つくば母子殺人事件の真相!犯人•野本岩男の現在とは?

現在は学園都市として日本の次世代を引っ張るつくば市。そのつくば市でかつて妻子3人が殺されたつくば母子殺人事件という事件がありました。今回は、そのつくば母子殺人事件の真相や、加害者であるエリート医師野本岩男の現在などをご紹介していきます。

つくば母子殺人事件の真相!犯人•野本岩男の現在とは?のイメージ

目次

  1. 1エリート医師野本岩男の現在とは?つくば母子殺人事件の真相!
  2. 2つくば母子殺人事件の概要
  3. 3被害者・野本映子の生い立ち
  4. 4犯人・野本岩男の生い立ち
  5. 5野本映子の日記に隠された真相
  6. 6事件の動機と事件のその後
  7. 7つくば母子殺人事件の最終判決
  8. 8つくば母子殺人事件の謎
  9. 9つくば母子殺人事件の犯人・野本岩男の現在
  10. 10今後はこのようなことが起こりませんように

エリート医師野本岩男の現在とは?つくば母子殺人事件の真相!

今や学園都市として有名なつくば市。市内にある筑波大学も、2018年の企業を対象としたアンケートでのイメージランキングにおいて1位を獲得するなど、日本の次世代を担う都市といっても過言ではありません。

そんなつくば市で、昔、凶悪な殺人事件が起きていたのはご存知でしょうか?その事件は「つくば母子殺人事件」といい、妻子3人が殺された残忍な事件でした。

今回は、つくば母子殺人事件の真相や、加害者であるエリート医師野本岩男の現在などをご紹介していきます。

つくば母子殺人事件の概要

つくば母子殺人事件が発覚したのは、時をさかのぼり、1994年11月3日の事でした。横浜市鶴見区の京浜運河から、重りがつけられた、ビニール袋に入れられた女性の遺体が発見されました。7日には小さな女の子の遺体が、12日には、男の子の遺体も見つかりました。

まもなくして、3人の遺体が、茨城県つくば市に住んでいた、主婦の野本映子さん(当時31歳)とその長女(当時2歳)、長男(当時1歳)であることが分かりました。

夫で医師であった野本岩男(当時29)は、捜索願を出していましたが、夫婦間のトラブルがあったことが発覚し、25日には、殺人、及び死体遺棄罪で逮捕されました。その後、裁判により、無期懲役の判決が下され、その幕を下ろしました。

最初に発見された妻の遺体

つくば母子殺人事件において、最初に発見されたのは、茨城県つくば市に住む野本映子さんの遺体でした。野本映子さんは、加害者であった野本岩男さんの妻だったそうです。

野本映子さんは、首に絞殺痕があり、頸部圧迫による窒息死でした。遺体はロープでぐるぐる巻きにされてビニール袋に入れられ、重りとして鉄アレイが入れられており、浮かない様になっていました。

最終的には、遺体が腐敗したのがきっかけで、上に浮いてきて発見されましたがこの段階では、事件は小さな殺人事件として扱われていました。

二番目に発見された娘の遺体

つくば母子殺人事件で次に発見されたのは、野本岩男、野本映子さんの長女であった、愛美ちゃんの遺体でした。愛美ちゃんの遺体が見つかったことで、マスコミもこの事件を大きく報じるようになりました。

愛美ちゃんや、のちに見つかった長男の優作くんは、「父親が殺人犯ではかわいそう」という理由で殺されたそうです。

最後に発見された息子の遺体

つくば母子殺人事件として2人が発見されたのち、少し時間をおいてから、長男の優作くんも遺体となって発見されました。ここまでで3人の親子の遺体が連続で見つかったことにより、事件はより大きく扱われるようになりました。

余談ですが、優作くんの体内からは、チョコレートが検出されており、チョコレートは一般的に一時間程で溶けてしまうため、野本岩男が供述していた犯行時間と矛盾してしまうことが、今でも事件の謎となっています。

野本岩男は捜索願を出していた

つくば母子殺人事件として3人が発見される少し前、野本岩男は捜索願を出していました。その時は、10月29日、仕事から帰ると3人がいなくなっており、数日たっても戻ってこないことから、心配になり捜索願を出した、という旨でした。

失踪についての心当たりはないと述べていましたが、3人の遺体が発見されたのち、詳しい捜索がなされるなかで、野本岩男の愛人の存在や、遺体の様子から自宅で殺されたものと推定されたため、野本岩男の存在が、次第に疑問視されていきました。

手の平の傷が決め手となる

つくば母子殺人事件において、野本岩男が犯人である決め手になったのは、手の平の傷でした。当時捜索していた捜査員が、その傷の存在を発見し指摘したところ、野本岩男は当初、犬に引っかかれたと説明していました。

しかし、ロープで首を絞め、殺す際に、強く握ると付く擦り傷によく似ており、最終的にこの傷が、野本岩男を犯人と断定する決め手となります。

遺体発見20日後に逮捕

結果として野本岩男は、遺体発見後20日後の11月25日、つくば母子殺人事件の犯人として逮捕されることとなりますが、その後17日間容疑を否認し続けました。

自白のきっかけとなったのは、Nシステムと呼ばれる、自動車のナンバーを自動で読み取る装置によって、事件の際に、供述していた内容と異なる場所にいたことがつきつけられたからでした。

