アナタハンの女王事件とは?アナタハン島の比嘉和子について解説!

日本中の話題となり、映画や漫画の原作としても利用されたアナタハンの女王事件は、第二次世界大戦の戦乱と日本敗戦の混乱に巻き込まれた不可解で悲惨な事件でした。謎が多く不可解で猟奇的とも言えるアナタハンの女王事件と中心人物である比嘉和子を紹介します。

アナタハンの女王事件とは?アナタハン島の比嘉和子について解説!のイメージ

目次

  1. 1アナタハンの女王事件とは?東京島のモデルアナタハン島の比嘉和子を徹底解説!
  2. 2アナタハンの女王事件とは?
  3. 3アナタハンの女王事件の概要
  4. 4アナタハンの女王事件の比嘉和子と取り巻く32人の男たちの関係
  5. 5アナタハンの女王事件のその後
  6. 6アナタハンの女王事件がモデルの漫画や映画
  7. 7女性一人が男性の集団の中で生き抜く過酷さと現在の問題の共通点
  8. 8アナタハンの女王事件は人の闇を暴いた事件

アナタハンの女王事件とは?東京島のモデルアナタハン島の比嘉和子を徹底解説!

アナタハンの女王事件は、第二次世界大戦の終戦前後に起こった不可思議で悲惨な事件です。北マリアナ諸島、サイパン島の近くにあるアナタハン島で起こった事件でしたが、内容があまりにショッキングなことで有名になり、「久しぶり」と言うのを「アナタハン」と言うという社会現象まで起こりました。

アナタハンの女王事件はアナタハン島で比嘉和子を巡って複数の男達が殺し合うという異常な事件でした。なんと13人もの男性が殺害されたり、事故にあったり、行方不明になったと言われています。

熱帯の孤島アナタハン島に比嘉和子がたった一人の女性として存在し、彼女を巡って32人の男達が性の戦いを繰り広げる事件は、東京島という映画のモデルにもなりました。

アナタハンの女王事件は極限状態に置かれた人間がどのような混乱状態になり、また生き抜くためにどう行動するのか。そんなことが試されたような事件でした。この事件と、事件の中心人物になってしまった比嘉和子について解説します。

アナタハンの女王事件とは?

アナタハンの女王事件が起こったのは1945年。第二次世界大戦の末期、日本は太平洋諸島信託統治領といって各地を占領していました。北マリアナ諸島、サイパン島の近くにあるアナタハン島もそのひとつでした。

南洋興発株式会社が各地に進出していて、アナタハン島にも社員を派遣し、島の住人を雇って農園を運営していました。比嘉和子は南洋興発株式会社の社員である夫、そして上司の3人で島に住み、島民と共に農園で暮らしていたのです。

しかし、激しくなる戦乱の中で夫は妹の身を案じて島を離れ、米軍の爆撃によって農園は破壊されて島民達も居なくなります。さらにアナタハン島の近くで日本の船が沈没。軍人や船員がアナタハン島に流れ着きました。

こうして、女性は比嘉和子だけ。上司と島に流れ着いた31人の男達の共同生活が始まります。アナタハンの女王事件は一人の女性を巡る男達の混乱と欲望が起こした事件なのです。

6年間に及ぶジャングル生活

アナタハンの女王事件は1945年から1951年までの6年間続いた事件です。正確には、1950年の6月に比嘉和子が島を脱出して米軍に保護され、1951年の6月に島に残っていた男達が救出されました。男は32人いたはずなのに、救助されたのはたった19人。

比嘉和子や男達は6年間、爆撃を受けて農園が破壊された熱帯の孤島で文明から隔絶され、ジャングルの中で自給自足の生活を送っていて、その最中に13人が死亡したのです。

アナタハン島では農園にかろうじて残っていたブタやニワトリを食べ、その後はネズミやヤシガニ、バナナ、タロイモなどを食べていたと言われています。水は雨水などを溜めて利用したものの、服や紙などがなく、ほとんど全裸のような姿で過ごしていました。そんなジャングルでの原始的な生活が事件の引き金になったのです。

