城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)!工藤加寿子の現在や真犯人は?

1984年に札幌市豊平区で起きた城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)について特集します。城丸君事件とは、当時9歳だった男児が犠牲となった事件です。容疑者となった工藤加寿子は、さまざまな証拠がありながらも無罪となりました。その真相に迫ります。

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目次

  1. 1城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)とは?黙秘権に注目された事件に迫る!
  2. 2城丸君事件の概要
  3. 3城丸君事件の容疑者とされた工藤加寿子とは?
  4. 4逮捕された後の工藤加寿子は?
  5. 5工藤加寿子の判決や現在
  6. 6城丸君事件の真犯人は?
  7. 7同じ悲しみを起こさないために

城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)とは?黙秘権に注目された事件に迫る!

城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)は、1984年1月10日に、北海道札幌市豊平区で発生した、男児が死亡した事件です。被害者は、当時小学4年生で9歳であった城丸秀徳君でした。

9歳の男児が誘拐され殺害された事件ですから、もちろん話題となるような大きな事件ですが、この事件が注目された理由は他にもあります。それは、犯人だとほぼ断定されている人物がいながら、その人物は無罪となり、しかもこの人物は損害賠償まで勝ち取ったというのです。

城丸君事件で犯人とされた人物は、黙秘権を貫き、この黙秘権により無罪になったことに注目を集めました。城丸君事件の被害者親族が納得がいかないのは当然ですし、もちろん世間の人にとっても腑に落ちないような結果となった事件です。

そこで、日本で起こった犯罪の中でも納得がいかない事件として記憶に残る、城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)についての概要や、城丸君事件の容疑者となった工藤加寿子について特集します。

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城丸君事件の概要

城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)とは、どのような事件だったのかをご紹介します。当時9歳だった城丸秀徳君がどのようにして誘拐されたのか、そして、城丸秀徳君の遺体が発見され、城丸君事件の容疑者となった工藤加寿子が逮捕されるまでの概要をみていきましょう。

自宅にかかってきた電話を城丸秀徳君が受け外出

1984年1月10日午前9時半頃、札幌市豊平区の城丸秀徳君の自宅に1本の電話がかかってきました。この電話を城丸秀徳君がとりましたが、誰にもかわることなく、自分で話しはじめたということです。このとき、茶の間には父母と兄がいたそうです。

城丸秀徳君が電話で、「ハイ、ハイ……」と相手に対し小声で返事をしていたため、母親が不審に思い、「誰からの電話?」と訪ねましたが返事はなく、「ちょっと出かけてくる」と言い出しました。さらに母親は不審に思い、「どこへ行くの?」と訪ねました。

この母親の質問に対し、城丸秀徳君は「ワタナベのお母さんが僕にものを返したいから取りに行く」というような内容を話しますが、内容や話し方は意味不明であったようです。そして、母親に出かけるならジャンパーを羽織るよう言われ、家を出ていきました。この電話が、城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)のはじまりとなります。

家を出たまま城丸秀徳君は帰らず

城丸秀徳君が家を出てから、母親に言われ、長男が後を追いかけました。秀徳君が二楽荘というアパートを左に曲がったあとから、長男は秀徳君を見失ってしまいます。

二楽荘の隣にはワタナベという表札の一軒家があり、電話で「ワタナベ」という名前を言っていたことから、長男はそこで少し待っていますが秀徳君は出てこないため、母親に伝えるため家に戻りました。

そして母親とともに戻り、ワタナベの表札の家に行きますが、その家の娘さんからは、秀徳君は来ていないし電話もしていないとの返答でした。その後も捜索をしますが見つからず、12時半に警察に連絡をしました。

警察の聞き込みで、二楽荘の2階に住む工藤加寿子の名前が浮上します。この時、工藤加寿子にも調査の手が入りましたが、事件との関係性は明確にはなりませんでした。そのまま城丸秀徳君は見つからず、失踪という形となりました。

4年後農家の納屋で遺骨発見

城丸秀徳君が失踪して4年後、札幌市から離れた田舎町である新十津川町で火事が起き、男性が死亡しました。このとき死亡した男性が、城丸君事件の容疑者となる工藤加寿子の再婚相手の男性でした。

工藤加寿子は新十津川町で農家をしている男性と再婚しましたが、結婚生活はうまくいかず、男性は「妻に殺されるかもしれない」とまで言っていたようです。そんな中での突然の火事であったため、誰もが保険金目当ての放火殺人を疑いました。

