熊取町若者七人連続怪死事件の真相!大阪府熊取町の連鎖自殺について!

大阪府熊取町若者七人連続怪死事件は事故や自殺であると判断されましたが、犯人がいたのではないかと考えさせられる多くの不審点が残されているため、真相とされた様々な説が挙げられています。5人の謎の連鎖自殺を含む熊取町若者七人連続怪死事件に迫ってみましょう。

熊取町若者七人連続怪死事件の真相!大阪府熊取町の連鎖自殺について!のイメージ

目次

  1. 1大阪府熊取町若者七人連続怪死事件の不審点と真相
  2. 2熊取町若者七人連続怪死事件とは
  3. 3熊取町若者七人連続怪死事件の死亡者と接点
  4. 4熊取町若者七人連続怪死事件の不審点
  5. 5熊取町若者七人連続怪死事件の真相は?
  6. 6熊取町若者七人連続怪死事件の類似事件
  7. 7熊取町若者七人連続怪死事件の真相は闇の中

大阪府熊取町若者七人連続怪死事件の不審点と真相

1992年に大阪府熊取町で起こった「熊取町若者七人連続怪死事件」は、その名の通り7人の若者が連続して怪死しています。この事件は全て大阪府熊取町内で起こっており、不審な点も残されているのですが、事件性はないと判断され事故や自殺によるものとされています。

しかし、残された不審点を知ると到底自殺とは考えられない事件もあるのです。熊取町七人連続怪死事件に残された不審点とは一体どのようなものなのでしょう。ここでは、2件の事故と5件の謎の連鎖自殺に残された不審点と、その真相を追求していきます。

熊取町若者七人連続怪死事件とは

1992年、大阪府熊取町で起こった「熊取町若者七人連続怪死事件」をご存知でしょうか?事件が起こってから既に27年経っていますが、未だに別の真相があるのではないかと言われ続けている事件です。ここでは、熊取町若者七人連続怪死事件という不可解な事件についてご説明します。

経緯①短期間で5人の若者が謎の連続自殺

1992年6月4日から7月2日という、わずか2か月という短期間で5人の若者が謎の連鎖自殺をしています。これが、集団自殺や全国や県内などの広範囲であればあり得ないことではありませんが、1週間に1人というように定期的に自殺をしており、それも大阪府熊取町内だけで起こったのです。

経緯➁5人の前にも2人の若者が自殺していた怪異

実は、若者5人の謎の連鎖自殺の前にも事件が起こっていたのです。1992年4月29日にため池で1人が溺死、そして、1か月後の5月29日に1人が自宅で急性心不全を起こして亡くなっていました。

経緯③死体が見つかった場所は全て半径1.2km

亡くなった7人の若者はそれぞれ別の場所で死亡しており、死体が見つかった場所も様々です。しかし、7人の死体全て半径1.2km内で見つかっているのです。つまり、半径1.2km圏内で死の連鎖が起こっていたのです。

経緯④1人のぞいて全員が水・木に亡くなる

1人目が亡くなったのは4月29日水曜日、2人目が5月29日金曜日、3人目が6月4日木曜日、4人目が6月10日水曜日、5人目が6月17日木曜日、6人目が6月25日木曜日、7人目が7月2日木曜日となっています。不思議なことに、2番目に亡くなった若者以外、全員が水曜日か木曜日に亡くなっているのです。

経緯⑤2人をのぞいて5人に接点があった

亡くなった7人の若者のうち、5人には接点がありました。5人のうち3人が暴走族グループである「風(KAZE)」のメンバーであり、2人がメンバーのバイク仲間だったのです。つまり、接点があった5人の若者の死は、仲間の死を悼み、そのショックから自殺をしたという考え方もできるかもしれません。

熊取町若者七人連続怪死事件の死亡者と接点

ここでは、熊取町若者七人連続怪死事件の7件の事件の概要について1件目から順を追ってご説明します。7人の若者はどのような状況で死亡していたのでしょう。事件の概要を知ることで熊取町若者七人連続怪死事件の真相に繋がる何かが見つかるかもしれません。

