小田求(元千葉市議)の生い立ちから現在!事件の概要や病気の噂など紹介!

実の父に怪我を負わせ、妹家族を死傷させた、元千葉市議の小田求とはどんな人物だったのでしょうか。また現在は何をしているのでしょうか。小田求が起こした凄惨な事件や、事件を起こすまでの半生、事件を起こした原因とされた精神疾患についてまとめました。

小田求(元千葉市議)の生い立ちから現在!事件の概要や病気の噂など紹介!のイメージ

目次

  1. 1小田求(元千葉市議)の生い立ち・経歴
  2. 2小田求(元千葉市議)が起こした千葉一家4人殺傷事件の概要
  3. 3被害者家族は小田求の妹家族
  4. 4小田求(元千葉市議)判決は?
  5. 5小田求(元千葉市議)は病気を患っている?
  6. 6小田求(元千葉市議)は結婚してる?
  7. 7小田求(元千葉市議)に対するネットの反応は?
  8. 8小田求(元千葉市議)の現在は?
  9. 9小田求(元千葉市議)の今後
  10. 10小田求(元千葉市議)の転落人生

小田求(元千葉市議)の生い立ち・経歴

小田求は、現在までに、どのような人生を歩んできたのでしょうか。まずは、小田求の半生を大学時代までさかのぼって見てみましょう。

桐朋学園大学を卒業

小田求は、1995年に音楽の名門として名高い、桐朋学園大学音楽学部声楽科を卒業しています。設けられている学部は音楽学部のみで、音楽のプロを目指す学生の登竜門としても有名です。小田求は、この大学で声楽を専攻し、プロのオペラ歌手を目指していたようです。

桐朋学園大学の卒業生には、指揮者の小澤征爾さんや、ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さん、宮本笑里さんらがおり、音楽界の有名人を多数輩出していることがわかります。

バリトン・オペラ歌手として活動


小田求は学校卒業後の6年間を日本で過ごしています。その後、2001年〜2003年に音楽留学の目的でイタリアに渡り、自身の歌声にさらに磨きをかけました。

日本に帰国した翌年には、国内で行われた声楽コンクール「イタリア声楽コンコルソ」で入選を果たし、その2年後の2006年には「大阪国際音楽コンクール」でエスポワール賞を受賞しています。

また、声楽レッスンを行う、ベルカントオペラ研究所サロン・ヴィーノの代表を務めていた時期もありました。小田求は声楽家としての実力を発揮し、表現者としても指導者としても、大変輝かしい実績を収めたのです。

衆議院議員・田嶋要のスカウトで政治家へ?


学生時代から音楽の世界に没頭していた小田求でしたが、2009年に民主党衆議院議員として政界に進出しました。これは、当時民主党に在籍していた田嶋要さんのプッシュがあったからだと言われています。

田島要さんとは、民主党に在籍していた議員で、2010年〜2011年の間に、経済産業大臣政務官を務めた人物であり、大変なビッグネームであったことが伺えます。

小田求は、2009年10月に初当選後、民主党議員として活動を始めましたが、民主党の政策内容に怒りや不満を覚えたとして、2010年に離党しました。その後は無党派議員として「未来創造ちば」に所属し、2015年4月まで2期に渡って千葉市議として活躍しています。

千葉市議時代の年収は1,200万円

小田求が在籍していた千葉県千葉市の議員報酬は日本国内でもトップクラスで、その金額は924万円ほどとされています。小田求は議員としての職務のほか、オペラ歌手としての活動も同時に行っていたため、当時の年収は1,200万円とも言われていました。

2013年に起こった東日本大震災のときには、復興支援活動として、チャリティーコンサートを開くなど、自分のオペラ歌手としての経験を活かした活動も積極的に行っていました。特に福祉関係に力を注いでおり、精力的に活動していたことがわかります。

2013年父親への傷害容疑で逮捕

音楽界では数々の成功を収め、政治家としても熱心に活動していた小田求でしたが、突如、その人生に暗雲が立ち込めます。

彼が最初の事件を起こしたのは、2013年3月でした。実父を金属製の棒で殴り、全治3週間の怪我を負わせた挙げ句、現場から逃走したのです。小田求は事件の4日後に、横浜市の路上で逮捕されました。

当時、この事件を通報したのは実母だと報道されています。普段から、特に言い争いがあったわけではなく、突然の暴力行為に出た息子に驚きを隠せなかったのでしょう。

小田求は、このときの傷害容疑で1度は逮捕されたものの、父親が被害届を取り下げたことで起訴猶予処分に落ち着きました。起訴を免れた小田求は、そのまま千葉議員の任期を満了することとなりました。

政治家転身後に精神状態が不安定に?