被害者・野本映子の生い立ち

つくば母子殺人事件の簡単な概要は、わかっていただけたでしょうか。ここからは、被害者であり、野本岩男の妻であった、野本映子の生い立ちについて紹介していきます。

最初は蕎麦屋の息子と結婚

彼女は、東京都大田区に生まれ、私立の女子高を卒業しました。ほどなくして、蕎麦屋の息子と結婚し、茨城県土浦市で、蕎麦屋を開業しています。

経営難を理由に離婚

しかし、その蕎麦屋の経営は上手く行かず、経営難によって、当時夫婦の間に居た子供2人を夫に残して離婚することとなりました。

その後、もともと看護師として働きたい夢があった映子さんは、つくば市にきて、つくばメディカルセンターで、受付のバイトをしていました。

研修生だった野本岩男と知りあう

つくばメディカルセンターで受付のバイトをしていると、ある日、看護師や医師が集うテニスの回に誘われました。その時に、筑波大学医学部を卒業し、研究生となっていた野本岩男と出会います。

その後、2人は距離は縮まっていきますが、当時、野本岩男には別の交際相手が居ました。しかし、映子さんが妊娠してしまい、一度は中絶させますが、2度目は映子さんの強い意思により、結婚しないまま出産することとなりました。

のちに、父親のいない子供の存在に責任を感じてか、2人は成り行きで結婚することとなりました。

犯人・野本岩男の生い立ち

次に、つくば母子殺人事件で加害者となった野本岩男本人の生い立ちをご紹介します。その経歴は、このつくば母子殺人事件を除けば、エリート街道そのものであり、当時の仕事の同僚などからもよい評価をもらうような人でした。

茨城県の農家に生まれる

野本岩男は、茨城県の農家の次男として生まれました。学業の成績は優秀で、地元の中学校の成績はなんと学年1位だったそうです。その後、茨城県立水海道第一高等学校に入学しました。

筑波大学医学部出身

その後、一浪するものの、医学部エリートの道をすすみ、筑波大学医学部に入学します。そこでも成績は優秀でした。平成2年には問題なく卒業し、筑波大学の近くにある、筑波大学附属病院で研修生として働きます。

その後、前述のように映子さんとであり、結婚しますが、結婚した直後から浮気相手がいたといわれています。

しかし、医者としては優秀で、事件当時には総合病院の内科医局長を務めており、年収も29歳の男性の平均より多くもらうほどでした。

野本映子の日記に隠された真相

ここまで、つくば母子殺人事件の犯人である野本岩男や、その妻であった野本映子さんの生い立ちを見てきましたが、結婚してからは波乱の多い生活だったことが、野本映子さんの日記からわかっています。

ここからは、つくば母子殺人事件につながっていった、その悲惨な日記の内容をご紹介していきます。

浮気やひっ迫する生活

野本岩男には、そのエリート街道生活により余裕からか、浮気が絶えない人であったそうです。多い時で8人の愛人がいると、噂されるほどでした。

さらには、当時の年収は前述のとおり、同年代の男性の平均年収より多くもらうほどであり、1000万円は優に超えていたそうですが、そのお金は、浮気相手との交際費用や、不動産収入を得るためのマンションを買う投資費用に充ててしまっていました。

結果として、生活はひっ迫しており、浮気やお金に悩まされる毎日を送っていたことが、日記につづられています。

借金の返済に追われる

もちろん、年収1500万円あったとしても、上記のようなお金を使い方をしているので、借金も多かったそうで、返済のために、生活を切り詰めていました。

一方で、野本岩男は次第に生活費もいれなくなり、映子さんも働かざるを得なくなってしまいました。

夜はランジェリーパブで働く

野本岩男と映子さんの間には、娘の愛美ちゃんと息子の優作くんがいましたが、もちろん子育てのほとんどは、映子さんがしており、その上で、昼夜問わず働いていたそうです。

昼は事務員をこなし、夜はなんとランジェリーパブのアルバイトとして働いていました。それでも、野本岩男は浮気をやめず、お金遣いも変わることはなかったため、だんだんと夫婦仲は冷え切っていきました。

事件の動機と事件のその後

このような苦悩が、映子さんの日記の中には記されており、口論も絶えなかったことが分かっています。このような状態では、離婚することになるのも時間の問題でした。

事実として、映子さんが離婚話を切り出したことが、つくば母子殺人事件が起こるきっかけになったといわれています。

慰謝料を請求されたため?