1人の女性をめぐっての殺し合い

島には女性が比嘉和子のみ。上司は男ですし、軍人や船員は20歳前後の若い男達ばかりでした。人間には性欲があります。女性が一人となれば、その一人を誰が手に入れるか、という争いが起こるもの。

しかも、文明社会から切り離されたジャングルの中で生きていくのもギリギリという極限状態であれば、殺伐とした空気になるのも当然です。

そんな中で生存本能のひとつとも言える性欲を剥き出しにした男達の争いと、男達の中で生き抜こうとした比嘉和子の葛藤が6年間も続いたのです。

アナタハンの女王事件の概要

火山がある熱帯の孤島アナタハン島で起こった比嘉和子を巡る、生きることと性欲を剥き出しにした男達の血で血を洗う争い「アナタハンの女王事件」の詳しい概要を見ていきましょう。

運命の島アナタハン島とは?

アナタハン島とは北マリアナ諸島のサイパン島の近くにある島です。火山がある熱帯のジャングルで、1945年頃は太平洋諸島信託統治領と言われる日本の領地でした。

南洋興発株式会社が勢力を伸ばしていて、社員がアナタハン島で農園を経営していました。現在は島にある火山の活動が原因で島民は避難。無人島になっています。

太平洋戦争中のアナタハン島に女性1名兵隊32名が取り残される

比嘉和子の夫は南洋興発株式会社の社員で、上司と一緒にアナタハン島に赴任。島民を雇って農園を運営しながら平穏な日々を送っていました。

しかし、時は第二次世界大戦まっただ中!比嘉和子の夫は妹を心配して島を出て行き、行方不明に。時を同じくして米軍の爆撃機がアナタハン島や周辺を襲い、農園が破壊されます。さらに日本の船も爆撃を受けて船員や軍人がアナタハン島に流れ着きました。

こうして、比嘉和子と上司、そして31人の軍人達が島で生活することになりました。1945年の8月に戦争が終わっても終戦を知らない比嘉和子や男達は6年間もジャングルで共同生活を送ります。米軍がいくら終戦を呼びかけても信じず、ずっとアナタハン島で生活を続けたのです。

1人の女性をめぐっての兵隊たちの争い

船の沈没から助かり戦争で殺し合いをせずにすむ上、ある程度の食事ができる状態になると男達の目が比嘉和子から離れなくなります。

しかも、文明から隔絶された孤島のジャングルでは物が不足。比嘉和子はほとんど全裸のような格好で男達の前に立っていたのですから、男達も性欲を抑えられなかったのでしょう。さらに比嘉和子自身、性に対して比較的奔放だった話もあり、若い男達が次々と夢中になったそうです。

男達も最初は言い合いや殴り合いで済んだのですが、アナタハン島でB29の残骸が発見され、拳銃が見つかると状況が一変!銃が力の象徴となり、相手を容易に殺せるようになってしまって血なまぐさい事件に発展しました。

最後は、比嘉和子に男が拳銃を突きつけて関係を迫るような事態も!比嘉和子は望まない関係を強いられることもありました。皆が生きることと比嘉和子を手に入れることに狂った事件でした。

比嘉和子は米軍サイパン島軍に救出され日本へ

アナタハンの女王事件では、極限状態で人間が正常な判断を下せなくなることがよくわかることが起こっています。

それは、男達が次々と行方不明になったり死亡したりする中で「どうして男達が殺し合わないといけないのか」という論議になった時のことです。なんと「女がいるから殺し合いになる」という結論に至ったのです。

この結論から、男達は比嘉和子を殺す計画を立てます。とんでもない話ですが、男の一人がこの決定を比嘉和子に伝え、比嘉和子は島から脱出することを決意。一人でジャングルを抜け、海上にいた米軍の船に保護されたのです。

アナタハンの女王事件の比嘉和子と取り巻く32人の男たちの関係

アナタハンの女王事件では比嘉和子を32人の男達が取り合いました。強引に関係を迫る男も居ましたが、比嘉和子と仲が良く、比嘉和子が自ら関係を求めた男も居ます。そんな人を紹介します。

