江戸時代のセックス事情がすごい!性行為の歴史を江戸時代から学ぶ!

セックスの歴史は、知る機会がなく秘められたものという印象が強いのではないでしょうか?江戸時代の性行為に着目しました。100年続いた自由で平和な江戸時代は、セックスに対する考えをも、信じられないほど自由なものにしたのです。

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目次

  1. 1江戸時代のセックス事情がすごい?江戸時代から性行為の歴史を学ぼう!
  2. 2江戸時代のセックス事情
  3. 3江戸時代のセックス文化「夜這い」
  4. 4江戸時代のセックス文化「花魁」
  5. 5江戸時代の恋愛事情は?
  6. 6江戸時代より以前のセックス事情は?
  7. 7自由かつ奔放で情熱的な時代

江戸時代のセックス事情がすごい?江戸時代から性行為の歴史を学ぼう!

現代は自由恋愛が当たり前で、手軽にセックスができる時代ですが、まだまだ日本人は海外に比べると性に対して奥手な印象が強いでしょう。しかし、歴史を遡ってみると、むしろ奔放すぎるほど日本人が性に対してオープンな時代がありました。

今回ご紹介するのは、江戸時代です。気になる恋愛事情からいささか常識はずれすぎる衝撃の性行為の方法まで、詳しくご紹介いたします。

江戸時代のセックス事情

かつての日本人が性に対して奔放だったという事は中々信じがたい事実です。それが、武士の存在や様々な制度が定められていた印象の強い江戸時代であるならば尚更の事でしょう。まずは気になるお江戸のセックス事情から見ていきます。

現代人よりキスが好き

キスと一口にいえども、江戸時代は一味違うのです。そもそも、江戸時代では現代におけるキスを「口吸い」と呼びます。キスにも種類は色々とありますが、「口吸い」は唇と唇だけを合わせるような優しいものではなく、互いの舌同士をくっつけて吸い上げる、というものでした。

つまり、「口吸い」はディープキスです。そしてこれがなんと江戸時代には一般的なキスだったわけですので、触れるだけのキスでも恥じらいを持ってしまうような現代人にはありえない感覚でしょう。

しかも、この「口吸い」はセックス中に繰り返し繰り返し行うことが常だったのです。これが、江戸時代の人々がキスが好きだといわれる理由となります。

セックスに積極的

江戸時代の人々は、何よりも己の欲望と快楽を優先しました。だからこそ、現代の男女のセックスに重視されるようなムード作りというものは通用しません。お互いが昂ぶれば着の身着のまま、今でいう前戯もなしに本能のまま行為に及んでいました。

もちろん、先程ご紹介した「口吸い」もこの性行為の際に用いられる為にあるようなものでした。江戸時代の人々は、文字通り本能に赴くまま快楽に身を委ねながらセックスを楽しんでいたのです。そのため、セックス一回の質を重んじる傾向のある現代人よりも、回数にこだわるのが江戸時代流だったのです。

避妊しないのが一般的

避妊をしないことが一般的と聞くと、子作りの目的以外には避妊をすることがマナーとなっている現代からしたらありえないと感じるでしょう。しかし、大体の庶民にとって避妊というものはハードルの高いものでした。なぜなら、避妊具自体が中々手に入りにくいものだったからです。

現代の一般的な避妊具はコンドームですが、江戸時代もコンドームのような形をした「茎袋」というものが存在しました。しかし、動物の皮で作られていた為、大量生産技術のない時代には厳しいものがありました。庶民もできる避妊として、女性が和紙を湿らせて膣の奥にいれこむ方法もありましたが、その効果は目に見えているでしょう。

また、避妊のために女性が飲む薬のようなものもありました。これもまた庶民も使用することができましたが、それもほとんど気休めに近いものであり効果は望むことができなかったといいます。

江戸時代のセックス文化「夜這い」

現代でも、男性が女性をセックスに誘う際には色々と手を尽くすものです。それは江戸時代の男性も同様でした。しかし、その手段も現代の価値観からしたら普通ではないという事は、ここまで記事をお読みいただいていればわかることでしょう。その手段こそ、「夜這い」といい、現代では考えられないような手段が使われていました。

「夜這い」とは?

「夜這い」とは、夜中に男性がセックスの相手をして欲しい女性の家に行き、その女性の寝床に侵入するというものです。現代であれば、一発で警察沙汰案件ではないかと驚かれるでしょう。しかし、「夜這い」には事前にきちんと相手に告知することがなされており、その女性の家の親にも許可をきちんととっていました。

実はきちんと段階を踏むことがマナーとして存在した「夜這い」ですが、時に強引な誘い方やレイプまがいのものもあったことは事実です。こうした違反は村八分の対象となり、厳しく処罰をされました。江戸時代の村八分は人権がなくなるようなものです。余程のことがない限り、「夜這い」は慎重に行われていたでしょう。

まさに江戸時代ならではといった「夜這い」文化ですが、さすがの江戸時代でも風俗の乱れからか、この「夜這い」に対する視線は次第に厳しくなり、禁止令が出される事もありました。

江戸時代のセックス文化「花魁」

性に奔放な江戸時代では性風俗も盛んに行われていました。貧しい田舎娘が家族の為に身体を売るという光景が頻繁に見られた背景にも、江戸時代の性風俗の隆盛があったのです。

江戸時代の性風俗の現場はその名も「遊郭」。江戸の吉原遊郭などはその代表です。そこでお客様を相手にする女性は基本「遊女」と呼ばれていました。「遊女」の中にもランク付けがあり、その最上位が「花魁」と呼ばれ、庶民には簡単には手の届かない存在でした。

江戸の遊郭に通う庶民たちの誰もが憧れた「花魁」、詳しく見ていきましょう。

花魁とは?

