青木悠君リンチ殺人事件とは?大津で起きた事件の概要や被害者!

青木悠君リンチ殺人事件という事件をご存知でしょうか?青木悠君リンチ殺人事件とは、無抵抗の青木悠君を少年が二人が70回以上殴るなどして、瀕死の状態にしたまま放置し殺害した事件です。青木悠君リンチ殺人事件の概要や被害者について詳しく見ていきましょう。

青木悠君リンチ殺人事件とは?大津で起きた事件の概要や被害者!のイメージ

目次

  1. 1青木悠君リンチ殺人事件について詳しく解説
  2. 2青木悠君リンチ殺人事件の概要
  3. 3青木悠君リンチ殺人事件の裁判と判決は?
  4. 4被害者・青木悠君とは?
  5. 5青木悠君をリンチした犯人と犯行動機は?
  6. 6青木悠君リンチ殺人事件を風化させないようにしよう!

青木悠君リンチ殺人事件について詳しく解説

青木悠君リンチ殺人事件という事件のことを聞いたことがありますか?青木悠君リンチ殺人事件とは、滋賀県大津市で、被害者の青木悠君が少年二人に70回以上も殴られた末に死亡した事件です。青木悠君は身体障碍者だったことも大きな話題となりました。

青木悠君リンチ殺人事件では、高校に合格した青木悠君を少年二人が小学校へ呼び出し、青木悠君に対する嫉妬心から、青木悠君を70回以上も殴ったことが分かっています。さらには、無抵抗の青木悠君をバックドロップでたたきつけたのです。

二人がかりで殴られた青木悠君は、瀕死の状態になりましたが、少年二人は病院に連れていくこともせず、そのままパチンコに向かっています。結局、青木悠君は1週間後に帰らぬ人となりました。以下では、青木悠君リンチ殺人事件の概要を見ていきましょう。

青木悠君リンチ殺人事件の概要

まずは、滋賀県大津市で起きた、青木悠君リンチ殺人事件の概要について見ていくことにしましょう。青木悠君リンチ殺人事件は、身体障碍者の青木悠君(当時16歳)が犯人である少年二人からの執拗な暴行により死亡した非常に悲惨な事件です。

被害者の青木悠君が身体障碍者だったことから、青木悠君リンチ殺人事件は連日大きく報道されました。無抵抗な身体障碍者に執拗に暴行を加えている点が非常に悪質だと言えます。青木悠君は、中学生の時に交通事故に遭い、左半身不自由になっていました。

犯人の少年二人は、高校に合格した青木悠君に対して嫉妬心を抱いていたと言われています。青木悠君を小学校に呼び出し、青木悠君に対して執拗に暴行し続けたのです。結局、青木悠君は1週間後に死亡してしまったのです。

高校合格祝いに青木悠君を小学校へ呼び出す

青木悠君リンチ殺人事件は、2001年3月31日、滋賀県大津市で起きました。高校に合格した青木悠君を、合格祝いと称して、当時15歳の少年と当時17歳の少年が、滋賀県大津市平野小学校の給食室の裏庭に呼び出したのです。

中学生の時に交通事故に遭った青木悠君は、左半身不自由になりますが、懸命にリハビリをしたおかげで、足を引きずりながらもなんとか歩けるようになるまで回復していました。青木悠君は、リハビリのために定時制高校に通っていました。

賢明な勉強が実り、青木悠君は、全日制の高校に合格します。しかし、青木悠君の高校合格を快く思わない人たちがいました。青木悠君に激しい嫉妬心を抱いた少年二人は、「合格祝いにカラオケをおごってやるよ」と嘘をつき、青木悠君を呼び出したのです。

無抵抗の青木悠君を70回以上殴る

合格祝いをしてくれることを信じて疑わなかった青木悠君は、滋賀県大津市平野小学校へ向かいました。小学校には、犯人となる少年二人の他に、三人の取り巻きがいました。少年二人は、青木悠君に対する嫉妬心から、青木悠君に対する執拗な暴行を始めました。

「障碍者のくせに生意気だ」と最初から青木悠君をリンチする目的で呼び出していた犯人の少年たちは、被害者となる青木悠君に殴り続けました。体のありとあらゆるところを殴り続け、青木悠君の顎は外れ、顔は原型をとどめないほど腫れあがりました。

犯人の少年たちは、「障碍者だから助ける価値がない」「こいつは障碍者だからすぐに狸寝入りするんだ」などと言いながら、意識を失いかけた青木悠君を殴り続けました。途中、少年の一人が救急車を呼ぼうとしますが、仲間に止められています。

青木悠君をバックドロップで叩きつける

青木悠君に対する暴行は殴る蹴るだけではありませんでした。意識を失いかけている青木悠君に対して、高さ60センチメートルもあるコンクリート台から、プロレス技のバックドロップで青木悠君の頭を地面にたたきつけたのです。

