メアリー・ベルの現在とは?メアリーベル事件の概要を解説!

11歳にして2人の幼児を殺害した、史上最年少の連続殺人犯メアリー・ベル。サイコパスとも言われたメアリー・ベルは、なぜ幼くして殺人という罪を犯したのでしょうか。彼女を殺人鬼にした諸悪の根源と言われている母親の存在から、事件の経緯、現在に至るまでを辿っていきます。

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目次

  1. 1メアリー・ベルとは?メアリー・ベル事件の概要をご紹介!
  2. 2サイコパスとは何か?
  3. 3サイコパスのメアリー・ベルの生い立ち
  4. 4メアリー・ベル事件の概要
  5. 5メアリー・ベル事件の判決内容
  6. 6メアリー・ベルの現在
  7. 7メアリー・ベルの「魂の叫び」
  8. 8犯した罪は生涯消えることはない

メアリー・ベルとは?メアリー・ベル事件の概要をご紹介!

メアリー・ベル事件をご存知でしょうか。子供の連続殺人鬼と聞くと、現在でもメアリー・ベルを思い浮かべる人は多いでしょう。メアリー・ベルは1957年5月26日、イギリスのニューカッスル・アポン・タインに産まれました。

愛くるしい容姿とは裏腹に、自分に抵抗できない弱いものをいじめるのが大好きな少女でした。また、非常に頭が良く口が達者で、虚言癖があるという典型的なサイコパスの気質を持っていました。

メアリー・ベルは10歳から11歳にかけて、2人の幼児の首を絞めて殺害しました。サイコパスと言われた少女は、殺人という最も重い犯罪に手を染めてしまったのです。

サイコパスとは何か?

そもそもサイコパスとは何でしょうか?サイコパスとは、反社会的な人格を持つ人々のことを指す言葉で、日本語で言い表すと「精神病質者」です。

現在ではサイコパスというと殺人犯というイメージが強いですが、大部分は殺人を犯す凶悪犯ではなく、身近に潜む異常人格者であるとされています。

サイコパスの特徴として、良心や善意が欠落している、共感性がなく冷淡である、当たり前のように嘘をつく、自己評価が誇大でプライドが高いなどが挙げられます。

サイコパスの原因とは?

サイコパスの原因としては、脳の障害などの先天的なものと、育った家庭環境や幼少期の親からの虐待などといった後天的なものと複数考えられていますが、現在はまだはっきりと分かっていません。

サイコパスの多くは、衝動的で、自身の行動をコントロールできないとも言われています。大人と比べて子供は、善悪の見境をつけるのが難しく責任能力を問われないため、幼少期は問題行動が多い傾向にあるようです。

サイコパスのメアリー・ベルの生い立ち

その人の生い立ちは、人間性や社会性などの形成において大きな影響を与えます。生まれながらにサイコパスの気質を持っている人もいれば、育った環境のせいでサイコパスになってしまう人もいるのです。

現在でも、親や家庭環境のせいでサイコパスに育てられてしまい、事件を起こすケースが数多く見られます。

まだ幼かったメアリー・ベルは、なぜサイコパスと言われているのでしょうか。メアリー・ベルの生い立ちや家庭環境を深く探っていきます。

母親は売春婦だった

母親のベティ・ベルは薬物中毒者で、売春婦をしていました。実の父親が誰か分からない子供を妊娠し、17歳の時に未婚のまま出産しました。それがメアリー・ベルでした。

ベティはメアリー・ベルを出産した際、第一声で「早くそれをどこかにやって!」と叫んだと言われています。

メアリー・ベルがお腹にいる時からすでに我が子への愛情はなく、妊娠中にも関わらず、お酒やドラッグをやめることはありませんでした。

実父ではなく義父がいた

メアリー・ベルの生物学的な父親は不明ですが、ビリーという名の義父がいました。自身は働かずにベティの稼ぎをあてにしている、現在でいうヒモのような存在でした。

ビリーは窃盗の常習犯ではありましたが、母親ベティと違ってメアリー・ベルを人間扱いし、優しく接した存在でもありました。

血はつながってはいませんでしたが、娘であるメアリー・ベルを可愛がっていたのです。一緒に出かけて話し相手になるなど、不遇な生い立ちであるメアリー・ベルが現在持っている最低限の人間性は、ビリーが培ってくれたとも言えるでしょう。

