斎藤杏花さんの現在とは?事件のその後や寺内樺風について!

寺内樺風(てらうちかぶ)によって誘拐、監禁された斎藤杏花(さいとうあんな)さん。現在、斎藤杏花さんは無事保護され、寺内樺風は逮捕されていますが、実は謎が多いと言われている事件です。この記事では事件の詳細、斎藤杏花さんのその後や犯人の寺内樺風について解説します。

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目次

  1. 1斎藤杏花さんの現在は?朝霧少女誘拐監禁のその後や寺内樺風について
  2. 2斎藤杏花さんとは?
  3. 3世間を騒がせた朝霧少女誘拐監禁事件とは?
  4. 4朝霧少女誘拐監禁事件の2年間とは? 
  5. 5斎藤杏花さんが誘拐された手口とは?
  6. 6斎藤杏花さんの現在とは?
  7. 7逮捕された容疑者・寺内樺風とは?
  8. 8事件の監禁部屋が公開!
  9. 9朝霧少女誘拐監禁事件のネットでの反応は?
  10. 10現在になればなるほど謎が深まる事件

斎藤杏花さんの現在は?朝霧少女誘拐監禁のその後や寺内樺風について

皆さんは斎藤杏花さんの名前を聞いたことがあるでしょうか?こちらは2014年、寺内樺風によって誘拐され、約2年間に渡り監禁された女性です。今回はこの事件の概要、そして被害にあわれた斎藤杏花さんの現在やその後、犯人である寺内樺風についてまとめました。

斎藤杏花さんとは?

まず、事件に巻き込まれた斎藤杏花さんについてご説明します。当時誘拐された時、斎藤杏花さんは中学1年生でした。そして、約2年間の監禁を強いられたため、無事保護され帰宅した時には中学3年生という年齢でした。

斎藤杏花さんは中学生という青春時代をこの事件のせいで汚され、楽しい思い出を作る事ができませんでした。また、誘拐や監禁といった怖くて辛い体験は、彼女の心を深く傷付けたことでしょう。無事保護されたとはいえ、彼女が感じた精神的なストレスは計り知れません。

世間を騒がせた朝霧少女誘拐監禁事件とは?

当時中学1年生であった斎藤杏花さんが誘拐、監禁されたため、世間に大きく注目された事件です。どういった経緯で事件が起きたのでしょうか?事件の概要を解説します。

中学1年生の斎藤杏花さんが行方不明に

2014年3月10日、斎藤杏花さんは中学校から下校している途中で行方不明になりました。17時頃に母親が帰宅した時に斎藤杏花さんの姿が見当たらず、20時20分になっても帰ってこなかったことから警察に通報したのがきっかけでした。

両親より捜索届が出された3日後より捜索開始

3月10日に警察に通報したものの、斎藤杏花さんの有力な情報が全く掴めていない状況でした。そのため、3日後の13日に顔写真・氏名・特徴などを公開して情報提供を求め捜索が開始されました。

斎藤杏花さんより父親に手紙が届く

斎藤杏花さんの捜索が開始されて9日目、自宅に『元気に過ごしている。迷惑をかけてごめんなさい。しばらくは帰らない』といった内容が書かれた手紙が届きました。手紙の消印は3月15日になっており、失踪から5日目に出されたものだとわかりました。しかし、その手紙だけでは有力な情報が得られず、その後捜査が大きく動くことはありませんでした。

2年後に斎藤杏花さん本人により通報

斎藤杏花さんが失踪してから約2年後の2016年3月27日、JR東中野駅(東京都中野区)から斎藤杏花さん本人から自宅へ電話があります。その時、電話をとったのが母親でした。

斎藤杏花さんを発見・保護

自宅へ電話を掛けた時、母親から警察へ電話するようにと言われた斎藤杏花さんは警察へ電話をします。この行動がきっかけで無事保護されることとなりました。

寺内樺風が血だらけで発見される

斎藤杏花さんが保護されたその後28日に、寺内樺風は確保されました。警察は監禁部屋を捜索し、寺内樺風を犯人として全国に指名手配をしました。すると、静岡県伊東市で「血だらけで歩いている男がいる」という110番通報があり、向かうとその人物が寺内樺風で逮捕に至りました。

血だらけの原因は、自殺しようと首をカッターで切ったのが原因でした。しかし、命に別状はなく病院で手当てを受けることとなりました。

寺内樺風の刑罰は?

