被差別地域出身の有名人!同和部落出身の芸能人や有名人を紹介!

被差別地域をご存知ですか?江戸時代の身分制度の士農工商の下に設けられた身分の卑しい者と言われる人達が住んでいた所を「被差別地域」や「同和部落」と呼んでいます。そこからたくさんの有名人が生まれています。今回はその被差別地域出身の有名人や芸能人をご紹介します。

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目次

  1. 1被差別地域出身の有名人は多い?同和部落出身の芸能人をご紹介!
  2. 2被差別地域【同和地区】とは?
  3. 3被差別地域(同和地区)出身の有名人【政治家・野中広務】
  4. 4被差別地域(同和地区)出身の有名人【俳優・三国連太郎】
  5. 5被差別地域(同和地区)出身の有名人【女優・加藤あい】
  6. 6他にもいる!被差別地域(同和地区)出身の有名人
  7. 7被差別地域の有名人や芸能人と差別との関係

被差別地域出身の有名人は多い?同和部落出身の芸能人をご紹介!

被差別地域とは同和部落とも呼ばれています。江戸時代から差別を受けていた地域のことですが、その地域から多数の有名人が出てきています。被差別地域から生まれた政治家や芸能人などの数は決して少なくはありません。

そんな被差別地域出身の有名人や芸能人は、どのような人生を歩んできたのでしょう。ここでは何人かの被差別地域出身の有名人や芸能人をご紹介していきます。

被差別地域【同和地区】とは?

被差別地域(同和地区)とは、同和対策事業の対象となった地区のことです。同和対策事業は平成14年に終了しているので、旧同和地区とも呼ばれているそうです。しかし、同和対策事業の対象にならなかった被差別地域は未指定地区や、未開放部落と呼ばれているようです。

被差別地域といってもあまり意識されていない地域も多く、住んでいる住人でさえ知らなかったということも多いようです。今の中年世代より上の世代の人達に根強く残っているのかも知れません。

そんなに差別されていたら、有名人や芸能人になれないでしょう。こんなに有名人や芸能人が多く出てきていることを考えれば、昔の慣習をまだ重んじている世代は少なくなってきていると考えられます。

江戸時代のえた・非人が住んでいた地域

江戸時代のえた・非人と呼ばれる人達は都道府県で言うと福岡県、広島県、愛媛県に住んでいた人が多く、それぞれの地域で400を超える被差別地域があったそうです。

西日本に被差別地域が多かった理由は、江戸時代は京都から江戸へ遷都される前の天皇の存在の意味が強く関係していて、日本の中心は京都とされ、神聖な存在である天皇の逆の意味の「身分の卑しい者」が江戸時代には江戸より京都の方が意識されたからだそうです。

しかし、西日本出身の有名人も多いところを考えると、やはり現在はあまり被差別地域を意識している人は少ないのではないでしょうか。特に福岡県出身の有名人はたくさんいますし、その人達が差別されてきたという話も聞いたことがありません。

同和部落=未開放部落

先ほども述べましたが、同和対策事業の対象にならなかった被差別地域は未開放部落と呼ばれ、正確な数は分からないまでも、部落開放同盟は1000地区にものぼると発表しています。しかし、政府は同和対策の実施が求められているにもかかわらず、2002年に国策としての同和対策事業を終焉させています。

しかし、今もなお、自治体によっては地域の実情を考え、同和対策事業を行っているところもあります。被差別地域内の諸環境の整備、道路の舗装や河川の地区の堤防の整備、山中などでは交通手段の提供などをしているそうです。公営住宅を造ったりもしており、「同和住宅」などと呼んでいるそうです。

被差別地域の人達は墓なども見えないところに隠さなければならなかったため、公営墓地や、被差別地域の人達を対象とした公営斎場も造っているそうです。それでは、次の章からは、被差別地域出身の有名人、芸能人を詳しくご紹介していきます。

被差別地域(同和地区)出身の有名人【政治家・野中広務】

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野中広務プロフィール

本名 野中広務(のなかひろむ)
生年月日 1925年10月20日
職業 政治家

日本の政治家であった野中広務は、京都府船井郡園部町町長を経て、京都府副知事、衆議院議員になりました。その後、自治大臣、国家公安委員会委員長、内閣官房長官、自民党幹事長などを歴任し、2018年1月26日に死亡しています。

著書に、「差別と日本人」「私は闘う」などがあり、差別と闘ってきた人生を感じさせます。ご自身でも「私は被差別部落の出身だ」と言っておられたそうです。あれだけ政界で活躍されてきた有名人なのに総理になれなかったのは、本当に被差別地域の出身だったからなのでしょうか。

京都府南丹市地域の出身

京都府南丹市(旧、園部町)は被差別地域だったそうです。子供の頃、住んでいた家の近くの山から仕事のきつさから逃げてきた朝鮮人の労働者を、野中広務の家族は保護したりしていたそうです。そういう経験が野中広務を政治の道に進ませたのでしょう。

野中広務のお父さまが保護司をしていて、戦争孤児の施設の運営に携わっていたのも政治家を目指す原点だったのでしょう。社会的弱者を救いたいという気持ちが強くあったようです。しかし、そんな野中広務の政治家活動に理解を示さない政治家が他にはいたようです。

