ヒンターカイフェック事件の真相とは?ドイツの謎の事件!【凍える森】

第1次世界大戦終結後間もないドイツで起きたヒンターカイフェック事件。犯人は特定されず捜査が終了し真相は闇の中。その特異性からミステリー小説「凍える森」のモデルにもなりました。 ここでは、事件を紐解きながら謎の多いヒンターカイフェック事件の真相に迫ります。

ヒンターカイフェック事件の真相とは?ドイツの謎の事件!【凍える森】のイメージ

目次

  1. 1ドイツの謎の事件「ヒンターカイフェックジケン」の真相!
  2. 2ヒンターカイフェック事件とは
  3. 3ヒンターカイフェック事件の概要と詳細
  4. 4ヒンターカイフェック事件で殺害された家族
  5. 5ヒンターカイフェック事件の捜査
  6. 6ヒンターカイフェック事件犯人の謎の行動
  7. 7ヒンターカイフェック事件の現在
  8. 8ヒンターカイフェック事件は忘れ去られることはない

ドイツの謎の事件「ヒンターカイフェックジケン」の真相!

ドイツ犯罪史の中でその謎の多さから、100年近い年月を経て今なお語り継がれるヒンターカイフェック事件。凶悪事件とは程遠い田舎の片隅で、突如起きた一家惨殺事件の真相は解明されないまま、特殊な環境も相まって迷宮入りとなりました。

一体誰が何の目的で凶行に及んだのか、真相を探るためヒンターカイフェック事件を紐解いていきます。

ヒンターカイフェック事件とは

1922年にドイツのバイエルン州ミュンヘンから北へ70キロほどの集落にある農場で、一家全員が殺害される事件が起きました。その農場の名前から「ヒンターカイフェック事件」と呼ばれています。

謎が多くイギリスの「切り裂きジャック」などと並び世界でも有名な未解決事件として知られていて、ドイツではヒンターカイフェック事件のサイトまであり、事件の真相を解き明かそうと様々な情報が飛び交っています。このことからも、非常に高い関心が寄せられていることがわかります。

農場の一家殺人事件

このヒンターカイフェック事件で犠牲になったのは、牧場主の男性(63)とその妻(72)。夫妻の娘(35)とその子供たち(7歳女児、2歳男児)そして使用人(45)の6名です。まだ年端もいかない幼子をその手にかけていることからも犯行の残虐性がうかがい知れます。

60年以上逮捕できず未解決に

事件発生現場が広大な農場の敷地内にある一軒家だったことから証言や証拠が少なく、捜査は難航を極めました。当時の警察は現在では考えられないオカルト的な捜査をするなどしましたが、有力な情報を得られませんでした。

そして、第二次世界大戦の混乱でヒンターカイフェック事件の関係書類などが紛失・消失してしまいます。そのため捜査は暗礁に乗り上げ1955年に一旦捜査は打ち切りに。1986年に改めて事情聴取が行われましたが何も成果がでず、ヒンターカイフェック事件の真相は解明されないまま捜査は終了しました。 

小説「凍える森」の題材に

迷宮入りしたヒンターカイフェック事件は、その特異性からこの事件専門のサイトが作られるなどドイツ国内のみならず、世界的にも高い関心が寄せられていました。ネット上で真相解明に向け活発な議論がされる中、2006年にドイツの女性作家アンドレア・M・シェンケルがヒンターカイフェック事件を題材にしたミステリー小説「凍える森」(集英社文庫)を発表。

この作品は2007年度ドイツミステリー大賞を受賞し2009年には映画化(日本では未公開)もされるなど、事件発生から100年近く経つ今でも多くの謎が人々の関心を引きつけてやみません。

ヒンターカイフェック事件の概要と詳細

それでは、今なお多くの議論がされる世界的に有名なドイツ犯罪史上最も謎の多い未解決事件「ヒンターカイフェック事件」を紐解いていきましょう。

ヒンターカイフェック事件の発生した当時のドイツは、第1次世界大戦敗北のショックから政治・社会情勢が安定せず、ハイパーインフレが発生するなど人々の生活に暗い影を落としていました。そんな抑うつ的な空気が蔓延するなか、1922年4月4日に事件が発覚します。

ヒンターカイフェック農場が舞台

事件の舞台となったのはバイエルン州ミュンヘン郊外のグレーンベル地区にあるヒンターカイフェック農場。「ヒンター」は「後ろ」という意味で「カイフェック」とはグレーンベル地区にある集落の名前です。その名の通り、カイフェック集落を進んだ先(後ろ側)に広大な農場がありました。

