京都長岡ワラビ採り殺人事件の真相とは?【未解決事件】

長岡京殺人事件をご存知でしょうか?京都府長岡京市の主婦2人が惨殺死体で発見された事件です。主婦たちはワラビ採りの最中に悲劇に見舞われてしまいました。長岡京殺人事件はいまだ解決されていません。残虐な未解決事件の真相に迫ります!

京都長岡ワラビ採り殺人事件の真相とは?【未解決事件】のイメージ

目次

  1. 1未解決事件「京都長岡ワラビ採り殺人事件」の真相とは?
  2. 2京都長岡ワラビ採り殺人事件の概要
  3. 3京都長岡ワラビ採り殺人事件の容疑者候補
  4. 4犯人の動機は?
  5. 5ワラビ採りに行った主婦は三人いた?
  6. 6京都長岡ワラビ採り殺人事件のその後
  7. 7他にもある未解決事件
  8. 81人1人の心がけで未解決事件は減らせる!

未解決事件「京都長岡ワラビ採り殺人事件」の真相とは?

「長岡京殺人事件」と聞いてピンとこなくとも、「京都長岡ワラビ採り殺人事件」と聞くと記憶にある人は多いのではないでしょうか?

「長岡京殺人事件」は今から40年も前に起きた殺人事件です。その手口の残虐さと現場に残されたメモにより、当時の人々を震撼させ、また注目を集めました。

「長岡京殺人事件」はいまだ解決に至っていません。いわゆる未解決事件です。今回は、事件の概要や捜査の状況などを振り返り、その謎の真相に迫っていきます!

京都長岡ワラビ採り殺人事件の概要

「長岡京殺人事件」、通称「京都長岡ワラビ採り殺人事件」は今から40年前の1979年5月に起きました。被害に遭ったのは2人の主婦です。

「長岡京殺人事件」がなぜ「京都長岡ワラビ採り殺人事件」と呼ばれるようになったのか、事件の概要を知りますとその真相がわかります。

ワラビ採りをした主婦2人の殺害

1979年5月23日、長岡京市内の長岡天神駅前にありますスーパーマーケット「いずみや(現・イズミヤ)」でパートをしていた主婦2人が、仕事が終わったあとに近くの山の竹林にワラビ採りに向かいました。

その日の夜、帰ってこない妻を心配した1人の主婦の夫が単独で山へ捜しに行きますが、主婦らは見つかりませんでした。翌日の朝から、今度はもう1人の主婦の夫と共に再び捜しに出かけますが、やはり見つかりません。

24日14時50分、2人の主婦の夫らが向日町署に捜索願を提出します。しかし、その日は山の登山道近くの畑で主婦2人の自転車が見つかっただけに留まりました。

最終的に署員や消防団員、主婦らの職場の同僚なども加わり総勢120名ほどで捜索が行われ、5月25日の10時30分頃、山頂付近で遺体となった主婦2人が発見されました。

一人は絞殺でもう一人は刺殺

主婦2人は何者かに殺害されており、直接的な死因は1人は首を絞められたことによる窒息死、もう1人は胸を刺傷したことによる失血死でした。

窒息死した主婦は当時43歳でした。発見当時、全身には約30ヵ所の皮下出血があり、手拳や蹴り上げられたような跡が見られました。左右で計9本の肋骨が折れ、肝臓は破裂していました。かなりひどく殴打されたことがわかります。

もう1人の主婦は当時32歳でした。こちらもやはり全身に約50ヵ所以上の皮下出血が見られ、手拳や蹴り上げられたような跡がありました。

発見時うつ伏せに倒れていた32歳の主婦は、仰向けにすると胸には包丁が突き刺さったままでした。包丁は肋骨を切断して心臓から肺にまで達しており、死因へと結びつきました。

金品は手つかず

殺害された主婦2人はワラビを採り、そこで昼食をとった後に殺害されたと見られています。胃の内容物から、犯行時刻は正午過ぎから14時半の間と推測されました。

主婦2人のリュックには食べたあとの空の弁当箱、採ったワラビ、そして財布が入っていました。財布からお金を奪われた形跡はありませんでした。

「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」のメモ

「長岡京殺人事件」がこれほど有名になったのは、遺体から見つかったあるメモが大きな要因の1つです。それは、43歳の主婦が身につけていた衣服のポケットから発見されました。