板金工A君17歳(死因:ため池転落)

大阪府熊取町で起こった熊取町若者七人連続怪死事件の1人目の死亡者は当時17歳の板金工A君です。1992年4月29日水曜日、A君は仲間とシンナーを吸引した直後、仲間に「泳ぐ」と宣言してため池に飛び込み遊泳中に心不全で死亡しました。

シンナー吸引によって幻覚を見るなどありますが、幻覚によって何者かに追われているような様子はなく、仲間に泳ぐと言っていることから自分の意思で飛び込んでいます。1人目の死亡者であるA君の死は完全に事故死と考えられるでしょう。警察でも事故死と判断しています。

無職B君17歳(死因:シンナー吸引)

大阪府熊取町で起こった熊取町若者七人連続怪死事件の2人目の死亡者は当時17歳のB君です。B君はA君の死の1か月後の5月29日金曜日、自宅でシンナーを吸引し心不全で死亡しました。部屋でうつ伏せになって死亡しているところを母親が発見しました。

B君はA君同様シンナー常習者だったこともあり、B君もシンナーによる事故死と考えられるでしょう。警察でも事故死と判断しています。

無職C君17歳(死因:首吊り自殺)

大阪府熊取町で起こった熊取町若者七人連続怪死事件の3人目の死亡者は謎の連鎖自殺の1人目となる当時17歳のC君です。C君はB君の死から1週間ほど経過した6月4日木曜日、玉ねぎ小屋で首吊り自殺しているのを発見されました。4日午前0時頃帰宅し、2時頃外出、その3時間後に遺体となって発見されています。

C君のポケットの中には折り込み広告の片隅に「借金を返して欲しい」と書き込まれたメモが残されていました。この書き込みを遺書と見なすこともでき、また、C君はA君とバイク仲間だったことから、借金苦と仲間の死のショックによる後追い自殺とも考えられます。

しかし、10数万円の借金で死ぬとは考えられないという証言や、A君の死はそれほどショックではなかったという証言もあり、残されたメモにもお金を借りたと思われる友人2人の名前と金額が書かれているだけで、遺書ととれるような内容の書き込みはありませんでした。

C君は生前「白い車」に追われていたと語っていたため、C君の死の真相に繋がるのではないかとも考えられますが、警察では自殺と判断しています。

土木作業員D君18歳(死因:首吊り自殺)

大阪府熊取町で起こった熊取町若者七人連続怪死事件の4人目の死亡者は謎の連鎖自殺の2人目となる当時18歳の土木作業員D君です。D君はC君の死から1週間後の6月10日水曜日、恵林寺の参道脇にある納屋で首吊り自殺しているのを発見されました。

D君はC君と共に暴走族グループ「風(KAZE)」を旗上げしており「風(KAZE)」のリーダーでC君とは親友でした。C君の死を悲しみながらも、集まった仲間たちには「俺たちは頑張って生きていこう」と前向きに呼びかけていました。

当時付き合っていた女性が妊娠したため、近々結婚する予定で新居を探していたことや、亡くなる前々日には仕事先に持っていくランチボックスを買っておいて欲しいと母親に頼んでいたことから自殺するとは考えられません。

また、6月9日の夕方は母親と食事をしており、その際食事の後友達と約束があることを伝え、ご飯を少なめに食べて出掛けたと母親が証言しています。本当に自殺したのであれば、食事の後に約束をしていた友達との間に何かがあったと考えられます。

しかし、D君はC君同様「白い車」に追われていたと語っており、母親が白い車の事をE君(後の謎の連鎖自殺の3人目)に確認したところ、謎の連鎖自殺が始まる半年前から白い車を見ていたと答えています。

旅館勤めE君18歳(死因:首吊り自殺)