また、農場と集落の間には魔女の森と呼ばれる森が広がっており、集落とは森で分け隔てられていました。このように、地理的に隔離された場所にあるヒンターカイフェック農場で、この農場を営む家族5人と使用人1人の計6人が惨殺されたのです。これがドイツ中を震撼させたヒンターカイフェック事件です。 

6人一家が殺害される

ヒンターカイフェック事件の犠牲者は次の6名です。アンドレアス・グルーバー(グルーバー家の家長、63歳)。ツェツィーリア・グルーバー(アンドレアスの妻、72歳)。ヴィクトリア・ガブリエル(グルーバー夫妻の娘、35歳。戦争未亡人)。ツェツィーリア・ガブリエル(ヴィクトリアの娘、7歳。小学生)。ヨーゼフ・ガブリエル(ヴィクトリアの息子、2歳)。マリア・バウムガルトナー(使用人、44歳)。

ご覧の通り犯人は7歳と2歳の子供までも殺害しており、このショッキングな事件は近隣の村や街の人々を恐怖と不安に陥れました。

教会や学校に出なかったことで発覚

6人が殺害されたのは、事件が発覚する4日前の3月31日の夜から4月1日未明にかけてと見られています。先に異変に気がついたのは小学校関係者で、4月1日(土曜日)に孫娘のツェツィーリアが小学校に来なかったためです。

また、その日のお昼にコーヒーの行商人がグルーバー家に注文の品を届けに行ったところ、家には鍵がかかっており誰も居ないようだったと近所の人に話していました。

そして、4月2日(日曜日)には一家がいつも通っていた教会のミサを欠席しました。特に、アンドレアスの娘ヴィクトリアは教会の聖歌隊に所属しており、練習熱心でリードシンガーを務めていたので、彼女の欠席は非常に珍しく、同じ聖歌隊の仲間や協会関係者が彼女のことを気にしていました。

村人が屋敷に踏み込み事件が明るみに

それでも事件が発覚しなかったのは、グルーバー家と近隣住民との関係性が良好ではなかったためです。

しかし、この他にも4月3日に新聞配達員が、事件が発覚する4月4日の午後3時ごろには発動機の修理工が「グルーバー家に行ったのだが誰もいない。施錠もされている」と話したことから、同日の午後5時ごろ、いよいよ不審に思った村人達がグルーバー家の屋敷に踏み込みました。

母屋は鍵がかかっており、一行は一箇所だけ鍵がかかっていなかった納屋から探索をし、そこでアンドレアスと妻のツェツィーリア、娘のヴィクトリアと孫娘のツェツィーリアの遺体を発見。

さらに母屋から孫のヨーゼフと使用人のマリアの遺体が発見されました。こうして、一家全員惨殺というおぞましい事件「ヒンターカイフェック事件」が発覚したのです。 

一人ずつ呼び出して殺害

納屋で遺体となって見つかった4人は、犯人によって一人ずつ母屋から納屋に誘い出され殺害されたと推測されています。まだ一人では動けない幼いヨーゼフは、母屋の寝室の乳母車の上で。事件当日に初めてグルーバー家に来た使用人のマリアは、屋敷の構造を把握していないため誘い出されず、台所近くの使用人室で殺害されました。

母屋と納屋は廊下で繋がっており、犯人がどのようにして4人を誘い出したのかは謎のままです。
 

雇われていた使用人も殺害

先述したように、マリアは新しく雇われた使用人で、4月1日からの仕事始めに合わせ3月31日の午後4時頃にグルーバー家に到着しました。そして、到着から数時間後には事件に巻き込まれてしまいます。

非常に不運としか言いようがありません。幼い子供やグルーバー家とは一切関係のない人までも容赦なく殺害しているところに、ヒンターカイフェック事件の闇の深さ、恐ろしさがうかがえます。

凶器に使われたつるはし

ヒンターカイフェック事件で使われた凶器は「つるはし」と言われています。実際に事件の翌年に農場の家屋・建物を取り壊した際に、母屋の屋根裏部屋の床下から乾いた血や人毛などが付着した「つるはし」が発見されました。ですが、遺体の傷口は「つるはし」だけでつけられたようなものではなく、数種類の凶器が使用されたと見られていました。

それを裏付けるように、納屋から乾いた血のついたナイフや鉄の輪が発見され、これらを使い犯行に及んだと推測されます。しかし、ここで疑問が一つ浮かびます。なぜ警察はこの重要な証拠を事件直後の捜索で発見できなかったのでしょうか?警察によるヒンターカイフェック事件の初動捜査の稚拙さが指摘される理由の一つでもあります。