実父への傷害事件は、政治家への転身が原因とも言われています。音楽家として精力的に活動してきた小田求は、政治家特有の人間関係や利害関係に悩まされていたのかもしれません。当時、彼には挙動不審な行動が見られ、一時入院していたという報道もあります。

傷害事件後に千葉市の実家から横浜市まで逃走したことや、取り調べに対して「殴ったことは覚えていない」などの供述をしたことから、小田求の精神状態が不安定だったことは明らかです。

小田求(元千葉市議)が起こした千葉一家4人殺傷事件の概要

実父への暴力事件から5年後、小田求は取り返しのつかない大事件を起こしてしまいます。この事件の背景に、一体何があったのでしょうか。

飲食店で一緒に来店していた家族4人包丁で切りつける

2018年5月13日、小田求は殺人未遂容疑で現行犯逮捕されました。千葉市内にある居酒屋の個室で、4人家族を刃物で襲ったのです。小田求に襲われた家族のうち、6歳の長女は病院へ搬送後に死亡し、父親と母親は重症、1歳の次女は軽症でした。

このときに負った長女の傷は肺にまで達しており、死因は失血死だったといいます。父親も太もものほか、長女をかばった際に複数ヶ所を刺され、母親も次女を守った際に腕に深い傷を負ったようです。

1歳の次女は顔に切り傷を負ったのみで軽症ではありましたが、幼い子どもたちにまで凶器を向けた小田求の行動は異常としか言えません。

被害者家族は小田求の妹家族

小田求と被害にあった家族との関係は、すぐに報道関係者によって明らかにされました。家族は実の妹家族だったのです。音楽を愛し、千葉市議員まで勤め上げた小田求と実妹との間に一体、何があったのでしょうか。

動機は妹夫婦との確執

2015年に市議を退職し、元千葉市議となった小田求は沖縄に渡り、療養生活を送っていました。その一方で、小田求の妹夫妻は地方公務員として働いて堅実な生活を送っており、兄妹の生活の差は明らかだったのでしょう。

実父への傷害事件を起こした過去や、定職についていなかったことに対して、妹から数々の叱責や忠告を受けていたという報道もありました。また、小田求は事件後に「妹一家に邪険に扱われていた」という趣旨の供述をしていることから、両者の間には何かしらの確執があったと推測されます。

その他にも、事件当日に姪の頭を撫でようとしたところ、嫌がられたことに腹を立て、犯行に及んだという話も出ていますので、彼は妹のみならず、妹家族全員を恨んでいたという見方が濃厚です。

小田求は包丁を持って来店

事件当日は、小田求本人の誕生日でもありました。小田求は自身の誕生日を祝ってもらうため、千葉県内の居酒屋の個室を予約し、妹家族を招待したそうです。さらには、誕生会の会場となる店内に包丁を持ち込み、その包丁で妹家族を襲ったのです。

小田求はその場にいた店員や利用客にすぐに取り押さえられましたが、その後も執拗に家族を襲おうとしたという目撃情報が寄せられています。

それに加え、自身の誕生会を開くために、わざわざ沖縄から千葉へ戻ったという報道や、死亡した長女の遺体の損傷の状態及び妹夫妻の負傷具合からも、妹家族に対する殺意は明確だったのではないかと考えられていました。

小田求(元千葉市議)判決は?

居酒屋の個室に妹家族を呼び出したうえに、持参した凶器で実の姪を刺して尊い命を奪った小田求ですが、彼は一体どのような刑に処されたのでしょうか。

心神喪失状態で無罪判決


小田求は元千葉市議でありながら、実の姪を包丁で殺害するという極めて残忍な事件を起こしました。厳重な処罰が下されると思われましたが、実際には不起訴処分となり、無罪判決が言い渡されました。心神喪失状態にあり、精神不安定なため、刑事責任能力がないと判断されたのです。

殺人事件を起こす前から精神的に不安定だった小田求が、実父への暴力事件後に沖縄県で療養していたのは事実ですが、どのような治療を行っていたのかという細かい情報は出ていません。沖縄での療養中に効果的な治療が行われていれば、今回の事件は防げた可能性も十分にありえます。

小田求(元千葉市議)は病気を患っている?