大阪府熊取町で起こった熊取町若者七人連続怪死事件の5人目の死亡者は謎の連鎖自殺の3人目となる当時18歳の旅館勤めをしていたE君です。E君はD君の死から1週間が経過した6月17日木曜日、農作業用の小屋で首吊り自殺しているのを発見されました。

E君は事件当時、三重県鳥羽市にある旅館で働いていましたが、D君の葬儀に参列するため2日間の休暇を取り、D君が自殺した2日後の6月12日に大阪府熊取町へ戻りました。しかし、葬儀には間に合わず、6月13日の昼に勤めている旅館に次の日の14日に帰ることを電話で連絡していました。

しかし、6月14日に三重県鳥羽市に帰ることはありませんでした。D君の母親が白い車に追われていたことが本当のことなのか確認したのも14日だったようです。帰らないと決めた事と白い車の確認の順序関係はわかっていません。

6月16日の昼に、半年ぶりに会った別れた恋人から結婚することを聞いた直後から「ロープはないか」と、自殺をほのめかすことを言っていたという話がありましたが、「あくまで冗談ぽく言っていた」という証言もありました。この時点で、E君の死が自殺であるかどうかは判断できません。

しかし、E君の首吊り自殺の状況があまりにも不自然なのです。発見されたE君の死体は、ビニール紐で両手が後ろ手に縛られていたのです。自分で両手を後ろ手に縛り首吊り自殺するとは考えにくいのですが、警察では首吊りの紐をほどかないように自分で縛ったものとしています。

もちろん、検視官が来て調べましたが、現場には争った形跡がなかったことや、近くの民家でも不審な物音を聞いていないこと、自分でも縛れる縛り方だったことから自殺と判断されました。しかし、真相は他にあるのではないかと考えさせられる首吊り自殺です。

岸和田職員F君22歳(死因:首吊り自殺)

大阪府熊取町で起こった熊取町若者七人連続怪死事件の6人目の死亡者は謎の連鎖自殺の4人目となる当時22歳の岸和田職員F君です。F君はE君の死から1週間後の6月25日木曜日、大阪府熊取町内に隣接する山林で首吊り自殺しているのを発見されました。

F君の勤務態度は真面目で、マラソンが趣味だったF君は市役所の陸上サークルに所属するなど、同僚からは好青年だったと語られています。死亡した当日はお弁当を持って自宅を出ていますが、その後首吊り自殺しています。しかし、F君の首吊り自殺の状況がE君同様不自然なものでした。

大阪府熊取町と貝塚市の堺にある山林で発見されたF君の死体は手の届く高さではない栗の木の枝にシャツを掛けて首を吊っていたのです。足が着かない場所を選んだとも考えられますが、一体どのようにして手の届かない位置にシャツを掛けたのでしょう。

本人ではない誰か、「犯人」と言えるような人物がおり、踏み台になるようなものを持ち去ったのではないかと考えさせられる状況ではないでしょうか?警察はF君の死を自殺と判断しましたが、犯人がいる他殺説が本当の真相ではないかと考える人も多かったようです。

女子大生Gさん19歳(死因:胸をナイフで刺す)

大阪府熊取町で起こった熊取町若者七人連続怪死事件の7人目の死亡者は謎の連鎖自殺の5人目となる当時19歳の女子大生Gさんです。GさんはF君の死から1週間後の7月2日木曜日、大阪府熊取町で運営する町営グラウンドの側溝で胸から血を流した状態で発見されました。

Gさんが発見されたのは7月2日午後8時40分頃で、左胸に致命傷となった刺し傷と首筋には4か所の切り傷があり、近くに凶器となった果物ナイフが落ちていました。発見された時は息があり、しきりに「違う、違う」と訴えていましたが、搬送された病院で出血多量で亡くなりました。

Gさんは鳥取県米子市出身で、1992年4月から大阪府熊取町へ引っ越し大阪体育大学へ通い陸上競技に励んでいました。8月に地元に帰省する予定で、自殺の3日前にテレビ番組の録画を頼んでいたことや、自殺の2日前には1000メートル走の自己新記録を出して喜んでいたことから自殺の動機が見当たりませんでした。

また、Gさんが発見された7月2日の夕方には、スーパーで買い物をしている姿を友人が目撃しており、普段通りだったと語りました。これから自殺をしようとしている人がスーパーで買い物をするというのも考えにくいのではないでしょうか?

