摘について見ていきましょう。辻菜摘は、ネット上で【ネバダたん】という愛称で呼ばれています。また、佐世保事件のことも辻菜摘の愛称から【ネバダたん事件】と呼ぶ声も少なからずあるようです。
佐世保事件のその後では、辻菜摘は障害が指摘されていたことや、当時の趣味嗜好、さらに父親との関係についても明かされています。そんな辻菜摘に関することについてまとめてみたので、早速注目をしていきましょう。
プロフィール
佐世保事件の加害者である辻菜摘の詳細なプロフィールは明かされていません。事件当時はまだ小学6年生であり、当時11歳でした。そのため、事件が起きた直後の報道では当然ながら匿名での報道となり、後に辻菜摘という名前がネット上で明かされることとなりました。
そういった背景から、現在も辻菜摘に関する詳細なプロフィールはわかっていません。誕生日なども定かではありませんが、趣味がイラストを描くことだったようで、被害者である御手洗怜美とはよく一緒にイラストを描いていたようです。
また、基本的に大人しい性格だったようで、御手洗怜美とは真逆の性格だったと言われている一面もあります。ただ、小学4年・5年生頃、丁度御手洗怜美が長崎県に引っ越してきた頃から、ヒステリックな一面が垣間見れるようになったと言われています。
ネバダたんとも呼ばれている?
佐世保事件の加害者である辻菜摘ですが、ネット上では【ネバダたん】という愛称で呼ばれています。実は佐世保事件の報道時、加害者である辻菜摘の写真がネット上に出回ってしまい、その時に辻菜摘が着ていたパーカーに【NEVADA】とプリントされていました。
そんなパーカーにプリントされていた文字から、辻菜摘のことを【ネバダたん】と呼ぶ人が増えていきます。また、辻菜摘はルックスが可愛いということもあり、一部では【史上最も可愛い殺人犯】とも呼ばれ、人気を集めることにもなりました。
ネバダたん人気が白熱し、キャラクター、コスプレなども増えていき、不謹慎だという指摘が相次ぐ中でもネバダたん人気は留まることを知りませんでした。現在でもネバダたんはネット上で話題になることがあり、度々事件が注目される理由の一つにもなっています。
元々残虐な作品などを嗜好
ネバダたんこと辻菜摘は、当時から残虐な映画や漫画などを好む一面があったようです。実際、辻菜摘の供述では、被害者である御手洗怜美の殺害方法は、そういった残虐な作品からヒントを得たところもあると語っており、少なからず影響はされていたと言われています。
もちろん、ネバダたんこと辻菜摘の起こした佐世保事件のように、必ずしも趣味嗜好のものが事件に影響するとは断言出来ません。しかし、辻菜摘の場合は殺害方法を3つ考え、特に好きだったバトル・ロワイヤルからヒントを得ていたことを明かしています。
また、事件が起きる間には、自身の姉のレンタルカードを使って、年齢制限が設けられているバトル・ロワイヤルの映画をレンタルし、視聴していたこともわかっています。
事件前には言動が不安定に
実はネバダたんこと辻菜摘は、事件前には言動が不安定だったことも明かされています。もともと小学4年、5年生の頃からヒステリックな一面が垣間見えていたという指摘もあり、クラスメイトとは仲が良かったものの、ちょっとしたことで激怒する一面もあったようです。
また、時にはいじめに加担をしていたという噂もあるようで、残虐な作品が影響を与えていたのではないかという指摘もあります。映画などの作品が影響を与えていたかは定かではありませんが、当時11歳である辻菜摘が語れることは限られていました。
もともとストレスなどを感じやすい性格だったという指摘もあり、御手洗怜美との関係のこじれによって、より精神的に不安定な状態が続き、それが言動にも現れていたのではないかとも考えられています。
家族構成
ネバダたんこと辻菜摘は、父親、母親、姉、祖母という5人家族だったようです。姉は当時高校生であり、辻菜摘との仲がどのようだったかについての報道は見当たりませんでした。
小学6年生になる頃には辻菜摘の精神状態が不安定であり、成績も下がる一方だったようです。また、クラブ活動によって下校時間が遅くなるということもあり、母親が成績のこと、そして下校時間のことを考慮し、クラブ活動をやめるように言っていたと言われています。
家庭内では辻菜摘は気が利く子だったようで、家事の手伝いや両親の言うことはしっかりと聞いていた子供だったようです。
父親との関係
佐世保事件が起きるよりも前に、辻菜摘の父親は脳梗塞で倒れていたようです。これにより、父親はある程度の自由が制限されていたようであり、娘である辻菜摘は着替えや周りの世話などをよく手伝っていたことを、父親が明かしています。
また、父親自身、そういった辻菜摘の存在があったからこそ、障害を持ちつつも毎日がんばれたことを明かしており、父親と辻菜摘との関係はかなり良好だったと言われています。
父親の手記
佐世保事件が起きたその後、辻菜摘の父親は手記を発表しています。その手記には、辻菜摘が自分にとってかけがえのない子供だったこと、そしてよく気が利く優しい子だったことが記されています。
また、事件前夜についてのことも綴られており、おすすめの本をネットで注文をし、2,3日で届くということを娘に伝えると、それを喜ぶ姿があった、という記述もあります。