花魁の価値とは一体どれほどだったのでしょうか。最もその価値がわかりやすいお金の話をすると、花魁に一晩性行為の相手をしてもらうためだけにお客は現代のお金で最高で600万近く支払う必要がありました。そしてお客は花魁に好かれないと相手すらしてもらうことができず、一見さんはもちろんお断りです。

では、どうして花魁にはそれほどの価値があったか気になるかと思います。なぜなら、花魁になるには美貌、教養、気品と三拍子揃わなければ認められることがなかったからなのです。どれか一つが欠けていては一流になることはできません。

そのため、幼い頃から厳しい所作を身に付けさせられ、和歌や舞踊、茶道や華道といった文化もたしなむ必要がありました。美しく着飾って江戸の町を闊歩する「花魁道中」も有名ですが、そうした煌びやかな世界の裏にはいつの時代にも血のにじむような努力が存在したのです。

江戸時代の恋愛事情は?

ここまで、江戸時代の人々のセックス事情や文化の歴史についてご紹介してきました。江戸時代の人々の性行為に対する意識の高さに驚かれた方や、少し刺激が強すぎたと思う方もいらっしゃるでしょう。

性行為に対して意識が高いという事は、おのずとセックスに至るまでの恋愛への意識の高さも伴ってきます。それでは、江戸時代の人々の恋愛の歴史を見ていきましょう。

ナンパが一般的

現代では草食系男子の増加によって、ナンパすら減少していると嘆かれている現状です。しかし、江戸時代はナンパこそが恋愛には欠かせないものでした。庶民は日頃中々出会いのチャンスがなく、そして携帯やスマホも当たり前にない時代です。一目惚れした相手を逃がしてしまったら二度と会えなくなることが通常でしょう。

気になるのはナンパの手口です。しかしそこはお江戸流、裏切る事はありません。江戸の男性は「ねぇねぇ」などと声をかけるのではなく、気になる女性のお尻をまずつまんで、反応を待ちました。こうしたことが許されてしまうのは、性行為におおらかだった江戸時代ならではといえるでしょう。

祭りや芝居小屋が出会いの場

江戸時代はナンパのスポットも独特です。現代は街で手軽にできるナンパですが、江戸は治安もそう良くはなかった為、無防備な女性が一人でふらふらと町を出歩く事はありませんでした。そこで、ナンパスポットとして機能したのが祭りや芝居小屋です。

祭りや芝居小屋は、庶民が非日常を味わう事のできる貴重な娯楽の場です。ナンパの手口は先程ご紹介したように過激ですが、その後の恋愛の発展の仕方は男性が女性に恋文を送るという方法が使われていました。恋文と聞くと、急に古風な歴史を感じます。では、その方法をご紹介しましょう。

手紙でデートに誘う

どんなにセックスや恋愛に開放的な時代でも、基本的に女性は「待つ」べきであるとされていた江戸時代。恋文も、男性側から渡すことが基本でした。その後の発展がかかっているわけですから、男性の恋文に対する思いというものは並々ならぬものでした。

しくじってしまったら最後……そんな目に遭わないためにも、恋文マニュアルなるものが刊行されたり、恋文代行が盛んだったりと、なんとお江戸では恋文ビジネスが発達していたのです。江戸時代の男女の間では、さぞかし情熱的な恋文が交わされていたことでしょう。現代人も見習いたいところです。

江戸時代より以前のセックス事情は?

ここからは、江戸時代よりもさらに時代を遡った時代のセックス事情について見ていきます。長い人類の歴史の中に隠された様々な性事情に目を向けていくと、江戸時代の性に対する奔放さのルーツが隠されていました。

縄文時代のセックス事情

縄文時代まで遡るとなると、もはや常識や価値観というレベルの話ではなくなってきます。この時代の人々にとってセックスは生殖活動や娯楽といったものよりも、神を身近に感じる行為として機能していました。

現代の私たちが神を身近に感じる行為というと、お祭りで神輿を担ぐ事や初詣に行く事等が挙げられるでしょう。それが、縄文時代ではセックスにあたるのです。その証拠として、縄文時代は祭祀行事の際に神にセックスを捧げていました。

また、モラルというものも存在しなかった為、本能の赴くままセックスは行われていました。つまり、場所や時間も関係ないということです。人前である事は当たり前ですし、一晩中かけてセックスが行われる事も通常でした。

平安時代のセックス事情

平安時代のセックス事情というと、紫式部の『源氏物語』の光源氏が複数の女性と繰り広げる恋愛の奔放さが連想される方も多いのではないでしょうか。実際もその印象と大差はなく、かなり自由でした。顔や性格よりも身体の相性が重視されており、セックスもテクニックがあれば男性がモテる時代でした。

男女問わず、同性同士も本能のままセックスに及ぶ事もありました。己の欲望に忠実な面は江戸時代にも受け継がれている点です。しかしその分、江戸に比べると女性が乱雑に扱われることが多く、売春宿も多く存在していたそうです。

自由かつ奔放で情熱的な時代

今回は、江戸時代のセックス事情や文化からそれ以前の時代にもさかのぼりました。いささか信じられず衝撃的だったでしょう。現代人の私たちが有する性に対する倫理観や貞操観念は、近代化でキリスト教の禁欲的な考えが広まった明治時代からです。つまり、本来の日本人は性に対して大らかで奔放かつ情熱的。私たちのDNAにもその秘められた情熱が潜んでいるのです。

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