そして、Gさんには不審な車の影がありました。Gさんは生前「黒い車」に追われていると、怯えた様子で友人に話しており、Gさんが発見された日も近くに車が止まっていたと言われています。しかし、Gさんの首筋にあった切り傷はためらい傷であると判断されたため、警察は自殺と判断しています。

熊取町若者七人連続怪死事件の不審点

熊取町若者七人連続怪死事件は、2件は事故死であり5件は自殺と判断されています。最初の2件に関しては死亡直前にシンナーを吸引していたことがわかっているため、2人が死亡した原因に疑う余地はありません。

しかし、2件の事故死の後に起こった5件の自殺には不審な点が多く残されているのです。5件の謎の連鎖自殺に残された不審点とはどのようなものなのでしょう。

不審点①遺書がない

謎の連鎖自殺1人目のC君はポケットの中にメモを残していましたが、遺書と判断して良いものかどうかその判断は難しいものですが、仮に遺書だったとしても、C君以外は誰も遺書を残していません。

しかし、実は遺書がないということを不審点というのは少し安易な考え方のようです。遺書を残す人は全体の3割ほどと言われています。男性の方が遺書を残す割合が高いのですが、5人中1人は遺書らしきメモを残していることを考えると割合通りなのです。

ただ、自殺の理由として最も多いのが健康問題と言われており、病気などで遺書を書く力が残っていない場合などもあり、書きたくても書けない状態である場合があります。謎の連鎖自殺を起こした5人は遺書を書けないほどの健康問題ではないことや、事件当時の当事者の環境を考えると遺書を残していない方が不自然なのです。

不審点➁前途洋々で理由がない

謎の連鎖自殺2人目のD君は、親友であったC君の死にショックを受けていましたが、結婚を控えており新居も探していました。また、子供が生まれることを友人に嬉しそうに笑って話しています。

謎の連鎖自殺3人目のE君は、お金を貯めて18歳になったら車の免許を取ると希望に満ちていました。謎の連鎖自殺5人目のGさんは、亡くなる2日前に自己新記録を出し大喜びしていました。このことからも分かるように、3人に関しては前途洋々で自殺をする理由がありません。

不審点③犯人が存在?自殺と断言できない死因も

謎の連鎖自殺5人目のGさんはナイフで左胸を刺したことが原因で死亡しており、その死因は出血多量となっています。ナイフで左胸を刺したため、出血多量という死因に疑問が沸くことはありませんが、そもそも自殺するために死亡するまでに時間がかかる方法を選ぶのでしょうか?

警察が自殺と判断する材料となった首筋の切り傷が、本当にためらい傷であれば、首を切ることに恐怖を覚え急遽左胸を刺したということもあり得なくもない話ですが、首筋の切り傷がためらい傷かどうかも疑わしいと感じざるを得ないのではないでしょうか?

また、自殺をするつもりでいたのであれば、事前に果物ナイフを準備していることになり、持ち歩いていたことになります。自殺するためのナイフをバッグに忍ばせながら普段通りにスーパーで買い物をするというのも不自然です。自ずと「犯人」となる人物が存在するのではないかと考えざるを得ない状況です。

不審点④発見時の死体の状況が不自然

謎の連鎖自殺3人目のE君は、ビニール袋で両手を後ろ手に縛られていました。警察は首吊りの紐をほどかないようにするために自分で縛ったものとされていますが、これから自殺をしようと思い悩んでいる人が冷静にここまでのことを考えるのでしょうか?