生活保護を受け貧しい生活

メアリー・ベルは母親ベティの売春婦としての稼ぎと、生活保護を受けて暮らしていました。養父のビリーはベティの稼ぎをあてにして働こうとしなかったため、一家はとても貧しい生活をしていました。

ベティはメアリー・ベルに、ビリーを「叔父さん」と呼ぶように徹底させていました。それは、ビリーが「父親」となると、生活保護が減額されてしまうからでした。

売春婦の母親に窃盗常習犯の養父、加えて貧しい生活という劣悪な家庭環境の中で、メアリー・ベルは人間として必要なものが欠落したままいびつに成長していきます。

ドラッグを飲まされ生死を彷徨う

母親ベティはメアリー・ベルに一切の愛情を抱かず邪魔者扱いをしていました。メアリー・ベルが母親の常用しているドラッグを誤って口に入れてしまい、生死の境をさまよったこともあります。

また、あろうことかベティはメアリー・ベルにおやつとしてピルを飲ませようとし、何度も実の娘の殺害を試みました。

メアリー・ベル事件の概要

メアリー・ベル事件とは、1968年5月から7月にかけてイギリスで起きた連続殺人事件で、現在でも子供による連続殺人事件といえば必ず名前が挙がるほど、大々的に取り上げられた事件です。

わずか11歳(初犯は10歳)の少女が2人の幼児を殺害し、そのうち1人は遺体を切り刻まれ凌辱されています。メアリー・ベルは、どのような経緯でこのような猟奇的な事件を起こしたのでしょうか。また、殺人に至った心理状況とはどのようなものだったのでしょうか?

史上最年少の連続殺人犯

現在では少年犯罪の件数は多く、それほど派手に取りざたされることはありません。悪い言い方をすれば、世間は少年犯罪に慣れてしまっています。未成年が人を殺したと聞いても、「あぁまたか」と思う程度でしょう。

しかし、この当時は、10歳の子供が殺人を犯すなどあり得ないことでした。メアリー・ベルは当時のイギリスで、史上最年少の連続殺人犯としてその名を知らしめ、残忍な犯行やその言動は人々に恐怖を与えました。

メアリー・ベルと友達の最初の犯行

メアリー・ベルには、ノーマ・ベルという友達がいました。同じ「ベル」というファミリーネームですが血縁関係はなく、メアリー・ベルより年上の13歳で、軽度の知的障害がありました。

メアリー・ベルにとっては唯一とも言える友達で、メアリー・ベルの考え方や犯罪にも共感を覚えていました。しかし、メアリー・ベルにとってノーマは、友人というより自分の言うことを聞く都合の良い存在であったようです。ノーマを子分のように従属させ、ほどなくして殺人という犯罪へ手を染めていくことになります。

男児=マーティンブラウンの殺害

1人目の殺人は1968年5月25日、イングランド北部のニューカッスルにあるスコッツウッドという町で、メアリー・ベルは当時4歳だったマーティン・ブラウンを空き家に来るように促し、背後から首を絞めて殺害しました。

マーティンの遺体を発見したのは、工作に必要な材木を探して空き家に忍び込んだ3人の少年でした。少年たちは慌てて大人に助けを求め、人工呼吸を施しましたが既に亡くなっており無駄でした。

少年の1人ウォルターは吐き気がして、窓から顔を出し深呼吸をしました。その時、メアリー・ベルとノーマ・ベルがこちらに近づいてくるのが見えました。

2人は壊れた勝手口から現場の空き家に入り、階段を上がろうとしました。ウォルターが「入ってきちゃダメだよ」と制止しましたが、「いいじゃん、だって警察も私がここにいるって知ってるんだもん」と言い張り無理に上がってこようとしたので、ウォルターは2人を追い出しました。