被害者である斎藤杏花さんや家族にとって、約2年間という長い期間を辛い思いで過ごさざるをえない状況でした。そのため、「10年以上、または無期懲役にしてほしい」と斎藤杏花さんは語っていました。

しかし、罪もない少女を誘拐し、更には2年間という長期間の監禁を強要した寺内樺風に対し、斎藤杏花さんたちの願いは虚しく判決は懲役9年という結果で事件は終了しました。

朝霧少女誘拐監禁事件の2年間とは? 

2年という月日は決して短くはありません。自分を誘拐した知らない男と生活していた斎藤杏花さんにとって、2年という月日は一般人が考じる2年よりも更に長く感じた事でしょう。寺内樺風が誘拐をしてから2年間の間、斎藤杏花さんはどのような生活をしていたのか見てみましょう。

暴力やレイプはあった?

世界中で起きている誘拐や監禁事件では、加害者に乱暴されるケースは少なくありません。しかし、寺内樺風が起こしたこの事件では、暴行やレイプなどといった被害はなかったようです。

食事は与えられていたのか?

誘拐や監禁の事件では、被害者が発見された時には変わり果てた姿をしていたり、満足な食事を与えられない事もあります。

しかし、斎藤杏花さんが保護された時、体重や見た目に大きな変化はありませんでした。そのため、斎藤杏花さんが食事を与えられなかったというわけではないでしょう。

斎藤杏花さんは洗脳されていた?

寺内樺風は斎藤杏花さんに対し、逃亡する意欲を削ぐように洗脳していたことがわかっています。「家族から見放されている」という言葉を何度も言い聞かせ、時には「私は両親に捨てられた、誰にも必要とされていない」を復唱させていました。

また、ドラッグと同じ効果が得られるチョウセンアサガオや西洋アサガオの種を食事に混ぜていたことも判明しています。

斎藤杏花さんのSOSは無視されていた?

斎藤杏花さんが実は、監禁されてから1ヶ月後に脱出をしていたことがわかっています。その時、公園にいた若い女性、年配の女性に助けを求めましたが「忙しいから」と邪険にされたことで斎藤杏花さんは絶望し、自ら監禁された家へ戻ったとされています。

単なる同棲説も?

罪のない少女が誘拐監禁された事件だったので、世間では「可哀想に」「無事見つかってよかった」などの声がありました。

しかし一方では、家出した少女をかくまうために誘拐監禁に見せかけたという意見があり、「若い男女のただの同棲」という意見が少なからずありました。

斎藤杏花さんが誘拐された手口とは?

世界中で起きている誘拐事件では、誘拐する際に暴行を加えて大人しくさせるといった手口が多いです。しかし、この事件では暴行を加えられた形跡はなく、斎藤杏花さんに騒がれることなく誘拐を実行しています。寺内樺風のとった手口とは一体どんなものだったのでしょうか?

両親が離婚する

誘拐が行われた3月10日、寺内樺風は車から降りて下校中だった斎藤杏花さんに、フルネーム(斎藤杏花さん)を呼んで声を掛けました。そして、「両親は離婚してしまうので弁護士に会わせる」と言い、車に乗せました。

『離婚してしまうから弁護士に会わせる』といった内容は少し不審に思われるかもしれませんが、最初に斎藤杏花さんの名前をフルネームで呼ぶことで、彼女に『本当なんだ』という意識をさせるためだったのではないでしょうか?

借金がある

車に乗せられたその後、寺内樺風から「離婚の話は嘘」と言われ、「本当はあなたの家庭に借金があり、あなたの臓器を売ってお金を作ろうと両親は考えている」と言ったそうです。

そして、その話を信じさせるためにあらかじめ用意していた臓器売買に関する音声データを斎藤杏花さんに聞かせました。

大人であれば見分けられる嘘かもしれませんが、斎藤杏花さんは当時中学1年生ということもあり、寺内樺風の策略通りに誘拐されてしまう結果となりました。

斎藤杏花さんの現在とは?