前日に不審な足跡を発見していた

実は、事件が発生する数日前から不審な出来事が起きていました。家の鍵の紛失をはじめ、何者かが納屋に進入を試みた形跡や敷地に心当たりのない新聞が落ちているなど、家族以外の何者かの存在を疑わせるものです。そして、事件前日の3月30日早朝アンドレアスは積もった雪の上に、森からヒンターカイフェック農場に進入する二つの足跡を見つけます。

足跡は農場内の建物までまっすぐと続いており帰った形跡はありませんでした。このことから何者かが農場の建物内に潜んでいると確信したアンドレアスは、その日の午前中に近隣の村人に一連の不審な出来事を話しました。

この時、心配した村人から警察に相談したほうが良いというアドバイスがありましたが、アンドレアスはこの助言を聞き入れませんでした。警察に頼ることなく自分で解決できる自信でもあったというのでしょうか?しかし、その日の夜にアンドレアスをはじめグルーバー一家はえもいわれぬ恐怖に晒されます。

屋根裏部屋から聞こえる謎の足音

誰も居ないはずの屋根裏部屋から、人の歩き回る様な音が聞こえてくるのです。その音は長時間続き、恐怖に耐えかねたアンドレアスは屋根裏部屋に向かいます。ですが、いくら捜索しても何も誰も発見するには至りませんでした。

この出来事にはさすがにアンドレアスも参った様子で、あくる日の3月31日に娘のヴィクトリアと買い物に出た時、立ち寄った店で昨夜の出来事を話しています。おそらく、その夜は一睡もしていないと思われるのでかなり憔悴していたことでしょう。

娘のヴィクトリアも違う店で同じ様なことを話しています。そして、これが生きている二人の最後の姿となりました。この数時間後にヒンターカイフェック事件が発生し、犯人によって変わり果てた姿とされ発見されるのです。

ヒンターカイフェック事件で殺害された家族

ヒンターカイフェック事件は発生から発覚するまでに時間を要しました。これは事件現場が集落や民家から離れた地理的に隔絶された場所にあったためです。しかし、横の繋がりが強い村社会では、皆すぐに異変に気づきグルーバー家を訪れるため、事件の発覚が早かったはずです。

ではなぜ発覚が遅れたのか?それはアンドレアスの人間性から一家に対する評判が非常に悪く、あまり関わりを持ちたくないという村人が多かったためです。グルーバー家は地理的だけではなく、社会的にも周囲から孤立していました。このことがヒンターカイフェック事件の闇の深さを物語り小説の題材になるなど、今でも人々の関心を引きつけている理由の一つなのではないでしょうか?
 

村人から変人一家扱い

家長のアンドレアスの評判は倹約家で働き者という声がある一方で、好色で傲慢、用事がある時以外は人との交流を持たない極度の人付き合いの悪さなど、村人からの評判は良くありませんでした。

これは妻のツェツィーリアも同様で、この夫婦の評判から「変人一家」と揶揄され距離を置かれていました。しかし、これだけで変人一家と呼ぶには少々乱暴な気がしますが、それにはクルーバー家のある噂が大きく影響しています。

父親はケチで有名

アンドレアスは倹約家といえば聞こえは良いものの、実際はかなりのケチで有名でした。農繁期は人件費を抑えるため、素性が分からない流れ者や浮浪者を低賃金で雇い過酷な労働を強いるなどしていたそうです。このことから、かなりのお金を溜め込んでいるとも言われていました。このケチが原因で村人とトラブルになることもありました。

近親相姦の噂

グルーバー家が変人一家と評されることになる原因の大きな噂と言うのが、アンドレアスと娘ヴィクトリアが近親相姦の関係にあるというものです。ヴィクトリアにはカール・ガブリエルという夫がいましたが、そのカールは第1次世界大戦で戦死してしまいました。

ヴィクトリアには二人の子供がいて、7歳の娘ツェツィーリアはカールとの子供と言われていますか、2歳になるヨーゼフはカールが戦死してから妊娠しています。そのため「ヨーゼフの父親はアンドレアスなのではないのか?」という噂が広がりました。なぜなら、近親相姦の噂は限りなく事実に近いからです。

ヴィクトリアに対する性的虐待

ヴィクトリアは16歳の頃から性的虐待を受けていました。絶対的な権力者として君臨する家長のアンドレアスには逆らうことはできなかったでしょう。ヴィクトリアがカールと結婚し、娘のツェツィーリアを出産した後も性的虐待は続いていたと言われ、実際にその現場を見たと言う証言もあります。