事故死として処理される

口から血の混じった唾液が付着している以外、服も綺麗で、争った形跡や外傷もありません。遺体の近くには空になった薬の瓶が転がっており、警察はマーティンが薬を大量に誤飲してしまったための事故死であると断定しました。

のちに警察によって調べられた結果、マーティンの脳に出血があったことは確認されたものの、他に殺人である証拠は見つかりませんでした。そのため、警察は事件性が低いと判断し、捜査は打ち切りになりました。

殺害後のメアリー・ベルの行動

犯行の翌日から、メアリー・ベルとノーマ・ベルは毎日のようにマーティンの母親のもとを訪ねます。そして、母親に「子供が死んで悲しい?」「子供が死んだ時って、どんなことを考えたの?」「ねぇ、今ってどんな気持ち?」と繰り返し質問しました。

最初は自分を慰めてくれていると思っていたマーティンの母親も、薄笑いを浮かべながらあまりにも無神経な質問を繰り返すメアリー・ベルに違和感を覚えます。

別の日には「マーティンはいますか?」とメアリー・ベルに尋ねられ、マーティンは死んでしまったと答えると、メアリー・ベルは何かを探すように辺りを見回して「死んだのは知ってるわ。マーティンが棺に入っているところが見たいのよ」と言ってニヤニヤしていたそうです。
 

警察に挑発するメモを送る

マーティン・ブラウンの死が事故死として処理されたことに憤慨したメアリー・ベルは、ノーマ・ベルとともに保育所に侵入して荒らし、警察に対して挑発的なメモを残します。

「わたし ころす だからまたくる」「くそったれ わたしたち ころす きをつけろ みっともないうじむし」「わたしたちがマーティン・ブラウンをころした くそったれ げすやろう」「おまえはばかだ だって わたしたちが マーティン・ブラウンを ころしたのだ」「きをつけろよ ころしがあるぞ みっともないうじむしばあさんより まぬけ」

いかにも子供が書いたらしい稚拙な文章ですが、マーティンが事故ではなく殺人であったことをほのめかす内容です。また、次の殺人を示唆する言葉が書かれており、れっきとした殺人予告と言えます。しかし、警察はこのメモを悪質ないたずらとして処理してしまいます。

犯行を口にするも虚言癖と誤解

メアリー・ベルは周囲の住人や警察の人間にまで「私がやったの」と吹聴して回ったり、犯行現場を描いて見せるなど大胆な行動を取ります。しかし、メアリー・ベルに虚言癖があることは周知の事実でした。そのため、どうせまた嘘だろうと誰からも相手にされませんでした。

予告文通りに殺人が行われる

マーティン・ブラウンの犯行から2か月後の7月31日、3歳のブライアン・ハウという男児が行方不明になるという事件が起こりました。

ブライアンの姉パットが弟を捜していた時に、メアリー・ベルとノーマ・ベルが近づき「男の子を探しているんでしょ?男の子は空き地のコンクリートブロックのところにいるわ」と言いました。

しかし、ノーマは「あの子はあそこには絶対行かないわ」と否定し、その場を離れどこかに行ってしまったと言います。パットもそう思ったため、そこには行かず別のところを探し回りました。

メアリー・ベルの示した場所で遺体が見つかる

夜の11時を過ぎて、ようやくブライアンの遺体が発見されました。見つかった場所は、メアリー・ベルの言った通りコンクリートブロックの間でした。

遺体は長い葉と周辺に生えていた紫の花で覆われ、鼻にひっかき傷、口からは血の混じった唾液の泡が垂れており、首には絞められたような圧痕が残っていました。

さらに、胴体や足に切り刻まれた傷跡があったうえに、腹部にはカミソリで「M」という字が刻まれていました。側の草には鋏が置いてあり、片方の刃は折れ、もう片方の刃は曲がっていました。

ようやく絞殺と断定

警察による検視の結果、子供による絞殺と断定されました。大人であれば、絞殺の場合必要以上の力を加えますが、本件ではほとんど力が加えられていなかったからです。太ももや陰嚢から見つかった刺し傷も皮膚が裂ける程度の軽微なもので、このことも子供の犯行であることを裏づけていました。