約2年間、監禁という辛い体験をした斎藤杏花さん。純粋な少女が受けた心の傷は計り知れません。この事件に限ったことではありませんが、幼少期に辛い体験をすることで、トラウマや生活に支障が出てしまうことは少なくありません。

そのため、斎藤杏花さんがその後どんな生活をして、現在どうなっているのかが気になるところです。

通っていた中学は無事卒業

斎藤杏花さんが無事に保護されたのが中学3年生の歳の3月27日でした。ずっと監禁されていたため、しっかりと学校へ通えたのはたった1年間。そのため、『卒業証書を受け取っていいのか』という悩みがあったようです。

しかし、同級生たちと一緒に卒業式に出ることは叶いませんでしたが、無事に中学校の卒業証書を受け取ることができました。

当時の中学校の校長は、3月31日まで斎藤杏花さんを待つとして、卒業証書をしっかりと保管していたといいます。「ギリギリの日まで信じていてよかった」とインタビューにて語っています。

中学卒業後の詳細は不明

中学を卒業したその後の斎藤杏花さんについては詳細などがわからないため、現在どのような生活を送っているのか不明です。

しかし、当時の中学の校長は、「ストレスがなく穏やかな気持ちで勉強できるよう母校としてサポートしていきたい。本人や家族が希望するなら、法的に難しいかもしれないが見学や体験としての授業参加も検討したい。」と語っていました。

このようなサポートがあるのであれば、斎藤杏花さんや家族にとっては大きな助けとなることは間違いないでしょう。

PTSDに悩まされる

斎藤杏花さんは事件後、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされました。これは簡単にいうと心の病気です。

生死に関わる強烈な体験、強い恐怖を感じる体験などをすることで、それが記憶に残りトラウマとなります。そして、その時の体験が何度も思い出され、あたかもその時に戻ったような恐怖を感じ続ける病気を彼女は患うことになります。

そのため、犯人である寺内樺風に対し「一生刑務所から出てこないでほしい」というような恨みのある言葉が生まれたのでしょう。

逮捕された容疑者・寺内樺風とは?

斎藤杏花さんを誘拐監禁した犯人である寺内樺風。事件の概要だけを見ると、罪もない少女を誘拐監禁した卑劣な男だと感じますが、実際に周囲から思われていたイメージは少し違うようです。寺内樺風という人物は一体どんな男だったのでしょうか?

感じの良い真面目な青年と評判

寺内樺風は社交的ではなかったものの、少年時代は町内のイベントなどで年下の子たちを引っ張っていくリーダー的存在だったことがわかっています。

また、勉強熱心で成績優秀な面を持ち合わせており、素行不良なども見受けられない人物だったそうです。そのため、今回の猟奇的事件を起こした犯人と思われるような人物ではなかったということです。

航空機に興味があった

寺内樺風は航空機に強い興味を抱いており、大学2年の時にカナダへパイロット航空免許取得と語学の勉強が目的で留学しています。

先述でお伝えしたように、寺内樺風はとても勉強熱心な一面があります。そのため、パイロット養成学校に入学し、4ヶ月で自家用機の免許を取得することに成功しています。

千葉大学卒用後の就職先も決まっていた

寺内樺風は大学卒業はもちろん、就職先が既に決まっていました。噂では、防災設備関係の仕事だと言われています。寺内樺風の父親が防災グッズ関係の会社を経営していたこともあり、元々興味があったのかもしれません。しかし、このような事件を起こしてしまったため、大学の卒業認定・学位授与の取り消しをされています。

裁判で演技?

裁判長から罪状の確認をされる時など、寺内樺風ははっきりとした口調で答えていました。しかし、最後に判決を言い渡す公判の入廷時に、突如発狂したといいます。

また、これまでの公判同様に、裁判長から名前や職業などを聞かれた際には、今までのしっかりとした受け答えではなく、「森の妖精」「からあげ君増量中」など支離滅裂な答え方ばかりしていたようです。

これが原因で判決公判は延期となりました。この異常な行動には、「無実になるための演技では?」という声が相次ぎました。その後の真相はわかっておりませんが、突然の変貌ぶりを見ると、責任能力のなさを表現して無罪を勝ち取ろうとしていたのかもしれません。

事件の監禁部屋が公開!