比嘉和子と菊一郎

比嘉和子は31人の男達がアナタハン島に辿り着き、一緒に共同生活を始めた際に菊一郎に結婚を依頼しています。

女性は比嘉和子一人だけでしたが、この比嘉和子が結婚して誰かのものになってしまえば他の男達が関係を迫ってくることはない、と考えたのです。

残念ながら結婚をしても他の男達の要求は治まらず、また、菊一郎も弱腰で比嘉和子を手に入れようとする男達を止められなかったと言います。

しかし、菊一郎は比嘉和子に惚れていたのか、比嘉和子に手を出した他の男を殺害する過ちを犯しています。そんな菊一郎も別の男性に殺されてしまいます。

比嘉和子と夫婦になったり、関係を持った男は次々と命を落とし、最後は男達が比嘉和子を殺そうとする事態に至ります。

6年のジャングル生活で妊娠は?

着る服にも困るようなジャングルで生活していると、避妊はなかなかできません。しかも、野性的な環境の中で命をかけた生活をしている時に避妊を気遣うようなこともできないでしょう。

しかし、アナタハン島のジャングル暮らしの中で比嘉和子が子供を産んだという記録は残っていません。実はアナタハンの女王事件より前に、比嘉和子は妊娠できない体になっていたのはないか、と言われています。

妊娠できない体だったからこそ、32人もの男性に迫られ、時には望まない関係を持った比嘉和子でも子供を授かることがなかったのかもしれません。

アナタハンの女王事件のその後

アナタハン島から救出された比嘉和子は日本に戻ります。そして「女1人、男32人のジャングル生活」という話はセンセーショナルな話として日本中に広がりました。その時に起こった社会現象や比嘉和子のその後を紹介します。

比嘉和子のブロマイドが爆発的に売れる

32人の男達が比嘉和子を手に入れるために殺し合いをした、という話は衝撃的でしたが、その話をより過激で世の中の人達が興味を惹くように変えてマスコミや新聞社が書き立てました。

このため、世間は比嘉和子が被害者ではなく、自分の体を使って男達を騙し、手の平で転がして欲望のままに操ったように受け止めました。このお陰で、比嘉和子は性の魅力で男を酷い目に遭わせた女性のような立場に!

しかし、そんなミステリアスで異常性を孕んだ女性像となった比嘉和子は大ブームとなり、アナタハン島で女王として君臨した女性としてブロマイドが爆発的に売れたのです。

「アナタハン島」の舞台で全国を回る

男達にもてはやされ、殺し合いまでさせた女として好奇の目を向けられた比嘉和子は、芸能人のような扱いを受けました。

そして、アナタハン島で起こった事件を再現した舞台や芝居が作られ、比嘉和子本人が役者として役を演じたのです。人々の関心がアナタハン島に向いている間は大盛況。全国を回りながら比嘉和子は女優のような生活を送りました。

ただ、ブームはあっという間に去りますす。すぐに人々の関心はアナタハンの女王事件から他にうつり、舞台も人が入らなくなります。お金にならなくなった比嘉和子は役を降ろされることに。一時的なネタとしていいように使われてしまったのです。

沖縄でカフェを開く

女優を辞めた後、比嘉和子は故郷の沖縄に帰ってカフェを開いています。しかし、アナタハンの女王事件についてあることないこと書き立てたマスコミや新聞などのせいで誹謗中傷などが寄せられ、うまくいきませんでした。

比嘉和子は、戦乱の中のアナタハン島で必死に生きた出来事を、なにも知らない人の勝手な妄想で批難され、男を惑わせ殺した悪女というレッテルは一生取れなかったのです。

東京でストリッパーとして働く

アナタハン島の事件をネタにした舞台で全国を渡り歩いた後、比嘉和子は東京でストリッパーとして働いていた、という話もあります。

詳細は分かりませんが、生きるため、生活するお金を得るためにストリッパーにならざるを得なかったのかもしれません。戦後の混乱の中、酷い女というレッテルを貼られた女性が生きていくのは至難の業だったと考えられます。そんな混乱の荒波の中を比嘉和子はしぶとく、強く生きたと言えます。