火事の後、工藤加寿子の不審な動きが次々と明らかになりましたが、結果、放火殺人の証拠がなく、立件はされませんでした。しかし、保険会社は支払いを拒否し、保険金を受け取ることなく、工藤加寿子は新十津川町からいなくなりました。

そんな火事が起こった半年後、亡くなった男性の義理の兄が焼け残った納屋を整理していて、ビニール袋に入った人骨のようなものを発見します。そして警察に通報しました。鑑定の結果、これが人骨であることが判明します。

さらに、鑑定の結果、血液型や歯型から、行方不明になった城丸秀徳君の遺骨ではないかという疑いが強まりました。そして、城丸秀徳君が失踪して4年経ち、城丸君事件の捜査が再開されました。

この時の捜査で、工藤加寿子は事件が起こった日の夕方に、大きなダンボールを親族の家に移し、さらに、新十津川の農家でこのダンボールを燃やしていたことがわかりました。この捜査結果から、工藤加寿子は事情聴取を受けますが、黙秘を貫いています。

この時代の技術では、その人骨が城丸秀徳君のものだと証明ができず、工藤加寿子は釈放されました。

遺骨発見から10年後にDNA鑑定で城丸秀徳君のものと断定

遺骨発見から10年後、技術の進歩により、DNA鑑定で遺骨が城丸秀徳君のものだと断定します。このとき、城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)が起こってから、14年10ヶ月が経っていました。ということは、時効まで2ヶ月しかないというところです。警察にとっては、城丸君事件で工藤加寿子を逮捕できる最後のチャンスと言えるでしょう。

工藤加寿子を逮捕

DNA鑑定により、警察は工藤加寿子をついに逮捕します。しかし、この後の城丸君事件の裁判は、想像した以上に、かなり難航することとなります。

これだけ証拠がありながら、なぜ裁判が難航したのかというと、工藤加寿子が城丸秀徳君を死亡させた可能性はかなり高いですが、そのとき殺意があったかどうかということが問題となってくるからです。

殺意があって殺していれば殺人ですが、殺意がなければ過失致死や傷害致死になるということです。しかも、このとき過失致死や傷害致死、死体損壊などの罪に問われても、時効が成立しているため、工藤加寿子は城丸君事件で無罪となってしまいます。

工藤加寿子が城丸君事件で逮捕はされましたが、このような理由で、裁判は難航していきました。

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城丸君事件の容疑者とされた工藤加寿子とは?

城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)の容疑者となった工藤加寿子は、今までの情報から、かなり恐ろしい女性というイメージがありますが、実際はどのような人物であったのかが気になります。城丸君事件の容疑者がどんな人物であったのかをご紹介しましょう。

工藤加寿子の生い立ちや経歴

城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)の容疑者である工藤加寿子がどんな人生を歩んできたのか、その生い立ちや経歴についてご紹介します。

日高町で生まれる

工藤加寿子は昭和30年に北海道の日高町で生まれました。日高町は北海道の中でも北にあり、都会というよりは、自然豊かな田舎町というイメージです。工藤加寿子はそんな日高町で育ちました。

中学卒業後に集団就職で上京

工藤加寿子は、中学卒業後、高校には行かず、集団就職で上京しました。しかし、少し経って、また北海道に戻ります。北海道に戻った理由はわかりませんが、仕事は長続きしないようで、仕事も住む場所も転々とした人生を送っていきます。

北海道に戻り登別温泉のホテルで働く

北海道に戻ってからは、登別温泉のホテルで働いていたようです。その登別温泉のホテルでの仕事も長続きせず、その後、さらにまた上京し、さまざまな場所を転々としながら生活をしていました。

26歳で結婚するも1年で離婚

工藤加寿子は上京した後、26歳の時に結婚をしています。しかし、この結婚生活は長続きせず、1年ほどで離婚をしました。

ホステスをしながら娘とアパート暮らし

離婚をしてから工藤加寿子は北海道に戻り、札幌豊平区でホステスをしながらアパート暮らしをします。このとき、1歳の娘がいて、その娘と2人で生活をしていました。

職場は札幌の繁華街であるすすきのの高級クラブでしたが、後の調べで、この当時、工藤加寿子はかなりの借金があったようです。

農家の男性と再婚

城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)が起こってから間もなくして、工藤加寿子は新十津川町の農家の男性と再婚をします。農家の仕事とは全く縁がないような工藤加寿子との結婚は、親族からも反対されましたが、農家の仕事はしないということで結婚をしました。

しかし、結婚後は農家の仕事はもちろん、家事も全くせず、パチンコに通い、しかも男性が貯めていた2,000万円のお金を工藤加寿子が使ってしまいます。さらに、工藤加寿子は保険金の受取人にもなり、そのうち家庭内別居のような状態になりました。

再婚した男性は体調不良を訴えるようになり、「妻に殺されるかもしれない」と話していたようです。義理の兄からは離婚を勧められていましたが、結婚から1年余りで、突然の自宅の火災が起きてこの男性は死亡してしまいます。

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逮捕された後の工藤加寿子は?