バックドロップは1度だけではありませんでした。さらに場所を変えて、2度もバックドロップをしたと言います。失禁して泡を吹いている青木悠君に対して執拗にプロレス技をかけていったのです。青木悠君はほとんど意識を失っている状態でした。

実は、この暴行の様子を2階の窓から見ていた老人(当時69歳)がいました。しかし、この人物は警察に通報することなく、そのまま買い物に出かけてしまったのです。通報があれば、青木悠君の命は、助けられたかもしれないと言われています。

瀕死の青木悠君を放置しパチンコへ

青木悠君リンチ殺人事件の事件現場となった滋賀県大津市平野小学校で行われた青木悠君に対する暴行は執拗に続き、必要な救命措置は全くとられないまま、犯人の少年たちは被害者の青木悠君を放置し、パチンコへ向かいました。

友人が小学校で倒れている青木悠君を発見

犯人の少年の一人が青木悠君に暴行を加えたことを自慢していることを聞いた青木悠君の友人が事件現場となった小学校へ駆けつけると、そこには瀕死の状態の青木悠君が倒れていました。午後7時過ぎになって、友人が青木悠君の母親に電話で伝えました。

被害者の青木悠君はすぐに滋賀県大津市民病院に搬送され、ICU(集中治療室)に入れられました。しかし、医師によれば、被害者の青木悠君が助かる見込みは1パーセント以下だったそうです。犯人の一人は、待合室でアイスクリームを食べながら寝そべっていました。

約1週間後に硬膜下血腫で死亡

犯人の少年は、青木悠君の母親に暴行した理由を問われ、ただ「むかついたから」と述べています。4月6日、個室に移された青木悠君は、母親の必死の呼びかけが聞こえたのか、死ぬ直前に涙を流して、帰らぬ人となりました。

被害者の青木悠君の死因は、急性硬膜下血腫でした。被害者の青木悠君が亡くなった病院は、青木悠君が生まれた病院であり、さらには、青木悠君が交通事故に遭ったときに運び込まれて重い障害を克服した病院でもあったのです。

青木悠君リンチ殺人事件の裁判と判決は?

青木悠君リンチ殺人事件の概要を見てきましたが、続いては、青木悠君リンチ殺人事件の裁判と判決について見ていきましょう。滋賀県大津市で起きたこの事件は、被害者の障碍者を犯人の少年たちが執拗に殴り続けるという非常に凄惨なものでした。

青木悠君リンチ殺人事件は、少年法が改正される前日だったため、逮捕された5人は、滋賀県大津家庭裁判所は、主犯格の少年二人を刑事裁判にかけることなく、少年院へ送致する保護処分を決定しました。被害者家族は民事訴訟を起こしました。

2001年8月に、被害者の母親が主犯格の二人とその保護者に対して、9500万円の損害賠償を求めて提訴しました。2003年6月に少年院を退院した主犯格の二人が和解協議に参加し、謝罪し、6000万円を支払うことで和解しました。

刑事裁判にはかけられず少年院へ

青木悠君リンチ殺人事件の犯人の少年二人は、幸か不幸か、刑事裁判にかけられませんでした。その理由は、青木悠君リンチ殺人事件が発生したのが、3月31日であり、少年法が改正される前日(新しい法律は4月1日施行)だったためです。

滋賀県大津家庭裁判所は、主犯格の少年二人を刑事裁判にかけることなく、少年審判により、初等少年院送致の保護処分に決定しました。主犯格の二人の少年が暴行するのをただ見ていて、青木悠君を助けなかった他の三人の少年は、処分なしで釈放されました。

被害者家族は民事訴訟へ

一日違いで主犯格の少年二人が刑事裁判にかけられなくなったことに被害者遺族は複雑な心境になったことでしょう。遺族は、2001年8月に、民事訴訟を起こしたのです。青木悠君の母親は、主犯格の二人とその保護者に対して、9500万円の損害賠償を求めました。

被害者の母親は、主犯格の少年二人が青木悠君に激しい暴行を加えているのに、それを全く止めようとしなかった取り巻きの三人とその両親に計約3000万円の損害賠償を求めて提訴しています。訴えられた三人は、見張り役だったことを否定しました。

取り巻きだった三人は、「死亡予見性はなく、通報の義務もない」とし、「死ぬと思わなかった」「自分が止めたら何かされると思った」などと述べました。結局、最高裁判所は、「少年たちに救護義務があったとは言えない」としました。

少年院の出所後和解

2003年6月に、主犯格の少年二人は、少年院を退院します。少年院を退院した二人は、和解協議に参加し、被害者遺族に対して「一生かけて償います」「申し訳ありません」と述べて、頭を下げました。7月3日に、6000万円の賠償金を支払うことで和解しています。

被害者・青木悠君とは?