後につくば母子殺人事件といわれる事件が起こる当日、度重なる浮気と借金を重ねる野本岩男に、ついに耐えかねて、映子さんは離婚話を切り出しました。

もちろん、このような状態のなかで冷静に離婚話ができるはずもなく、映子さんは感情のままに、離婚条件を突きつけます。条件は「慰謝料1億円と養育費を月に100万円」と、明らかに相場を超えており、口論になります。

さらには、野本岩男と同じ病院で働いていた浮気相手の女性の存在を挙げ、「2人の浮気をを病院の院長に言いつける」とまで言いました。

妻をロープで絞殺

もちろん、口論はヒートアップし、ついに映子さんは包丁とロープを持ち出します。その上で「そこまで嫌いなら、いっそ私を殺せばいい」と野本岩男を挑発します。

野本岩男もカッとなり、映子さんの言葉のままに、ロープを取り、首に巻き付け絞殺してしまいました。ここでつくば母子殺人事件は起こることとなったのです。

子供は不憫に思って殺した?

ここまで自宅で行われたため、もちろんそばに2人のこともである、愛美ちゃんと優作くんがいました。当時は気持ちよさそうに眠っていたそうです。

野本岩男は、2人のそばに行くと、母を殺され、父が殺人犯になってしまった事実を憂い、いっそのこといなくなればいいと同情し、そのまま、映子さんと同じようにロープで絞殺しました。

こうして、つくば母子殺人事件では3人の尊い命が亡くなりました。

悪女に仕立てたマスコミの報道

このような経緯をたどって起こったつくば母子殺人事件、確かに妻の映子さんにも非がある部分はありましたが、それでも殺人はあってはなりません。

しかし、当時のマスコミは「死人に口なし」とばかりに、つくば母子殺人事件の報道の中で映子さんも悪女に仕立て上げ、その個人情報を暴露していきました。

日記もその行き過ぎた一連の報道の中で見つかったもので、プライバシーなどみじんも考慮していませんでした。また、生活のために働いていたランジェリーパブの仕事も、子供をほったらかして働いている、とでっちあげるなど、誹謗中傷まがいの報道姿勢でした。

つくば母子殺人事件の最終判決

つくば母子殺人事件が発覚後、野本岩男は逮捕され、17日間の否認を経たのち、ついに自供します。ここで事件は解決の方向に向かったといえます。

検察の求刑は死刑

後の平成8年、横浜地方裁判所でつくば母子殺人事件の裁判が行われ、その際の検察側の求刑は死刑でした。

妻子3人を殺害したのみならず、見つからない様に細工をしたうえで遺体を運河に遺棄したこと、また口論とは関係のなかった子供2人も殺害するなど、親としての愛を感じられないことから、つくば母子殺人事件のおける刑罰は極刑がふさわしい、との判断でした。

判決は無期懲役

求刑を受けて、裁判官はその凶悪性に同意しますが、同時に、つくば母子殺人事件における犯行は口論がこじれての衝動的なものであることを指摘します。

また、殺害方法も残忍ではなく、また自白後は捜査に協力的で、反省の色が少なからずみられることから、野本岩男に対して、無期懲役の判決が下されました。

多くの減刑嘆願書も

ちなみに、このつくば母子殺人事件の裁判では、大学の友人や病院の同僚や患者などを中心に、減刑嘆願書が提出されました。

野本岩男は、外では温厚で、患者に対しても熱心に治療にあたっていたようで、医師としても優秀であったことから、こちらも殺人を犯した人間に対するものとしては異例な3,000を超える嘆願書があったようです。

つくば母子殺人事件の謎

以上がつくば母子殺人事件の一連の真相でしたが、実はいまだに謎が残っています。それは、遺体を遺棄した際に遺体を入れたビニール袋の結び目です。

3つの内、1つだけが俵結びと呼ばれる、米農家が米を俵にする際のみ用いられる結び方であり、この結び方は、当時の50歳以上の方しか知らないといわれる結び方でした。

その上、つくば母子殺人事件の実際の実況見分では、3つのビニール袋の結び目はすべて俵結びではない一般的な結び目をしていたため、実は共犯者がいたのではないか、と噂されています。

つくば母子殺人事件の犯人・野本岩男の現在

つくば母子殺人事件の犯人、野本岩男の当時の年齢が29歳でしたので、現在は54歳(2019年現在)でしょう。判決は無期懲役でしたので、出所していなければ、今も服役中ということになります。

事実、また24年たった現在も出所したという情報はなく、基本的に出所できるかの判断をするのは、よほどのことがない限りは服役開始から30年がめどだそうなので、今後もしばらく出てくることはないでしょう。

また、つくば母子殺人事件を起こしたことはもちろん、当時は優秀な医師であったとはいえ、長いブランクがあることから出所後に医師として復帰することはないでしょう。

今後はこのようなことが起こりませんように

ここまで、つくば母子殺人事件の真相や、加害者であるエリート医師野本岩男の現在などをご紹介していきましたが、いかがでしたでしょうか。

つくば母子殺人事件は、口論から発展した衝動的なものであったとはいえ、妻子3人を殺害するという内容は、当時の世間に衝撃が走りました。現在の私たちからしても到底信じられないものです。

現在、学園都市として順調に発展してるつくば市で、今後はつくば母子殺人事件のような不幸な事件が起こらないことを祈るばかりです。

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