工藤加寿子が城丸君事件で逮捕された後、誰もが殺人の罪で実刑になると考えていましたが、工藤加寿子が城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)で殺意があったかどうかという問題があり、裁判は難航しました。

その後、工藤加寿子の裁判はどのような展開になったのでしょう。城丸君事件で逮捕された工藤加寿子が逮捕後、どのようになったのかをご紹介します。

「お答えすることはありません」と黙秘権を行使

工藤加寿子は城丸君事件の裁判で、さまざまな質問に対し、「お答えすることはありません」と黙秘権を行使し続けました。黙秘権を行使すれば、普通はやましいことがあるのではないかと考えますが、法律上は黙秘権を理由に不利益を受けることはありません。

さらに、城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)が起こってから14年という月日が経っていたことから、城丸君事件のときの工藤加寿子の殺意を証明することが難しいという現実もありました。

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工藤加寿子の判決や現在

城丸君事件で黙秘権を行使した工藤加寿子は、その後、どのような判決を受けたのでしょう。また、現在はどのような生活をしているのでしょう。城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)の判決結果と工藤加寿子の現在の様子についてご紹介します。

殺人罪の立証が困難のため無罪に

城丸君事件の裁判で、黙秘権を行使した工藤加寿子は、結果、無罪となりました。その理由として裁判長は、工藤加寿子が城丸秀徳君を死亡させた疑いは強いが、殺意があったかどうかは疑わしい点があると説明しました。

さらに、城丸秀徳君を死亡させたことについても、過失致死や傷害致死の時効が成立していたことから、城丸君事件で工藤加寿子が実刑に処されることはありませんでした。

「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判原則が擁立

現在の日本の法律では、明確な証拠や本人の自供がなく、疑わしい点がある場合、被告人の利益になるような判決をするという刑事裁判での原則があります。この日本の法律の考え方により、城丸君事件で工藤加寿子は無罪となったのです。

法律では、これだけさまざまな証拠があったとしても、城丸秀徳君の死因が明確ではなく、工藤加寿子に殺意があったという明らかなものがない限り、殺人としての罪には問えないということです。

さらに驚くべきことに工藤加寿子は、城丸君事件で無罪判決後、自分が拘束されていた日数分の日当と弁護士費用を札幌地裁に請求しています。その額は、1,100万円を超えていたそうです。そして同じ年に、請求額の80%の980万円が支払われることが決定しました。

工藤加寿子の現在

工藤加寿子は現在65歳を超える年齢になっています。現在どこに住み、どのような生活をしているのかは定かではありません。城丸君事件は世の中で大きな話題になった事件であり、裁判が終わってからは、誰も知らない地で、娘と2人で暮らしていたことでしょう。

現在、どんな生活を送っているのかはわかりませんが、小さな子供を死亡させておきながら、もし現在でも一般の人のように生活をしているのだとしたら、親族でなくても悔しい気持ちでいっぱいになります。

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城丸君事件の真犯人は?

城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)では、結局、容疑者であった工藤加寿子が黙秘権を行使したことと、事件が起こってからあまりにも長い年月が経っていたことから、真相がはっきりとしないまま、城丸秀徳君を死亡させた疑いは強いということで終結しました。

現在でも、工藤加寿子が城丸秀徳君を殺害したのかどうか、城丸君事件の真相はわからないままです。わずか9歳の男児が死亡したにも関わらず、この結末は、親族のことを考えてもあまりにも残酷です。

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同じ悲しみを起こさないために

城丸君事件(札幌男児誘拐殺人事件)は、事件が起こった時代にDNA鑑定がなかったことや、容疑者工藤加寿子の黙秘権行使など、さまざまなことが重なり、日本の法律では無罪となりました。この事件を知る多くの人が、納得がいかない結果だと考えたでしょう。

ご家族の思いを考えると、とても悔しく悲しい結果です。現在の日本でも、心が痛むような悲しい事件は起こっていますが、同じような悲しい事件が起きないことを願うばかりです。

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YAMA88

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