青木悠君リンチ殺人事件の裁判の判決について見てきましたが、続いては、被害者である青木悠君について詳しく見ていきましょう。青木悠君リンチ殺人事件が話題となったのには、被害者である青木悠君が障碍者だったことが背景にあるのです。

被害者の青木悠君は、中学生だったころに交通事故に遭い、重い障害を負っていました。障害を克服するためのリハビリをするために、定時制高校へ進学しました。その後、青木悠君は、定時制高校の担任の勧めで、全日制高校を受験し、見事合格しています。

青木悠君は、将来は、京都工芸繊維大学へ進学し、祖父の佃煮業を継ぐために、大学で経営学を学びたいと話していました。青木悠君は交通事故による障害に負けず、夢を描いて、有言実行する意志の強い少年だったのです。

交通事故による障害があった

青木悠君リンチ殺人事件の被害者である青木悠君は、1999年8月に交通事故に遭い、右脳を強打し脳挫傷で重体となりました。生死の境をさまよいながらも、医師による懸命の治療によって一命を取り留めた青木悠君は、リハビリに没頭します。

もともと、スポーツ万能だった青木悠君は、持ち前の粘り強さで左半身不随を克服するべく、懸命にリハビリに励みます。その結果、青木悠君は、足を引きずりながらも、なんとか歩けるようになるまでに回復し、周囲を驚かせたのです。

リハビリのため定時高校へ

中学校を卒業した青木悠君は、昼間の時間をリハビリに充てるため、定時制高校に入学します。定時制高校では素敵な出会いもありました。定時制高校の担任の先生が進路について相談に乗ってくれ、いろいろなアドバイスをしてくれたのです。

担任のすすめで全日制高校へを受験し合格

定時制高校に進んだ青木悠君は、担任の先生の勧めで、全日制の高校を受験することにします。青木悠君は、「全日制の高校に行って、将来は大学に行く。親孝行をするんだ」と話していたそうです。努力家の青木悠君は見事合格し、有言実行してみせたのです。

京都工芸繊維大学への進学を希望

全日制の高校に合格した青木悠君は、京都工芸繊維大学への進学を希望していたと言われています。青木悠君の祖父は佃煮業を営んでおり、青木悠君はその佃煮業を継ぎたいと考えていました。そのため、大学では経営学を学ぶつもりだったのです。

青木悠君をリンチした犯人と犯行動機は?

被害者である青木悠君について詳しく見てきましたが、続いては、青木悠君をリンチした犯人たちと犯行動機について見ていきましょう。滋賀県大津市で起きた青木悠君リンチ殺人事件は、犯人の少年たちのあまりに身勝手な動機に注目が集まったのです。

犯人は少年A(15歳)と少年B(17歳)

滋賀県大津市で起きた青木悠君リンチ殺人事件の犯人は、当時15歳だった少年Aと当時17歳だった少年Bの二人です。少年Aは空手3段で、中学の卒業文集で「10年後にどうなっているか」というテーマで「殺人犯で指名手配されている」と書いています。

一方、少年Bは、事件当時、仕事をしており、内装作業員でした。少年Bには、非行歴は1回あり、補導歴はなんと17回もあった人物でした。少年Bは、遺族との和解協議の場で、遺族に対して「一生かけて償います」と頭を下げています。

動機は青木悠君に対する嫉妬

犯人たちの動機は、あまりに身勝手なものでした。彼らの動機は、青木悠君に対する嫉妬心だったのです。辛抱強い努力の末に、全日制高校に合格した青木悠君に対して強い嫉妬心を抱いた少年Aは、4月から定時制高校へ入学する予定でした。

鑑別所から友人にあてた手紙

青木悠君の命を奪った少年の一人は、鑑別所の中から、あまりに自己中心的で、反省の色が見えない手紙を友人に送っています。その中には、「ヒマ、ヒマ、ヒマ、ヒマ、ヒマ、ヒマ・・・・青木なぐったん、広まってるか、ここ出たら遊ぼう」という記述があります。

青木悠君リンチ殺人事件を風化させないようにしよう!

障碍者である被害者に対して少年二人が執拗に暴行を加え、死亡させた青木悠君リンチ殺人事件は、世間の大きな注目を集めました。念願だった高校合格を果たした被害者の少年を、犯人の少年たちが殴り続けた理由は、被害者に対する強い嫉妬心だったのです。

障害を克服して、家族のために、懸命に努力していた被害者の少年とその遺族の無念さは計り知れないものがあるでしょう。主犯格の少年二人が暴行しているのを全く止めようとしなかった取り巻きの少年三人は、全く罪に問われていません。

少年によるリンチ事件は決して少なくないと言われています。この事件は、少年法が改正される前日に起きたリンチ事件であり、そのことも大きな話題となりました。青木悠君リンチ殺人事件を風化させないようにしましょう。

関連するまとめ

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