34歳で結婚

比嘉和子は1958年に子供を連れた男性と結婚しています。先にも紹介した通り、比嘉和子は子供を産めない体だったと言われています。

自分が望んだ相手と幸せな結婚をし、子供を育てるという平凡な生活は比嘉和子にとってこの上なく大切なことだったかもしれません。この数年後、40代半ばで夫と死別するまで静かに生活をしていました。

49歳で脳腫瘍により死去

幸せな結婚生活を送っていた比嘉和子ですが、脳腫瘍で49年間の生涯を閉じています。波瀾万丈。戦争と混乱、悪女のレッテルに翻弄され続けた比嘉和子でしたが、34歳で結婚してからは、少しは普通の生活を送れたのでしょう。

ハーレムを作ったとか、欲望のままに男を弄んだというような言われ方をした比嘉和子は、混乱の時代を力強く生きた女性でした。

アナタハンの女王事件がモデルの漫画や映画

現実は小説よりも奇なりと言われますが、アナタハンの女王事件は正にその言葉の通りです。このため、映画や漫画の原作として利用されています。実際に公開された映画「東京島」と漫画「嬲り島」を紹介しましょう。

実話がモデルの映画「東京島」

東京島はアナタハンの女王事件がモデルとなった映画です。ハリウッドの名監督ジョセフ・フォン・スタンバーグの作品ですが、公開時には日本映画とされました。

あらすじは、太平洋戦争末期、アナタハン島には恵子と日下部が住んでいたが、米軍の攻撃を受けて沈没した船の船員や軍人達がアナタハン島に漂着。

恵子を巡って男達の争い・殺し合いが始まる、というもの。アメリカでは好評だった映画ですが、日本ではあまり評判はよくありませんでした。

実話がモデルの漫画「嬲り島」

嬲り島はぶんか社から発行されている著者:北上祐帆による漫画です。アナタハンの女王事件がそのまま漫画にされています。主人公の女性の名前も和子といい、アナタハン島での事件として記録されている内容が漫画化されていて事件が分かりやすくなっています。

ただ、作中の出来事全てが事実とは限らず、どこまでが本当で、どこから創作なのか明確には分かりません。戦争の悲惨さを分かりやすく読める作品になっています。

女性一人が男性の集団の中で生き抜く過酷さと現在の問題の共通点

女性一人が男性の集団の中で生活する状態は想像しただけで背筋が寒くなるものです。肉体的な力では男性が女性を圧倒的に上回ります。さらに、まだ男尊女卑の思想が根強く残る時代に、文明から隔絶された孤島のジャングルで生き抜いた比嘉和子の強さは並大抵のものではありません。

比嘉和子の行動全てが褒められたものではありませんし、100%比嘉和子の行動が正しかったとは言えませんが、日本に戻ってから世間の興味を惹き、利益を上げる一部の人に利用されながら強く自分の生涯を全うした強さは類を見ないと言えます。

今でも集団で男性が女性を物のように扱う事件があったり、特定の人を一方的に批難したり、事実かどうか分からない情報をSNSなどで面白おかしく拡散して広告収入などを得ようとする者がいます。

こうした行為はアナタハンの女王事件を自分の都合に合わせて世間に広め、比嘉和子の尊厳を損なった者達と同じと言えます。時代が変わっても人の行動の問題点は同じという悲しい現実が見えてきます。

アナタハンの女王事件は人の闇を暴いた事件

アナタハンの女王事件は隔絶された極限状態に置かれた人達が、その本性を露わにし、性という本能を剥き出しにした事件でした。そして、帰国した比嘉和子を金を得る道具のように利用し、尊厳を貶めた人達の行為も人の心の闇が剥き出しになっていたと言えます。

そして、戦後70年以上になる今でも同じような人の心の闇は消えて居らず、事件が起こっています。人の弱さや暗い部分はなかなか変わらないと思い知らされる事件です。

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