メモは主婦らが勤めていたスーパーマーケットのレシートで、その裏面に「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」と鉛筆で走り書きされていました。後に43歳の主婦が書いたものだと判明します。

もう1人の主婦が暴行されている隙に犯人の目を盗んで書かれたものと思われますが、真相は定かではありません。このメモの内容から様々な憶測が飛び交い、「長岡京殺人事件」はセンセーショナルなものになりました。

使われた鉛筆の捜索はすぐに行われましたが、鉛筆そのものはとうとう発見されずじまいでした。後日、殺害現場から少し離れたところで芯の先端だけが見つかりました。

性的暴行を受けていた?

43歳の主婦の遺体は、シャツが乱れていましたが下半身の衣類はきちんと身につけていました。しかし、調べてみますと体内からは体液が検出されました。殺害される前に性的暴行を受けていたと見られています。

もう1人の32歳の主婦の遺体は、下半身の下着やストッキングが引き裂かれ、本人のものと思われるジーパンや靴が遺体の近くに散乱していました。状況から性的暴行を受けた可能性がありましたが、体内から体液は検出されませんでした。

しかし、32歳の主婦の遺体には本人のものではない体毛が付着していました。O型の血液型と判明しています。さらに膣の内壁が剥がれており、膣に異物を挿入された形跡がありました。やはり32歳の主婦も性的暴行を受けていたと見られています。

被害者はアキレス腱を切られていた

「長岡京殺人事件」の被害者、2人の主婦の遺体はアキレス腱を切られていたと言われています。真相はわかりませんが、犯人が逃亡できないようにしたとしか思えません。事実ならば卑劣極まりないことです。

美竹台住宅地の裏山が舞台

「長岡京殺人事件」の舞台となったのは、京都府長岡京市にあります「奥海印寺」の竹林です。美竹台住宅地の裏山にあたります。周辺の住民たちは「野山」と呼んでいました。

野山は、地元の人がピクニックがてら山菜採りに訪れる場所でした。43歳の主婦も、以前からワラビ採りによくこの場所を訪れていました。

しかし、野山は木や竹が鬱蒼と生い茂り昼間でも薄暗い場所でした。たびたび不審者の目撃情報があり、実際にレイプ事件も発生していました。けして治安が良いとは言えない場所で「長岡京殺人事件」は起きてしまいました。

事件は未解決

「長岡京殺人事件」を解決に導くための大きな手がかりは、唯一残された犯人のものと思われる遺留品の包丁と、複数寄せられた不審人物の目撃情報でした。そこから「長岡京殺人事件」の真相を暴くために警察は奔走しました。

犯人は手袋をしていたのか、包丁から指紋は検出されませんでした。岐阜県関市で製造された7万本のうちの1本であるところまで突き止めましたが、その後の販売ルートは判明しませんでした。

頼みの綱の不審人物の目撃情報についても、決め手に欠け、有力な手がかりを得ることはできませんでした。そうして「長岡京殺人事件」は未解決事件となってしまいました。

京都長岡ワラビ採り殺人事件の容疑者候補

「長岡京殺人事件」は、2人の主婦が一度に被害に遭っていることから、複数犯の可能性も視野に入っていました。

警察には、いくつかの不審人物の目撃情報が寄せられました。その中には重要参考人として取り調べを受けた人物もいましたが、逮捕までには至りませんでした。

武道に長けたO型男性?