どんなに活躍しても、成果をあげても、世間の人で知らない人がいないくらいの有名人になっても総理になれないというのは悲しいことです。

麻生太郎の暴言

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麻生太郎は以前、野中広務に「あんな部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」と発言して問題になりました。差別をなくすために政治家になった野中広務に向かって、野中広務の政治家としてのアイデンティティを全否定するような発言をしたまま、麻生太郎は謝罪どころか何のコメントもしていません。

被差別地域出身というだけで麻生太郎は平然と野中広務を貶めたのです。ちなみにその時の発言の全文は「被差別地域出身の野中広務はせいぜい公安止まり。総理大臣にはさせられねえな」というような内容だったそうですが、実際、公安は分かりませんが、警察官には被差別部落出身者が多いという話もあります。

異名「影の総理」

野中広務は「影の総理」とも呼ばれていました。平和への道を模索し、政治活動に携わる傍ら、自民党の幹部として、時に非情とも思える豪腕も見せています。総理の退陣を求めた「加藤の乱」の時も、党幹事長として、同調者の切り崩しを計るなど強い行動に出ています。

一時は「加藤を総理にしたい」とまで言っていた野中広務が加藤氏に対して、政権を守るために非情に徹した一幕でした。

野中広務からは社会的な弱者へのあたたかいまなざしを感じたと言います。戦争を二度としないということと、被害を与えた中国との関係の改善をしなくてはならないということ、そして日本で一番被害を受けた沖縄に対する支援をしようという思いを感じた、と。

野中広務が自治大臣、公安委員長として対応に当たった阪神、淡路大震災、地下鉄サリン事件、JR福知山線の脱線事故の3日間は政界を引退してからもお参りを欠かさなかったといいます。

こんな立派な政治家であった野中広務が被差別地域出身というだけで総理大臣になれなかったのだとすると、日本の政治は本当に心配になります。

被差別地域(同和地区)出身の有名人【俳優・三国連太郎】

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三国連太郎プロフィール

本名 佐藤政雄(さとうまさお)
生年月日 1923年1月20日
職業 俳優

三国連太郎は俳優として1950年から亡くなる直前まで芸能人として活動しました。「利休」や「釣りバカ日誌」などで日本アカデミー賞を受賞しています。2013年4月に亡くなりましたが、その年のブルーリボン賞に「生前の業績に対し」という理由で特別賞を受けています。芸能人として素晴らしいご活躍でした。

群馬県太田市地域の出身

群馬県太田市は人口約22万人の市で群馬県内では3番目に人口の多い市です。SUBARUのお膝元で大きな工業地帯でもあります。しかし、規模は小さいですが、200戸以上の中規模部落が存在しているようです。

しかし、関東の方では「被差別地域」とか「同和部落」などという言葉自体を知らない人も多いようで、関西から西の方では昔は学校で部落問題の授業まであったくらいなのに、関東の人は関西に来て初めて「被差別地域」とか「同和部落」という言葉や意味を知ったと言う人が多いようです。

「釣りバカ日誌」で話題に

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西田敏行との共演で大ヒットした映画「釣りバカ日誌」を知らない人は少ないでしょう。三国連太郎さんはスーさんという役で釣りが大好きな男性の役で出演しています。マンガが原作の映画ですが、マンガの方も人気で100巻を超えるロングヒットになっています。

西田敏行演じるハマちゃんと三国連太郎演じるスーさんのかけあいが楽しく、大人から子供まで楽しめる映画になりました。この映画は2009年まで続いています。

差別の「戒名」を嫌う

三国連太郎は、息子の佐藤浩市に自分が死んだあと、戒名をつけないよう言い聞かせていたと言います。それは、徳川の時代から戒名にまで身分や階級によって差別があり、寺側がいまだにそのことを守り続けているからだということでした。

死んでまで差別を受けたくないという三国連太郎さんの思いが伝わります。人間平等の教えを説いているはずの仏教までがこういった差別をいまだにしているのです。

被差別地域(同和地区)出身の有名人【女優・加藤あい】

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加藤あいプロフィール

本名 加藤愛(かとうあい)
生年月日 1982年12月12日
職業 女優

映画やテレビドラマ、CMなどで大人気の加藤あい。彼女も被差別地域の出身だそうです。差別を受けてきたようには見えないチャーミングな笑顔が素敵な芸能人です。

愛知県あま市甚目寺地域の出身

愛知県あま市甚目寺町。確かに被差別部落ではあるようですが、お金持ちが多く、とてもそうは見えない、という話です。確かに古い町という印象は受けるようですが、裕福な農家や商人が多いというイメージの町だそうです。

よそからここに被差別部落と知らずに引っ越してきた人が、地元の人と同じ差別を受けることもあるようですが、若い世代ではあまり気にされていないようです。ベビーシッターに来てもらおうと電話で住所を言ったら「そこに行きたがる人はいないと思う」と言われた、という話はありました。