この件を担当した刑事は、2ヶ月前のマーティン・ブラウンの件を思い出しました。そして、状況が似ていることから「マーティンもまた、子供によって絞殺されたのではないだろうか?力が弱いから圧痕が残らなかったのでは?」という疑念を抱きます。後の検視で、1人目の被害者であるマーティン・ブラウンの死因も絞殺であったと判明しました。

劇場型事件の発端

劇場型事件の犯人は、犯行声明を送りつけたり捜査機関を煽ることで、注目を浴びることを目的としているケースがほとんどです。

メアリー・ベルもまた、一度目の事件で世間から注目を浴びたいという願望がありましたが、事故死として処理されたために失敗に終わってしまいました。殺人こそ成し遂げたものの、一番の目的は果たせなかったのです。

今回の事件でも注目を得られないのではないかと危惧したメアリー・ベルは、ブライアンの腹部にカミソリで「M」の文字を刻みました。これはメアリーの頭文字からとった「M」です。その後鋏でブライアンの髪を切り、男性器を切断するという凌辱を加えています。

凶器の鋏を元に逮捕される

警察はスコッツウッドの約1000軒の家庭を訪ね、3歳から15歳までの子供たち約1200人に質問用紙を配付しました。回答に特に矛盾が多かったのが、メアリー・ベルとノーマ・ベルでした。

尋問では、姉のパットにブライアンの居場所を教えたにも関わらず、2人ともブライアンを見なかったと嘘をついたり、殺人についての質問になると終始ニヤニヤと笑うなど、その態度は他の子供たちとは明らかに違って異常なものでした。

犯人をでっちあげるも失敗

8月2日、改めてメアリー・ベルを尋問すると、彼女の方から思い出したことがあると言い出しました。

その内容は「ブライアンが殺された日、体中に草や紫の花をつけた男の子が、壊れた鋏で遊んでいた。その子は猫の尻尾を切ろうとしていたが、突然ブライアンを殴り始めた」というものでした。

現場に残された鋏について情報を公表していなかった警察は、メアリー・ベルの証言を重要視し、その少年を尋問しました。しかし、その少年には確固たるアリバイがあったため、鋏について知っていたメアリー・ベルが容疑者として浮上しました。

8月4日、改めて尋問を受けたノーマが全て正直に話したことで、犯行の経緯や物的証拠の隠し場所などが判明し、翌8月5日の真夜中にメアリー・ベルは連行されました。

拘置所での様子

拘置所に猫が現れた時、メアリー・ベルはその猫を思いきり強く抱きしめ、窒息させようとしました。婦人警官は、そんなことをすると猫が死んでしまうと注意しました。

すると、メアリー・ベルは「猫はそんなこと感じていないわ。私はやり返せない小さなものを痛めつけるのが好きなの」と答えたと言います。

また、取り調べの際には驚くほど豊富な語彙で、自分たちがした恐るべきことを詳細に語りました。取り調べに付き添った看護師はメアリー・ベルについて、子供とは思えないほど頭が良いが、感情というものを持ち合わせていないという印象を受けたそうです。

メアリー・ベル事件の判決内容

史上最年少の連続殺人犯であるメアリー・ベルと、その共犯者であるノーマ・ベルの裁判の行方に、イギリス中が注目しました。メアリー・ベルは、裁判でもその子供とは思えない言動で世間を驚かせました。

2人の少女には、それぞれどのような判決が下されたのでしょうか?裁判の様子と、その判決内容を追っていきます。

裁判中にかつらを笑う

1968年12月5日、メアリー・ベルとノーマ・ベルの裁判が始まりました。裁判が始まり裁判官が入廷すると、ノーマは不安そうな表情で両親の方を見ていましたが、メアリー・ベルはかつらを被った裁判官に興味をもち、面白そうに笑っていたといいます。