佐世保事件後についての記述に関しては、愛する娘が加害者となり、自分が加害者の父親となったという事実についての気持ち吐露や、被害者家族、そして被害者に対する謝罪、冥福の気持ちも綴っています。
佐世保事件の加害者は発達障害
佐世保事件が起きたその後、加害者である辻菜摘は発達障害であるということが発覚しました。現在の様々な事件において、障害を持つ加害者に対する刑事責任や罪の重さ・軽さなど、多くの討論が行われることは少なくありませんが、この佐世保事件が障害を持つ加害者への考えを巡らせる主なきっかけの一つになったとも言われています。
自立支援施設で発達障害と診断
少年法により、当時小学6年生だった加害者の辻菜摘は逮捕されることはありませんでした。しかし、自立支援施設に送られることにより、そこでの検査の結果、辻菜摘は発達障害であることが発覚します。
発達障害は現在も理解されることが少ない障害の一つなので、当時はもっと障害に対する理解が少なかったのは容易に想像がつくでしょう。あまり知られていない障害ということもあり、当然ながら辻菜摘は今まで治療や検査などをしたことはなかったようです。
精神鑑定は84日という長い期間でじっくりと行われていき、辻菜摘の場合には発達障害の症状として、【人間関係を築く能力の遅れ】【サイコパス】という可能性を指摘されています。
アスペルガー症候群だった辻菜摘
発達障害にも様々なものがありますが、辻菜摘の場合には【アスペルガー症候群】だという診断が下っています。アスペルガー症候群は、辻菜摘が小学4年生頃から垣間見えるようになった、ヒステリックな一面なども症状としては挙げられます。
辻菜摘の場合、事件よりも前には言動や精神が不安定だったという指摘もあり、これもアスペルガー症候群の症状と一致すると言われています。些細なことやちょっとしたことが気になってしまい、感情が上手くコントロール出来なくなってしまうのです。
本人も上手くコントロールが出来ずにいるため、病気を認識していない、わけがわからない状態がずっと続いていた辻菜摘はかなり苦しい日々を過ごしていたのではないかという心配の声も挙がっていました。
アスペルガー症候群①想像力や社会性の欠如
具体的に、アスペルガー症候群にはどういった特徴が見られるかについてもチェックしていきましょう。現在もあまり理解されていない病気の一つですが、主にアスペルガー症候群の特徴としては【想像力や社会性の欠如】が挙げられています。辻菜摘の当時のことを振り返ってみると、まさに当てはまるものがあると感じる人も多いでしょう。
想像力がないからこそ人間関係では苦労することがあり、些細なことが気になってしまうことや、何かに没頭してしまうと周りが見えなくなってしまうということから、協調性が感じられず、社会性が欠如しているように見えてしまうのです。
アスペルガー症候群②言語コミュニケーション障害
アスペルガー症候群には【言語コミュニケーション障害】という症状もあります。これは、変わった口調や物言いなどをしてしまうことにより、周囲からは変わった人物だと思われてしまうという特徴があります。
アスペルガー症候群のこういった特徴には、思うように言葉を発せられないというものがあります。もともと他人の表情や感情を察するのは疎いという一面もあることから、見たものをそのまま言葉に発してしまうという一面もあります。
被害者である御手洗怜美は辻菜摘に対し「ぶりっ子」と悪口をネット上に書き込んでいましたが、もしかしたら言い方が独特だからこそ、それが気になり、そのように表現してしまった可能性もあるのではないかという考えもあるようです。
佐世保事件後の辻菜摘と結婚説
佐世保事件のその後、現在に至るまでの間には、ネバダたんという愛称でネット上で話題になったということもあり、佐世保事件は忘れられない事件の一つとして度々注目をされています。
そんな佐世保事件が起きてから10年以上過ぎた現在、ネバダたんこと辻菜摘が結婚をしているという噂があるようです。カウンセリングや補導なども行われており、現在は公に話題にはならないものの、やはり加害者のその後は何かと気になる人は多いようです。
ネバダたんと現在も話題になることが多い辻菜摘が、結婚をしているのか…その噂の真相や、事件のその後にはどのような生活を送っていたのかについて、注目をしていきましょう。
事件後国立きぬ川学園へ
佐世保事件が起きたその後、辻菜摘は長崎県を離れ、栃木県にある国立きぬ川学園へと入学をしたようです。家族共々長崎を離れ、施設近くへと引っ越したと言われています。ただし、現在もそこに住んでいるかはわかっていません。
佐世保事件のその後、通っていた長崎県佐世保市立大久保小学校では、辻菜摘の処分は出席停止扱いになっており、卒業時には施設で小学校の卒業証書を授与されていたようです。
施設では、集団生活のための寮を完備しているようです。ただ、プライバシーに対して敏感な障害を持つ人も多いため、鍵付きが出来る個室もあり、そういった学園生活の中で精神科医や専門家と社会性などを身につけられるように過ごしていくようです。
学園卒業後は改名し高校進学