殺人を犯したにも関わらず、無罪を言い渡された小田求が、一体どのような精神疾患を患っていたのかをまとめました。

妄想性障害

小田求は事件後の精神鑑定の結果、妄想性障害という精神疾患を患っていると診断されました。妄想性障害とは、妄想状態が1ヶ月以上続くことや、その妄想の内容が日常生活の範囲から逸脱しないことなどが診断の条件に挙げられています。妄想性障害の特徴には、患者本人に精神疾患を患っている自覚症状がない、もしくは異変を自覚しにくい、などがあります。

また、妄想の内容が奇異ではないことが多いため、周りも異変に気づきにくかったり、通院を進められなかったりといった事例も多くあります。事件を起こして初めて病気と向き合い、治療を開始する方が多いとの報告が多いのも事実です。

実際に、小田求はこの事件に関して、一貫性のない発言や意味不明な供述をしており、妄想の末に妹家族を襲ったのではないかという見解もあります。

統合失調症

小田求は統合失調症だったのではないか、という噂が現在も囁かれています。これは、議員時代に挙動不審な行動を繰り返していた小田求に対して、周囲が明らかな異変を感じていたことや、実父への傷害事件を起こした事実からきているのかもしれません。

統合失調症の症状の中のひとつに妄想が含まれていることや、統合失調症が妄想性障害よりも有名な病気のために、そのような噂が広まったとも考えられます。

しかし、精神疾患は現在の医学をもってしても、その判断は極めて難しく、彼の統合失調症に関する噂は一般人の憶測に過ぎない可能性があります。

小田求(元千葉市議)は結婚してる?

精神を著しく病んでいた小田求ですが、彼には心の支えとなる妻や子どもはいたのでしょうか。今現在、判明している範囲でお伝えします。

小田求の結婚に関する情報について、現在までに一切、報道されていません。過去に結婚していたのではないかという話も聞かれますが、その確証はありません。

しかしながら、音楽界で成功を勝ち取った経歴と、その爽やかな容姿と美声、議員という確固たる地位を確立していたという事実から、女性からの人気は高かったと推測できます。

小田求本人のTwitterのプロフィール欄には、趣味として育児書の読書と書かれていますが、子どもに関する情報も全く報道されていないのが現状です。この発言は、千葉市議としてのイメージ戦略だったのではないかという意見も出ています。

小田求(元千葉市議)に対するネットの反応は?

殺人という重罪をを犯したにもかかわらず無罪判決が下される、という驚きの展開にネットでは驚きの声が上がっています。


精神疾患を理由に、無罪判決となった元千葉市議の小田求でしたが、ネット上では批判的な声が上がっています。

小田求は妄想性障害を患っていたとはいえ、現場に凶器を持参していたことや、執拗に妹家族を刺そうとしたという目撃証言、妹家族が負った傷の状態から、計画性が高く、心神喪失状態ではなかったのではないかと思う人が多かったのです。

しかし、事件後に報道陣の前に姿を現した小田求は、殺人という犯罪を犯したにも関わらず、反省している様子が一切見られませんでした。

むしろ、不敵な笑みを浮かべ、目の焦点すらも合っていなかった彼の表情は、何かしらの精神疾患を持っていることを証明したと言っても過言ではありません。

小田求(元千葉市議)の現在は?

無罪判決が下った小田求は、その後どのような生活を送っているのでしょうか。現在、彼が置かれている状況について見てみましょう。

入院治療中

小田求は心神喪失状態を理由に無罪判決が言い渡され、それと同時に、鑑定入院を行う病院へ送られていました。

そして現在も、専門病院にて入院治療中ではないかとされています。仮に小田求の退院が認められたとしても、3年間は指定医療機関での通院の義務が課せられています。

小田求(元千葉市議)の今後

殺人という凶悪犯罪の末に無罪となった後の人物が、どのような経緯を辿ることになるのかをまとめました。

妄想性障害を患い殺人事件まで起こした小田求が、今後どのような生活を送るのか、不安を抱く国民も多いでしょう。

小田求は、現在、裁判官と精神保健審判員という特別な資格を持った医師によって処遇を判断され、保護観察所の職員によって、社会復帰を含む生活環境の調整を実施すると報道されています。将来的には、社会へ復帰することもありえるのです。

とはいえ、小田求は、殺人事件という極めて重たい犯罪を起こしており、医療観察法という法律に基づいて強制入院させられているため、他害の危険がなくなるまでの間は手厚い治療が施されることになります。

ただし、妄想性障害が寛解する割合は約50%、軽快が約20%と言われています。このデータを見る限りでは、彼が社会復帰を果たす可能性は十分にあるでしょう。

小田求(元千葉市議)の転落人生

一時は成功とも思われた人生でしたが、精神を病んだ結果、小田求は最悪の事件を起こし、現在も病と戦っています。心の支えとなる家族や友人はいなかったのか、早くから精神疾患の治療を始められなかったのかなど、この事件には悔やまれる点がいくつもあります。自分自身の人生や大切な人たちを守れるよう、この事件を教訓として受け止めてみてください。

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