無表情で憮然とした態度で臨む

共犯者であるノーマ・ベルが動揺したりしばしば涙ぐんだりしているのに対して、メアリー・ベルはまるで人形のように表情一つ変えず、終始憮然とした態度でした。しかしながら、供述に関しては11歳とは思えない豊富な語彙で、傍聴人が驚くような話術で事件について語りました。

母親が裁判を妨害

母親ベティ・ベルは、厚化粧にだらしないブロンドのかつらを被り、感情的に泣き叫んだり度々ヒステリーを起こしたりと何度も裁判の進行を妨げました。これに対しても、メアリー・ベルは動揺することなく冷静に見ていたと言います。

母親のこのような姿を見ても動じないところを見ると、いかに母親が普段から感情をコントロールできないヒステリックな人間なのかが分かります。メアリー・ベルにとって、これは見慣れた当たり前の光景だったのでしょう。

供述を一転して混乱を呼ぶ

メアリー・ベルは裁判の中で、殺人事件に対して犯行の事実を認めていましたが、突然「全部ノーマがやったことです。私は怖くてノーマに従っていただけです。私は無実です」などと供述を一転させて裁判を混乱させました。

最終的な判決内容は、ノーマ・ベルは無罪、メアリー・ベルは有罪判決で、メアリー・ベルは矯正施設に送られることになりました。ノーマ・ベルはこの日に釈放されていますが、保育所への不法侵入で保護観察処分がつきました。

メアリー・ベルの現在

メアリー・ベルは23歳で晴れて自由の身になりました。出所から4年後に娘を出産し、その娘にも子供が産まれたことで現在メアリー・ベルは祖母になっています。現在どこに住んでおり何をしているのかについては、色々な噂がありますがどれも定かではありません。

しかし、子供や孫に恵まれ、一見すると1人の女性として幸せを手にしたようにも見えますが、そこに至る現在までの道のりは決して平坦なものではありませんでした。

出所後も母親の邪魔が入る

有罪判決後、メアリー・ベルは矯正施設や刑務所などを転々とします。1977年には、矯正施設を脱走するという事件を起こしましたが3日で逮捕され、その後1980年に釈放されました。

出所後は名前を変えてひっそりと生活していましたが、母親のベティがマスコミにメアリー・ベルの情報を売っていたため、メアリー・ベルの出所は世間に公表されてしまいました。静かな暮らしができるはずだったメアリー・ベルの邪魔をしたのは、またしても母親だったのです。

母親のお金稼ぎの道具にされる

有罪判決後から、母親のベティはお金欲しさにメアリー・ベルについての嘘の情報をマスコミに提供していました。その後アルコール依存症にもなっていたベティは、結局死ぬまでお金のために娘の情報を売り続けていたと言います。

1984年に女児を出産

出所後メアリー・ベルは若い男性と付き合い、1984年に女児を出産しています。仮釈放の期限である1992年までは裁判所の監督下にありましたが、育児は許可されていました。

その後メアリー・ベルはこの男性と別れ、別の男性と結婚して小さな村に移り住みます。しかし、メアリー・ベルの前歴を村の人々に知られてしまい、「人殺しはここから出て行け!」というデモが起こり村から追い出されてしまいました。

子供の成人をきっかけに実名を名乗る

メアリー・ベルは、子供の成人を機に実名を名乗ることを決断しました。そして、自伝本を出版するにあたって、自分の過去の過ちを全て一人娘に打ち明けました。

娘は、メアリー・ベルの過去を受け入れたそうです。殺人という大きな罪までも受け入れたのは、きっと母親のことを愛しているからでしょう。少なくとも、メアリー・ベルは娘にとって、ベティのようなひどい母親ではなかったことが分かります。

裁判で生涯の匿名性を勝ち取る

メアリー・ベルの娘の匿名性保護期間は本来18歳までしたが、2003年、メアリー・ベルは最高裁で自分と娘の生涯にわたる匿名の権利を勝ち取りました。

その後、生涯の匿名性はロンドンの最高裁で更新され、メアリー・ベルの「Z」という敬称で知られる孫の匿名性も約束されることになりました。

これに対し、被害者マーティン・ブラウンの母親は「最高裁が下した判決はメアリー・ベルを守るためだけのものであり、加害者にはあるその権利が、私たち遺族にはありません」と怒りをあらわにしました。