事件が起きる数年前には、二人とも当局に身柄を拘束され、性の規範を乱した罪で有罪判決を受け服役までしています。このことは村人たちの公然の秘密であり、誰も知らない人は居ないと言われています。このことから、村人たちはヨーゼフの父親はアンドレアスであると考えてしまうのが自然なのです。

ヒンターカイフェック事件の捜査

ヒンターカイフェック事件が発覚した翌日の4月5日に、警察や医師らが現場に入り捜査を開始しました。驚くべきことに現場は既に野次馬たちでかなり荒らされていたと言われています。

そのような中で現場検証や犯行に使われた凶器の捜索、遺体の検死などが行われました。次第に明るみになる事件の状況と共に深まる謎、当時の捜査状況を振り返ってみます。 

「屋根裏部屋の藁」の痕跡

ヒンターカイフェック事件の犯人が残した痕跡の一つに、納屋の屋根裏部屋に敷き詰められた藁があります。これは犯人が足音を消すために敷いたと考えられ、敷き詰められた藁の一角には人が寝たような「くぼみ」も発見されています。その「くぼみ」は二つあったとも言われていますが、さまざまな証言があり特定されていません。

また、犯人は外の様子を(グルーバー家を)監視できるように、屋根瓦を何枚かずらして覗き穴を作っていました。同様の覗き穴は母屋の屋根裏部屋でも見つかり、犯人はこれを使ってグルーバー家の人々の動きを把握し、見つからないように納屋の屋根裏部屋で事件当日までの数日間、潜んでいたと考えられています。

霊能者にも捜査を依頼

当時の警察の捜査で現在では考えられないものがあります。それは霊能者への捜査依頼のため、被害者6人の遺体の頭部を切り落とし、標本にして霊能者に送ったというのです。当時は世界的なオカルトブームで警察の捜査にもたびたび霊能者が協力することがありました。

しかし、いくら捜査のためとはいえ遺体の頭部を切り落としてしまうとは驚きです。この心霊捜査では何も得るものはありませんでした。遺体は頭部が無いまま埋葬されてしまいます。

村人の尋問も効果なし

警察は当初、ヒンターカイフェック事件は物取りによる犯行と見ていました。かなりの倹約家で有名だったグルーバー家はその分、かなりお金を溜め込んでいるともっぱらの噂だったからです。4月8日には犯人の逮捕に繋がる有力な情報に10万マルクの懸賞金をかけます。

真相解明に向け、近隣の村人や流れの技工士、行商人や浮浪者、前科者を取り調べました。しかし、有力な情報や証言を聞き出すことはできません。懸賞金はその後、50万マルクまで引き上げられましたが、結局は何も聞き出すことはできませんでした。

これは、もともと排他的な村人たちが高圧的な警察の尋問に反感を抱いたため、村人たちからの積極的な捜査協力を得られなかったのが原因と考えられています。

怨恨・顔見知り説

また、その後の捜索で母屋から多くのお金や貴金属品が出てきました。犯人は犯行後数日は現場に留まっていた痕跡があり、その間に金目の物を探すことができることから、金銭目的の物取りによる犯行の可能性が低くなりました。そうなると、怨恨・顔見知りの犯行や、親族による遺産目当ても十分に考えられます。

アンドレアスはその性格から、人から恨みを買うこともあったことでしょう。遺体の損傷は頭部に集中し、損傷具合からかなりの恨みを持つ者の犯行とも見られます。ですが アンドレアスに対する恨みだけで一家全員を殺害するのでしょうか?

グルーバー家に恨みを持っていたとしても、幼い子供や一家とは関係のない、その日にグルーバー家に到着したばかりの新しい使用人までも殺害するのでしょうか?

戦死したはずの夫が容疑者に

また、納屋で遺体が発見された4人は、一人ずつ誘い出されて殺害されたと推測されることから、犯人は顔見知りという可能性も高いです。これには第1次世界大戦で戦死したヴィクトリアの夫、カール・ガブリエルも容疑者として浮上していました。

戦死の知らせは届いても遺体は発見されておらず、カールは実は生きていて、妻ヴィクトリアと義父アンドレアスの関係を知り犯行に及んだという説です。しかし、有力な情報・証言や証拠は無く推測の域を脱することはありませんでした。

ヒンターカイフェック事件犯人の謎の行動

ヒンターカイフェック事件では、事件後の犯人が謎の行動をしています。一家6人を惨殺したその後も数日間、現場に留まっていたのです。一体これは何を意味しているのでしょうか?犯行前からの、農場の敷地や家屋侵入を見ても大胆な犯人像がうかがえます。