また、両手を後ろ手に縛る際の縛り方が自分で縛れる縛り方とはいえ、簡単にできることではありません。自分ではない誰か、つまり「犯人」が縛ったのではないかと考える方が自然ではないでしょうか?

しかし、過去に同じ方法で首吊り自殺をした人がいました。2015年10月26日に小学4年の男子児童が両手を後ろ手に縛り首吊り自殺をしているのです。この事件も警察は自殺と判断していますが、警察に対して徹底した捜査を求める声が多かったようです。

同じ方法で首吊り自殺をした人がいた以上、できないことではないということはわかりますが、やはりイレギュラーな方法です。あきらかに死体の状況が不自然と捉える方が一般的です。

不審点⑤犯人の存在が見え隠れする現場の状況

謎の連鎖自殺4人目のF君の死体は手の届く高さではない栗の木の高枝にシャツを掛けて首を吊っていました。自殺に使った栗の木には手が届く範囲に枝が全くなく、幹の上の方にしかシャツを掛けられるような枝がなかったのです。

例え、シャツを放り投げて掛けたとしても、首を入れる輪はどのようにして作ったのでしょう。また、その輪にどのようにして頭を入れたのでしょう。梯子や踏み台になるようなものがなければ到底届かない高さなのです。

誰かが踏み台を持ち去ったと考えざるを得ないのではないでしょうか?つまり、犯人がいたと考える方が一般的なのです。このことから、地元の人たちは他殺説の可能性を捨てきれなかったようです。

不審点⑥謎の車の存在

謎の連鎖自殺で亡くなった5人の中でF君以外が謎の車を目撃しています。E君は白い車を目撃しているだけですが、C君、D君は生前白い車に追われていたと語っており、Gさんは黒い車に追われていたと語っています。

「白い車」と「黒い車」という謎の車の存在は、謎の連鎖自殺に大きく関わっていると考えざるを得ません。

熊取町若者七人連続怪死事件の真相は?

熊取町若者七人連続怪死事件には多くの不審点が残されていますが、全て事故と自殺であると判断されています。しかし、別の真相があるのではないかと感じた人も多いのではないでしょうか?そこで、ここでは真相とされた様々な説をご紹介します。

真相①シンナーの影響

シンナーを吸引することにより、被害妄想にとらわれたり幻覚が見えたりします。この影響によって、本来存在しない謎の車に追いかけられるという妄想にとらわれてしまった可能性もあるでしょう。しかし、車に追いかけられるという妄想だけで自殺を選んだわけではありません。

シンナーによる影響はこれだけではなく、考え方にも影響を及ぼします。悪いことが起きたりショックを受けたりすることで、負の感情が増幅されてしまうなど、通常では考えられないような思考回路が作られてしまうのです。

つまり、妄想の中で車に追いかけられ恐怖を感じたことで「いつか殺されるかもしれない、それなら殺される前に死のう」という考え方をしてしまった可能性もあるでしょう。もしくは、友人の死や元恋人の結婚などで受けたショックが増幅されたことによって「もう生きている価値がない」と考えてしまったのかもしれません。

そして、両手を後ろ手に縛るという行動や、手の届かない位置にシャツを掛けるという行動も、この通常では考えられない思考回路によって作り出されたものと考えることができます。もちろん、「どのようにして」という疑問は残りますが、その方法も同じ思考回路で生み出された方法だったのかもしれません。

真相➁ウェルテル効果

「ウェルテル効果」をご存知でしょうか?ウェルテルはゲーテ著の「若きウェルテルの悩み」に由来しており、主人公のウェルテルが自殺をしたことにより、影響された若者たちが彼と同じ方法で自殺したことを起源としています。

つまり、ウェルテル効果とはマスメディアの自殺報道に影響されて自殺が増える事象をさしています。大阪府熊取町内で起こった首吊り自殺が報道されたことで影響され、次々に首吊り自殺が続いたということになります。

これは、実際に多くの事例があります。1933年に女学生が三原山火口へ投身自殺し、報道後、この年だけで129人が三原山で投身自殺をしています。また、1986年に歌手がビルから飛び降り自殺した際、30人余りの青少年が高所から飛び降り自殺をしています。

このことから、熊取町若者七人連続怪死事件もウェルテル効果による連鎖自殺が真相ではないかと考える人もいます。しかし、1週間後に1人、また次の1週間後に1人というように、定期的かつ、確実に1人だけ自殺をするというのは、相談して順番を決めない限り無理なことではないでしょうか?