メアリー・ベルは裁判で生涯の匿名性を勝ち取って以降、マスコミに追われることはなくなりました。そのため、現在の消息は分かっていないということです。

自伝小説を出版

メアリー・ベルは事件から30年後に自伝小説を出版しました。そこには、3歳と4歳の2人の幼児を殺したメアリー・ベルとその共犯の少女のこと、事件の様子や裁判の記録などが主に記されています。

30年も経ってから自伝を出版した目的や、自伝を通じてメアリー・ベルが人々に伝えたかったこととは何だったのでしょうか。

メアリー・ベルの「魂の叫び」

メアリー・ベルは1999年に自伝小説「魂の叫び」という本を出版し、再びセンセーションを巻き起こしました。事件を起こした時の心理状況や、当時のイギリスの下層階級の問題についても触れています。

この本には、事件の実際の様子と、メアリー・ベルの「振り返って」という思いが載せてあります。しかし、虚言癖があると言われているメアリー・ベルの自伝なので、本人がどこまで本心を語っているのかは定かではありません。

事件から30年後に出版

本の出版によって事件がまた明るみに出ることになり、遺族は30年経ってまた心の傷をえぐられる思いをしたことでしょう。大切な家族を奪われた日のことを、嫌でも詳細に思い出したに違いありません。

また、自伝本を出版したことで「自分が犯した罪で金儲けをするな」といった批判的な意見も多数あったと言われています。それは当然の批判であり、遺族の立場としては許し難いことであるのは間違いないでしょう。
 

事件の闇を解明

メアリー・ベルは自伝の中で改めて事件のことを振り返りながら、なぜ事件を起こしてしまったのか、その背景には何があり、何が要因となってしまったのかということを事細かに綴っています。

また、イギリス下層階級の問題についても触れています。そこでは、自身の育った劣悪な家庭環境と同じような環境に目を向け、道徳観や倫理観を身につけられないまま成長し、未成熟のまま大人になってしまう人間が現在増えていると危惧しています。

メアリー・ベルは自身も社会の被害者であると訴えると同時に、自身が起こした事件と同様の事件が起きないよう、この本を通して警鐘を鳴らしているのです。

母親が全ての元凶?

メアリー・ベルは自伝の中で「自分は被害者である。殺人は出来心だった。ひどい親に育てられ、愛情が足りなかったから殺人を犯した」と語っています。母親のベティ・ベルは、娘に産まれる前も産まれてからも一切の愛情を注ぎませんでした。

守り慈しんでくれるはずの母親から愛されず、また、自分の本当の父親も分からない。このような異常な家庭環境は、幼い少女の人格や精神を歪んだ方向に形成する大きな要因になったに違いありません。

さらに、メアリー・ベルは4~5歳の頃に母親から娼婦の真似事をさせられており、母親の客から性的虐待も受けていました。もっとまともな母親に育てられていたなら、きっとメアリー・ベルは人を殺すことはおろか、サイコパスの気質さえ持つことはなかったでしょう。

犯した罪は生涯消えることはない

メアリー・ベルは2人の尊い命を奪いましたが、自身は家庭を持ち、幸せを手に入れました。娘や孫の姿を見て、自分の犯した罪を回顧したことはあったのでしょうか。

メアリー・ベル事件は現在、母親の愛情不足が生んだ悲しい事件とも言われていますが、環境のせいであっても、人の命を奪ったことは一生背負っていくべき大きな罪です。大切な命を奪われた家族もまた、癒えることのない深い悲しみを一生背負っていかなくてはならないのです。

メアリー・ベルの現在の心境については明らかではありませんが、少しでも自身の過去の過ちに対して悔いる気持ちを持っているならば、遺族にとってはせめてもの救いになることでしょう。

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この記事のライター
frsam
ライティング初心者ですが、楽しみながらできるようになりたいです。よろしくお願いします。

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