CMの女王と呼ばれる

加藤あいは好感度が高く、1999年のCM女王になっています。中学生のころから「ピチレモン」という雑誌のジュニアモデルをしていて、中学3年生で上京し、木村拓哉の主演ドラマ「ギフト」で女優デビューしました。子供のころから有名人だったようです。その後もドラマ、映画、CMと大活躍をして2013年に結婚し、現在は2児のママだそうです。

一般男性と結婚後米で出産

加藤あいの結婚相手は一般男性ということですが、かなりの資産家のようで、虎ノ門ヒルズのホテルのアンダーズ東京の最上階のチャペルで挙式しています。挙式にかかった費用は2000万円と言いますからかなりのお金持ちと思われます。

旦那さまとの出会いもアメリカだったそうで、加藤あいは出産もアメリカでしています。やはり有名人だと日本の病院では目立つからでしょうか。現在は2児の子育てに追われているため、仕事はセーブしているそうですが、落ち着いたらまた、仕事を再開する予定だそうです。

他にもいる!被差別地域(同和地区)出身の有名人

今までご紹介してきた有名人や芸能人の他にもまだたくさんの被差別地域出身の有名人や芸能人がいます。その人達をもう少しだけご紹介します。やはり、関西から西の方が多いように感じます。江戸時代に政権を幕府に奪われた天皇の身分の高さを象徴するために「身分の卑しい者」を作ったという話の真実味を感じます。

【女優】萬田久子

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萬田久子プロフィール

本名 万田久子(まんだひさこ)
生年月日 1958年4月13日
職業 女優

大阪府大阪市大正区出身。1978年にミス・ユニバース日本代表に選出されて一躍有名人に。その翌年、テレビドラマ「なっちゃんの写真館」で女優としてデビューしました。それからも映画やドラマ、CMで活躍、バラエティでは大阪人らしい明るく、楽しい人柄を見せています。

【歌手】倖田來未

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倖田來未のプロフィール

本名 神田来未子(こうだくみこ)
生年月日 1982年11月13日
職業 歌手

京都府京都市伏見区出身。妹は歌手、タレントのmisono。小学校4年生の時、太秦の東映俳優養成所の児童科クラスのオーディションに合格。そのころから有名人になる素質を持っていたようです。でも女優にはならず、高校生の時にエイベックスのオーディションで準グランプリを受賞。それから歌手の道へ。現在は結婚し、出産もして仕事も頑張っておられます。

子供を生んでも歌唱力もスタイルもばっちりキープされています。今後の活躍が楽しみです。でもなんで有名人って子供を産んでもあんなにすぐにスタイルが戻るんでしょうか?

【タレント】島田紳助

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島田紳助プロフィール

本名 長谷川公彦(はせがわきみひこ)
生年月日 1956年3月24日
職業 2011年に芸能界を引退

京都府京都市南区出身。漫才ブームに「紳助・竜介」として漫才コンビで有名人になるも、2011年、暴力団との付き合いがあることが発覚し、引退へ。所属していた吉本興業は慰留しましたが、紳助は復帰は望まず、世間の意見も厳しかったため、断念。今も吉本興業の後輩たちに慕われ、復帰を望まれる存在です。

【政治家】橋下徹

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橋下徹プロフィール

本名 橋下徹(はしもととおる)
生年月日 1969年6月29日
職業 元政治家、弁護士、タレント

東京都渋谷区大島町出身。物心つく前に父親が自殺、母親と小学校5年の時に大阪府吹田市に引越し、その1年後に大阪市東淀川区東中島に引越ししました。早稲田大学政治経済学部卒。同年に司法試験に合格。弁護士になりました。

大阪の弁護士事務所に就職した際、部落開放同盟が起こした京都の市営住宅の家賃値上げ反対訴訟に、自分は同和地区に住んでいたけど自分は同和ではないので同和問題はやらないと言って参加を拒否しています。

その後独立し、法律事務所を構えましたが、キャラクターが買われてタレント活動もするようになり、すっかり有名人になりました。その後、大阪府知事選挙に出馬、当選し、大阪府知事に。その後も大阪市長になったり、「おおさか維新の会」を結党したりしましたが、今は、政界からは引退して、「大阪維新の会」の法律顧問に就任されています。

被差別地域の有名人や芸能人と差別との関係

ここまで被差別地域の有名人、芸能人のことを書いてきましたが、結局、差別とは人の心の持ちようであり、江戸時代から続く同和部落はいまだ存在しても、あまり気にする人は少ないのではないでしょうか?

年代にもよりますが、高齢の人ほどまだ被差別地域に対するこだわりが強く、拒否する人が多いようです。そして何より、自分自身が被差別地域出身である人がそのことに後ろめたさのようなものを感じているケースが多いようです。

今までご紹介した人達が被差別地域出身だと聞いて嫌悪感を持った人はいましたか?多分いないと思います。そんなことで差別をすること自体がバカらしく感じませんか?昔は西日本を中心に行われてきた同和問題の授業も学校からなくなりました。

そんなことにこだわらない人が増えたからだと思います。どんな人も同じ人権を持っています。くだらない差別なんて撲滅してしまいましょう。

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