真相③暴力団関与説

熊取町若者七人連続怪死事件で死亡した7人のうち、F君とGさんを除く5人は暴走族グループ「風(KAZE)」と関わりがあります。メンバーであったり、メンバーのバイク仲間ということがわかっています。

一般的に、暴走族の背後には必ずと言っていいほど暴力団組織が隠れていることから、何らかのトラブルにより殺害されたと考えますが、噂によると、暴走族グループ「風(KAZE)」と関わりがあった5人の少年たちが暴力団組長の娘を集団で暴行し、その報復として殺害されたというのが真相ではないかと言われています。

追いかけまわしていた白い車は暴力団によるものという見方になりますが、E君が白い車を目撃したのは死亡する半年前です。E君が地元を離れていたため、地元にいた半年前しか目撃することがなかったとも考えられますが、E君に関しては目撃しただけであり追われていたというような情報はありません。

また、実際に暴行事件があったのであれば、「白い車に追われている」ではなく「暴力団に追われている」と言うのではないでしょうか?先に死亡した仲間の死を不思議に思っている以上、死の原因に心当たりがないと考えるべきでしょう。

暴力団が関与していたというのが真相であれば、自ずと犯人は暴力団の誰かということになりますが、この場合、暴走族グループ「風(KAZE)」と関わりがなかったF君とGさんの死は偶然によるものとなります。このことからも、暴力団関与という真相は考えにくいものですが、多くの人が暴力団関与説が真相と考えたようです。

真相④原発関連説

熊取町若者七人連続怪死事件と原発がどのように関係しているのか疑問に感じる人もいるのではないでしょうか?実は、熊取町若者七人連続怪死事件が発生した1992年は、日本で原発問題が注目されていた時期で、大阪府熊取の原子炉研究所も存置と廃炉を巡り問題が起こっていたのです。

また、熊取町若者七人連続怪死事件が起こる前には、愛媛県西宇和郡伊方町で原発誘致を巡り問題が起こり、最高裁まで進んでいました。この判決が1992年に出されることになっていたのですが、この判決が熊取町若者七人連続怪死事件の時期と重なっていたのです。

後に熊取町若者七人連続怪死事件が発生したことで、マスメディアが怪死事件を大きく報道したため原発問題への注目が薄れたと言われているのです。しかし、事故と自殺をタイミング良く起こすことは不可能です。誰かが故意に熊取町若者七人連続怪死事件を起こしたということになります。

あり得ないと考える人もいるかもしれませんが「福島女性教員宅便槽内怪死事件」や「東電OL殺人事件」も原発関連説が挙がっており、2003年5月に起こった「吉川友梨ちゃん行方不明事件」も熊取で原発事故隠しが発覚しています。

実際に、大きな事件や事故の報道によって、それまで毎日のように報道されていた事件や事故が薄れてしまっているのは事実です。これを故意に作り出すことも可能なのです。このために殺人を犯すというのは考えにくいものですが、絶対にあり得ないとは言い切れないのではないでしょうか?