「長岡京殺人事件」の発生後、犯行時間内に野山から駆け足で下りてくる人物がいた、と情報が寄せられました。長岡京市内に住む男性です。

男性は血液型がO型で、しかも空手の経験者でした。警察は、被害者の遺体の状況から犯人は武道に長けている人物ではないかと推測していましたので、条件に合います。

男性は重要参考人として取り調べを受けましたが、犯行当日は1日中別の場所にいたことが判明しました。

市内在住の不良二人

5月23日、「長岡京殺人事件」が起きた直後と思われる14時頃に、現場となった野山から急ぎ足で下りてきた2人組の男性を地元の人が目撃していました。

男性2人組は、地元の建設会社に勤める28歳と26歳でした。2人のうち1人が空手の心得があり重要参考人として取り調べを受けたとのことですので、1人は先にご紹介しましたO型男性のことと思われます。

2人は性格が粗暴で、たびたびケンカを売るような不良でした。また、事件後の夜に2人が一方の自宅前で何やらヒソヒソ話をしていたこともわかっていました。

しかし、2人が勤務していた建設会社の社長が2人のアリバイを証言し、2人は犯人確定とはならず釈放されました。

20代後半の男性二人

「長岡京殺人事件」の被害者となった2人の主婦が野山に入っていった10分後くらいに、25~30歳くらいの男性2人組が同じく野山に入っていったという情報も寄せられました。

「長岡京殺人事件」が起きた頃は山菜採りのシーズンで、事件当日も野山には15~16人が入山していました。また、付近には宅地造成地があり多数の作業員の出入りがありました。

不審人物の目撃情報は少なからず寄せられたのですが、この25~30歳くらいの男性2人組についてはとうとう身元を判明できませんでした。

作業服を着た40代の男性

「長岡京殺人事件」の容疑者として最も疑いが強かったのが、作業服を着た40代の男性でした。男性は「長岡京殺人事件」が起きた1年前の同じ時期に、被害者と同じようにワラビ採りをしていた主婦に声をかけています。

男性は身長が170cmくらいで、ねずみ色の作業服を着ていました。手には長さ30cmほどの包丁を持ち、主婦に向かって「奥さん、ワラビ採れますか?」と声をかけたと言います。主婦は驚いて、離れた場所にいた夫と子供のもとへ走って逃げました。

主婦の証言をもとに似顔絵が作成され、「長岡京殺人事件」発生から3ヵ月後に一般公開されました。しかし、やはり身元が判明できずに真相は闇の中です。

犯人の動機は?

「長岡京殺人事件」の犯人の動機は、犯人が見つかって逮捕されない限り、その真相は誰にもわかりません。わからないからこそ、周囲では「長岡京殺人事件」の犯人の動機について様々な憶測が飛び交いました。

被害者二人のいじめが原因?

「長岡京殺人事件」の被害者となってしまった2人の主婦は職場で好かれていて、事件の発生を多くの人が悲しみました。

43歳の主婦は口数こそ少ないけれど面倒見が良く、職場でとても頼りにされていました。32歳の主婦もほがらかで明るく職場のムードメーカーであり、2人が職場になくてはならない存在だったことがわかります。

しかし、そんな主婦たちが人をいじめていたという噂が上がりました。43歳の主婦は、被害者ではない別の主婦と人をいじめていて、それが「長岡京殺人事件」の犯人ではないかと言うのです。

知り合い男性に復讐を依頼?

「長岡京殺人事件」の当日、32歳の主婦はワラビ採りに行く予定ではなかったと言います。43歳の主婦になかば強引に誘われ、しかたなく行くことになりました。

43歳の主婦が32歳の主婦と一緒に野山にワラビ採りに行くことを知った犯人は、2人とまったく接点がない知人の男性に犯行を依頼しました。「長岡京殺人事件」の真相は、いじめられていた犯人の復讐だったと言います。

確かに、2人の主婦の遺体の執拗な殴打の跡には、相当な恨みが込められているように思えます。しかし、それらはあくまで噂話に過ぎません。主婦2人が亡くなってしまい、犯人が見つからないままでは真相は誰にも知るよしはありません。

ワラビ採りに行った主婦は三人いた?