長野県を出て栃木県にある国立きぬ川学園に入学した後は、改名をして高校へと進学したと言われています。やはり当時は匿名報道されていたものの、ネバダたんとして有名になった辻菜摘が有名人であることは否めません。
改名後に入学した学校はどこだかわかっておらず、改名した名前も現在わかっていません。そのため、現在はどのように過ごしているかということについても知る術はないようです。
ただ、佐世保事件は一概に誰が悪いとは決められない事件でもあることから、改名した後は償いの意味も込めて辻菜摘には、更生・復帰をしてほしいという意見が多くあります。悪い意味で現在有名になっていないことから、更生が成功した可能性は高いと言えます。
社会復帰後は被害者への連絡はない
辻夏美が施設に送られてからしばらくの間、辻菜摘の両親からは被害者家族に向けて、手紙が送られてきていたようです。それは長崎を出た辻菜摘の家族との唯一の繋がりだったようですが、辻菜摘が社会復帰を果たした後は途絶えてしまったようです。
この連絡が途絶えたことに対しては賛否両論あるようです。辻菜摘が改名をして社会復帰を果たして現在頑張っているのであれば、下手に連絡をしてしまうと自分の隠している過去が露見し、社会復帰が失敗してしまう恐れもあります。
しかしながら、自分の犯したう罪が消えることはないことから、連絡を突然途絶えさせるということは、罪を償う立場としてはいかがなものかという指摘もあるようです。現在に至るまでの間、まだ連絡は途絶えたままだと言われています。
結婚説や病気説が出た理由
辻菜摘には、現在結婚説や病気説が浮上しています。これは、事件のその後、現在に至るまでの間に、ネバダたんとしても話題になった辻菜摘に関する情報があまりにも少ないからだと言われています。
では、なぜ結婚や病気の噂が浮上したのか…どうやら、現在辻菜摘名義でのSNSなどが見つかっているからのようです。
理由①辻菜摘という名のFacebookがあった
実は、Facebookで検索をすると辻菜摘のページがヒットします。よく事件の関係者がFacebookで見つかるということもあるため、辻菜摘のページが見つかり、その中で結婚をしていた、病気をしていたという情報を見つけた人がいて、噂になったと言われています。
理由➁辻菜摘名義のブログがあった
Facebookだけでなく、辻菜摘名義のブログも見つかっています。このブログに関しても、ブログに書かれている日記などから結婚をした、病気をしたという情報が読み取れ、そこから現在は結婚をしている、病気をしていた、というような噂が浮上してしまったようです。
理由③容姿が良く結婚適齢期だから
特に辻菜摘の現在の結婚説に関して言えることですが、辻菜摘がネバダたんと呼ばれるきっかけになった写真を見てみると、辻菜摘の容姿が非常に可愛らしいと感じる人が多くいます。
小学6年生でこの可愛さならば、大人になった今はもっと美人だろうと考える人は少なくないようで、尚且現在の年齢が結婚適齢期であることを考えると、結婚をしていてもおかしくないという考えに至る人が多いようです。
辻は改姓改名しており証拠としては弱い
これらの結婚の噂や病気の噂ですが、単なる噂でしかなく、信憑性はかなり低いと言えます。事件のその後では、辻菜摘は改名していると言われていますし、それならばSNSを旧名でやる可能性はかなり低いと考えられます。社会復帰を果たしているのであれば、尚更、リスクを負うようなことはしないでしょう。
また、結婚に関しても単なる想像でしかありませんし、今の時代結婚をしない人も増えてきているため、結婚をしている可能性も決して高いとは言い切れません。
佐世保事件が国内外に与えた影響
長崎県で起きた佐世保事件は、国内外に大きな影響を与えた事件になりました。事件が起きたその後もである現在も、記憶に新しいと感じる人は決して少なくありません。
実際、国内では事件当時からその後のしばらくの間、殺害シーンなどがあるドラマや映画などは放送自粛する措置も取っていました。また、辻菜摘が好んでいたバトル・ロワイヤルシリーズも発売延期を発表しています。
また、海外ではネバダたん人気がきっかけとなり、2007年にドイツで【NEVADA TAN】というバンドが結成されました。ただ、悲惨な事件をネタ扱いしているなどとして国内外から指摘が相次ぎ、現在は【Panik】へと改名しています。
様々なことを考えさせられるきっかけとなった事件
長崎県佐世保で起きた佐世保事件は、悲惨な事件であり、そして様々なことを考えるきっかけとなった事件でもあります。いじめやネットトラブルに対して、そして少年法のあり方についても討論されることが増えた事件になりました。
また、現在もまだ理解はあまり進んでいませんが、発達障害に焦点が当てられた事件でもあります。必ずしも病気が原因で事件を起こすわけではない、ということは大切ですが、偏見が生まれたり、逆に理解を深めようとする動きも増えていきました。
現在もいじめに関する事件は多発している状態です。どのように事件と向き合っていけばいいのか、事件によって視点は変わってくるものの、長崎で起きた佐世保事件を風化させず、色々なことを考えるきっかけであることを忘れずにいくことが大切だと言えるでしょう。