真相⑤7人塚系のオカルト説

熊取町若者七人連続怪死事件は最初の2件を除くと、1週間後に1人という不可解な謎の連鎖自殺が起こっています。これは、犯人となる人物が1週間ごとに殺人を犯している、もしくは、祟りから起こされた自殺という真相が有力ではないかと考える人もいます。

しかし、他殺説が噂されながらも現場には争った形跡がないなど、他殺説を裏付ける証拠がない以上、犯人が存在することはありません。ただ、それは生きた犯人が存在しないだけで、全く別の犯人がいるのかもしれません。

大阪府熊取町には七人塚があると言われています。七人塚とは、戦に敗れて落ち延びてきた武者の自刃や戦傷死など、非業の死を遂げた者を祀るためにたてられた塚や墓碑のことです。すなわち、熊取には非業の死を遂げた7人の塚、もしくは墓碑があるということになります。

熊取町若者七人連続怪死事件で亡くなった若者が7人、そして七人塚、祟りという形でこの世に生のない犯人によって自殺に追い込まれたのではないかと言われているのです。他殺説が噂されている事件に犯人が浮上しないのは、生きた犯人がいないからではないでしょうか?

熊取町若者七人連続怪死事件の類似事件

熊取町若者七人連続怪死事件は明らかに不可解な事件です。しかし、この熊取町若者七人連続怪死事件に似た事件として、いくつかの事件が様々な場所でご紹介されていることをご存知でしょうか?ここでは、熊取町若者七人連続怪死事件の類似事件をご紹介します。

仙台市連鎖自殺

熊取町若者七人連続怪死事件が起こった同じ年である1992年、仙台市で連鎖自殺がありました。2月9日、農業高校2年生のA君が自宅で首吊り自殺しました。自殺の原因は明らかになっていませんが家族への感謝を綴った遺書があったとされています。

4月1日、高校3年生のB君が自宅で首吊り自殺しました。遺書の有無に関しては明らかになっていません。4月9日、A君と同じ高校に通うC君が自宅で首吊り自殺しました。3人とも同じ中学出身であることから、友人の死にショックを受け連鎖自殺となったようです。

熊取町若者七人連続怪死事件のような不可解な事件ではありませんが、同様の連鎖自殺ということから類似事件とされています。

水曜日の絞殺魔事件

1975年8月27日水曜日、北方町に住む中学1年生のAさんが自宅から失踪し、後に小学校のトイレの便槽の中で発見されました。遺体の上には丸い石が100個ほど積んでありました。1980年4月12日土曜日、大町町に住む20歳のBさんが自宅から失踪し、後にAさんが発見された小学校のトイレの便槽の中で発見されました。

1981年10月7日水曜日、白石町に住む27歳のCさんがスーパーで買い物をした後失踪し、40km離れた空き地で絞殺されていたのを発見されました。1982年2月17日水曜日、北茂安町に住む11歳のDさんが下校途中失踪し、後にミカン畑で絞殺されていたのを発見されました。

1987年7月8日水曜日、武雄市の老舗割烹従業員の48歳のEさんが失踪し、後に崖下で白骨化した遺体で発見されました。1988年12月7日水曜日、北方町に住む50歳のFさんが外出したまま失踪し、後にEさんが発見された崖下で発見されました。

1989年1月25日水曜日、北方町に住む37歳のGさんが失踪し、後にEさんとFさんが発見された崖下で発見されました。7人のうち6人が水曜日に失踪していることから「水曜日の絞殺魔事件」と呼ばれており、熊取町若者七人連続怪死事件の類似事件とされています。

熊取町若者七人連続怪死事件の真相は闇の中

熊取町若者七人連続怪死事件は事故と自殺であると判断されていることから既に解決済みの事件となっています。残された多くの不審点から犯人がいる他殺説が有力ではないかと考えられますが、死亡者たちが置かれた環境や現場状況は全て事故と自殺の域を越えていないとされています。

しかし、5人の定期的な謎の連鎖自殺は不可解であり、また、Gさんが残した「違う、違う」という言葉の意味も明らかになっていないため、既に27年余り経った今でも熊取町若者七人連続怪死事件の真相は他にあるのではないかと考えられているのです。

熊取町若者七人連続怪死事件が起こったのは1992年ですので、今現在当時の状況や報道内容などを知ることは難しく、また、警察が事故と自殺であると判断した以上真の真相を知ることはもうできないでしょう。

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