「長岡京殺人事件」の被害者である2人の主婦の他に、ワラビ採りには実はもう1人の主婦も一緒だったという話があります。43歳の主婦と犯人をいじめていたとされる主婦でした。

3人目の主婦は先に1人で下山しており、「長岡京殺人事件」の被害に遭うのを免れました。警察はもちろんこの事実を把握していましたが、事件が解決しないままでは、主婦が事件に巻き込まれる可能性があり公表を控えたのです。

この話も確証があるものではありません。しかし、「長岡京殺人事件」から5年後、3人目とされる主婦は長岡京市内の自宅で何者かにメッタ刺しにされ、布団に包まれた状態で火をつけられ殺害されました。

真相はわからないとは言え、同じ市内で続けて起きた事件に偶然とはとても思えません。もし事実だったとしたら、犯人の相当な執念を感じる事件です。

京都長岡ワラビ採り殺人事件のその後

京都で起こったセンセーショナルな「長岡京殺人事件」は、その後テレビドラマにもなりました。その話題性の高さが窺えます。

未解決のまま時効になる

犯人が残したと思われる包丁、そして複数の目撃情報があったにもかかわらず、「長岡京殺人事件」はとうとう解決に至ることができませんでした。そして、その後も有力な手がかりを得ることができないまま、1994年5月24日に公訴時効が成立しました。

関連ドラマ「天使と悪魔ー未解決事件匿名交渉課」

「長岡京殺人事件」から36年後の2015年、金曜日の深夜枠で「天使と悪魔ー未解決事件匿名交渉課」というドラマが放送されました。

剛力彩芽さん演じる蒔田ヒカリが、天才弁護士と言われる茶島と共に過去の未解決事件を再捜査していく内容です。その第5話である「あけび山の殺人事件」は「長岡京殺人事件」をモチーフにしたものでした。もちろん、舞台は京都府長岡京市ではありません。

ドラマでは、犯人の動機は怨恨でした。同僚によるいじめや不倫など、実際の事件の概要に当時週刊誌に書かれていたネタなどが織り交ぜられています。

何十年も経ってからドラマに取り上げられるとは、「長岡京殺人事件」の人々への衝撃度が今もなお大きいものであることがわかります。

他にもある未解決事件

「長岡京殺人事件」以外にも、残念ながら未解決となってしまった事件はあります。そのうちの衝撃的な2つの事件をご紹介します。

名古屋妊婦切り裂き殺人事件

「名古屋妊婦切り裂き殺人事件」は、1988年3月18日に愛知県名古屋市で起きた事件です。当時31歳だった夫が会社から帰宅し、部屋で倒れている妻を発見しました。

妻の死因は絞殺でした。恐ろしいのは、殺害後にお腹を縦38cmに渡って切り裂かれていたことです。妊婦だった妻のお腹からは赤ちゃんが取り出され、代わりに子宮の中には電話機が入れられていました。

夫が発見したとき、母親の横で泣いていた赤ちゃんにも何ヵ所か切られた跡があり、すぐに病院に運ばれました。約1時間の手術の末、赤ちゃんは一命を取り留めました。

財布は奪われていましたが、明らかに強盗目的ではありません。しかし、捜査は進展することなく2003年に時効が成立してしまいました。

グリコ・森永事件

「グリコ・森永事件」の始まりは、1984年の3月に江崎グリコの社長が誘拐されたことでした。その後、犯人から脅迫や放火などが続きます。被害はグリコ以外の大手食品会社数社にまで広がりました。

警察は身代金の支払いに応じますが、犯人は何回も引き渡し場所を変更し、結局姿を現すことはなく逮捕にも至りませんでした。

そして1984年5月、人々を震撼させたお菓子への青酸カリ混入事件が起こります。グリコの社長誘拐と関連していると見た警察は捜査に奔走しますが、手がかりは得られず、2000年に時効が成立しました。

1人1人の心がけで未解決事件は減らせる!

過去を振り返りますと、未解決事件は意外と多いことがわかります。警察独自の捜査はもちろん大事ですが、わたしたちの目撃情報も事件解決の糸口になる部分は大きいのです。

日頃から、周囲の違和感には敏感になっておきましょう。不審さを感じましたら、誰かに相談してみることも大切です。1人1人の心がけが、事件が未解決になって無念な思いや悲しみを抱えてしまう人が少しでも減ることに繋がります。

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この記事のライター
宮川寛美

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