犯人は数日間現場に居座った

犯人が寝泊まりをし、台所で食事を取った形跡がありました。また、事件発生後の4月1日と2日に煙突から煙が出ていたのを目撃したという証言もあります。犯人は犯行後も現場に留まっていたということは、物取りの犯行なら金目のものを探す時間が十分にあったということです。

しかし、多額のお金や貴金属品がそのまま見つかっています。何か別の目的があったのでしょうか?ことの真相を語れるのは犯人だけです。

家畜の餌やりや牛の搾乳まで

また、犯人は家畜に餌を与えていて、牛の搾乳までした形跡がありました。牛は乳が出始めてからは毎日搾乳しなくてはならず、放っておくと病気になってしまい経済価値が無くなってしまいます。犯人はこの事を知っていたのでしょうか?

そう考えると、犯人は農場関係者の線も強くなります。親族による遺産狙いや同業者による農場の乗っ取りなども考えられ、こうしてヒンターカイフェック事件の捜査対象が大きく広がっていきました。そして、真相は深い闇の中に消えていくのです。

ヒンターカイフェック事件の現在

ヒンターカイフェック事件の真相解明に向けた捜査が難航する中、第二次世界大戦が起きてしまいます。これを機に捜査は徐々に下火になり、1955年に一旦打ち切られます。そして、1986年に行われた事情聴取を最後に捜査は終了しました。

謎が多く世界的な未解決事件の仲間入りを果たしたヒンターカイフェック事件。現在でも話題が尽きず、インターネット上では真相を解明しようと、さまざまな情報が飛び交う中で議論が続いています。第二次世界大戦後から現在に至るまでのヒンターカイフェック事件を振り返ってみましょう。

遺体の頭蓋骨を紛失

ヒンターカイフェック事件発覚後から、警察もその当時にできる最大限の努力をし、捜査を続け真相に迫ろうとしていました。そのさなか、第二次世界大戦が勃発。ドイツ国内は戦場と化し、その混乱の中でヒンターカイフェック事件の関係書類や証拠などが紛失・焼失してしまいます。

不幸なことに、その中には切断され標本にされた6人の頭部もありました。二度と戻ることは無いとは知らず、6人の体は今でも自分の頭部の帰りを待ち続けているのです。

100名以上の容疑者がいた

ヒンターカイフェック事件は、物取りや怨恨、顔見知りなどの線から100名以上が容疑者として浮かんでいました。しかし、いくら捜索や取り調べを行っても有力な情報や証言、手がかりは得られませんでした。

高額の懸賞金もかけられましたが、真相を語るものは誰もおらず月日だけが流れていきます。

真相や犯人は不明

結局、ヒンターカイフェック事件は単独犯か複数犯かすら特定できませんでした。事件発生の翌年に、犯行に使われた凶器と見られる乾いた血が付着したつるはしやナイフなどが発見されましたが、そこから犯人にたどり着くことはできませんでした。

当時の原始的な捜査方法では限界があったことが、ヒンターカイフェック事件の真相を解明できなかった大きな理由の一つでしょう。現代の発達した捜査手法や鑑識技術があれば、未解決事件にはならなかったかもしれません。

ドイツ警察学校の生徒が独自で調査中

ドイツ犯罪史に残る、最も謎の多い未解決事件であるヒンターカイフェック事件。2007年にはドイツ警察学校の生徒たちが、この事件の真相解明に乗りだし分析を試みます。結果は、ある人物を最重要容疑者として特定に至りました。

しかし、事件発生から長い年月が経ち、関係者及び容疑者が全員死亡していることや、当時行われた警察の原始的な捜査や関係書類、証拠の紛失・焼失により真相の完全な解明には至りませんでした。最重要容疑者の氏名は、親類縁者に迷惑がかかるため公表は控えられましたが、その人物とは一体誰だったのでしょうか?

ヒンターカイフェック事件は忘れ去られることはない

ヒンターカイフェック事件は、グルーバー家の家長であるアンドレアスの人間性や、閉鎖的な一家に対する村人からの悪い噂や評判、原始的な操作方法に頼るしかなかった警察や第二次世界大戦の勃発など、様々な要因が重なり、真相の解明ができずに現在に至ります。

そして、これから先もヒンターカイフェック事件は、世界的な未解決事件として人々の関心を引きつけ忘れ去られることはないでしょう。慰霊碑の下に眠る頭部のない哀れな6名の犠牲者たちと共に。

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