斎藤杏花さんが脱出したのは東京都中野区にあるマンションでした。しかし、そのマンション以前に監禁されていたのが寺内樺風が通っていた大学近くのアパートでした。

このアパートについて現在は公開されています。斎藤杏花さんが監禁されていた部屋は、一体どんな部屋だったのか見てみましょう。

監禁部屋の間取り

まずこのマンションがあったのが、閑静な住宅街でした。そして、塩住ビルの3階が寺内樺風が使用していた部屋です。1階にはコンビニ(現在は閉鎖)があり、築30年の鉄骨造だったようです。

この部屋は約12坪の2Kで、和室・洋室・キッチン・風呂トイレ別・ベランダの間取りになっています。一人暮らしをしていた寺内樺風にとっては、十分すぎるくらいの広さです。

アパートの壁は薄い

このアパートの壁は薄く、物音がけっこう聞こえるとその後の調査でわかっています。しかし、隣の部屋に住んでいた男性いわく「男性が一人で住んでいると思っていた」「話し声も物音も聞こえなかった」と証言しています。

斎藤杏花さんが騒げばすぐに気付かれてしまうため、寺内樺風が騒がないように洗脳していたのかもしれません。

朝霧少女誘拐監禁事件のネットでの反応は?

斎藤杏花さんが無事保護されたことでこの事件が公になり、その後のネットでの反応は様々でしたが、斎藤杏花さんの保護に対しては「無事でよかった」というような声が多数ありました。

しかし一方では、「なぜ被害者は逃げ出さなかったのか?」「不可解な点がいくつもある」という意見も少なくありません。なぜそのような意見が多数あったのか、詳しく解説します。

鍵は内側から開けられた

監禁という犯罪は、外側から鍵を掛けて被害者を外に出さないようにするのが一般的な手口です。しかし、この事件に至っては頑丈な対策がとられていたわけでなく、外から鍵を掛けても内側から開けられるようになっていたといいます。

一人でスーパーに出掛けていた

監禁されている最中、斎藤杏花さんは犯人と一緒に出掛けることもあったそうです。また、時には斎藤杏花さんだけでスーパーへ買い物へ行く時もあったようです。

ネットが使えた

斎藤杏花さんは寺内樺風からネットの使用を許可されていたようです。自分の携帯は自宅へ置いてきていたので、おそらく寺内樺風が所持していたパソコンを借りていたのでしょう。

監禁中はネットを使い買い物をしたり、アニメを見たりして過ごしていたようです。また、斎藤杏花さんの両親がビラを配って情報提供を集めているのを知ったのも、ネットを利用したことがきっかけでわかったそうです。

怯えた様子はなかった

監禁中はネットを使って買い物をしていた斎藤杏花さん。そのため、その荷物を持った宅配の人が家に来ます。最初は寺内樺風が対応していたそうですが、途中から斎藤杏花さんが荷物を受け取ることもあったそうです。

しかし、荷物を受け取る時は「いつもニコニコしていて怯えた様子は一切なかった」と宅配の人は証言しています。

不可解な点が多すぎる

この事件にはいくつもの不可解な点がありました。そのためネットでは、「逃げられるタイミングはあった」「本当は家出少女をかくまってあげていただけ」という意見が相次いだのでしょう。

確かに被害に遭っていない人からすると『逃げられるタイミングはあった』と感じるかもしれません。しかし、斎藤杏花さんがストックホルム症候群だった場合、逃げることができない状況に説明がつきます。

ストックホルム症候群とは?

誘拐や監禁事件の被害者が犯人と長い時間を共にすることで、犯人に対し連帯感や好意的な感情を抱く症状のことを言います。実際に海外で起きた事件で、人質が犯人に協力するという出来事があったそうです。

仮に斎藤杏花さんがストックホルム症候群だったとしたならば、監禁中に何度も逃げ出せるタイミングがあっても逃げ出さなかったという状況に説明がつくはずです。

現在になればなるほど謎が深まる事件

先述でもお伝えした通り、斎藤杏花さんの現在は一切わかっておりません。そのため、ネットでは様々な憶測があってもそれを払拭することはできません。

現在寺内樺風は服役中です。この事件の真相がわかるとすれば、今後彼が出所してどのような生活を送るのか、それが重要なポイントになってくるでしょう。

斎藤杏花さんが現在どんな生活をされているのかわかりませんが、自分が幸せだと感じる生活を送っていてくれることを願うばかりです。

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