スーパーフリー事件まとめ!早稲田の和田真一郎や被害者の現在は?

早稲田大学のサークルが起こしたスーパーフリー事件。主犯の和田真一郎の発言やギャルズの存在などは当時の世間をざわつかせました。和田真一郎や事件の被害者は現在どうしているのでしょうか?卑劣なスーパーフリー事件についてまとめました!

スーパーフリー事件まとめ!早稲田の和田真一郎や被害者の現在は?のイメージ

目次

  1. 1和田真一郎の起こしたスーパーフリー事件とは?被害者の現在など
  2. 2スーパーフリー事件の概要
  3. 3スーパーフリーはどんなサークル?
  4. 4スーパーフリー事件の関係者
  5. 5スーパーフリーはマスコミや芸能界と繋がりがあった?
  6. 6和田真一郎のその後や被害者の現在は?
  7. 7真実を見定める目を持とう!

和田真一郎の起こしたスーパーフリー事件とは?被害者の現在など

「スーパーフリー事件」をご存知でしょうか?2003年5月に発覚しました、早稲田大学の1サークルが起こした組織的な強姦事件です。

有名大学の学生や有名人による強姦事件は、現在でもたびたび起こり問題になっている卑劣な犯罪です。この「スーパーフリー事件」は、それらと比べましても群を抜いて許しがたい事件です。

「スーパーフリー事件」の主犯であった当時の早稲田大学の学生、和田真一郎はもちろん逮捕されました。しかし、事態はそれで収束したわけではなく、女性スタッフの「ギャルズ」については罪に問われず今も非難の声が上がっています。

当時の世間を騒がせた和田真一郎は、現在どうしているのでしょうか?ギャルズは、そして「スーパーフリー事件」の被害者たちについてはどうなのでしょうか?「スーパーフリー事件」の概要と現在についてご紹介します!

スーパーフリー事件の概要

「スーパーフリー事件」は、大学生が起こしたとは思えない組織的な犯行が特徴でした。それはどのような手口だったのでしょうか?そして、「スーパーフリー事件」はどのような経緯で発覚したのでしょうか?

犯罪に卑劣でないものなどありませんが、その中でも極めて悪質だった「スーパーフリー事件」の概要についてご紹介します。

大学のサークルが起こした事件

「スーパーフリー事件」は、名門として名高い早稲田大学のイベントサークル「スーパーフリー」が起こした事件です。

当時は、どの大学でも「スーパーフリー」のようなイベントサークルが盛んでした。ギャル文化の全盛期でもあり、勧誘目的で作られたサークルのパンフレットは、まるで夜のお店のような写真の撮り方やデザインのものが主流でした。

パンフレットに掲載されていた女性スタッフの写真は、まさしくキャバクラの在籍写真そのもので、勧誘の際にはその写真を自慢げに見せる学生が多かったのです。

「スーパーフリー」は六本木のクラブで定期的にイベントを開いていました。代表者であった和田真一郎には、クラブや音楽関係にコネがあったとされています。

泥酔した被害者を輪姦

「スーパーフリー」のメンバーは、自分たちのサークルが開催するイベントに女性を勧誘していました。そして、イベントに来た女性に無理やり酒を飲ませ、女性が抵抗できないように泥酔させてから、男性スタッフたちで輪姦していたのです

その際には「ギャルズ」と呼ばれる女性スタッフたちに外から見えないように画策させたり、被害者の連れの女性にバレないように工作させたりしていました。組織的と言うと聞こえは良いですが、やり方は姑息そのものでした。

イベントの二次会を利用して強姦を繰り返す

「スーパーフリー事件」の被害者となってしまったのは、後腐れなさそうな女性でした。イベントに慣れていなくてオドオドしていたり、いかにも地方出身者っぽかったりする女性を選んで、「スーパーフリー」のメンバーは声をかけていたのです。

そして、イベント中もあまり楽しそうでなく2度と来ないだろうと思われる女性がいたら、二次会でVIPルームなどに誘い出します。ゲームをして盛り上げながら、女性に無理やり酒を飲ませました。この役割は「和み班」と呼ばれるメンバーが請け負っていました。

女性を酔い潰すとどめの酒と呼ばれるものがありました。アルコール度数96%のリキュール「スピリタス」を各種サワーに混ぜたものです。「スーパーヤリヤリサワー」という隠語で呼ばれていました。酒でだめな場合は、睡眠錠剤で眠らせることもありました。

酒に酔い、まったく抵抗ができなくなった女性を男性スタッフたちで輪姦しました。実行するのは「鬼畜班」と呼ばれるメンバーでした。「スーパーフリー事件」として発覚するまで、「スーパーフリー」は一連のことをイベントのたびに繰り返していたのです。

最後の事件の被害者が警察に通報

「スーパーフリー事件」として起訴されましたのは、たったの3件です。「スーパーフリー」はイベントのたびに犯行を繰り返していたため、実際の被害者は400人にものぼると見られています。

「スーパーフリー事件」の被害者となってしまった女性たちは、被害の内容が内容だけに公にしたくない気持ちが大きかったと思われます。のちに加害者となったパターンもありますが稀な例で、ほとんどの被害者は泣き寝入りしてしまったのでしょう。

「スーパーフリー事件」として起訴されました3件は次の通りです。その中の最後の事件の被害者が、勇気を持って麻布警察署に被害届を提出しました。2003年5月18日のことでした。その後の6月19日、早稲田大学の和田真一郎と幹部メンバーが逮捕となりました。

2001年12月19日

東京都豊島区高田にありました和田真一郎の自宅兼事務所で、「スーパーフリー」のイベントの二次会と称して鍋パーティーが行われました。そこで和田真一郎らは19歳の女性を泥酔させ、メンバーの3人で輪姦しました。

2003年4月27日

東京都六本木の居酒屋で、「スーパーフリー」のイベントの二次会が催されました。そこで和田真一郎らは18歳の女性を泥酔させ、人通りのない場所の玄関マットの上に寝かせました。その後、女性をメンバーの13人で1時間半にわたって輪姦しました。

2003年5月18日

東京都六本木の居酒屋で、「スーパーフリー」のイベントの二次会が催されました。そこで和田真一郎らは20歳の女性を泥酔させ、人通りのないエレベーターフロアに連れ出し、メンバーの5人で強姦しました。

和田を含めた幹部14人に実刑判決

2003年5月18日、被害者が麻布警察署に被害届を提出したことで、1ヵ月後の6月19日、早稲田大学の和田真一郎と「スーパーフリー」の幹部メンバー13人が逮捕されることとなりました。後々まで世間の注目を集める「スーパーフリー事件」の発覚です。

その後の裁判で和田真一郎には懲役14年、その他の幹部メンバー13人にはそれぞれ懲役10年~2年4ヵ月の実刑判決が下されました。2004年の11月2日のことでした。

しかし、和田真一郎は判決を不服とし、11月17日に控訴しました。翌年の2005年6月、和田真一郎は最高裁に上告しますが、11月1日には棄却されます。このことからわかりますように、和田真一郎に反省の色はまったく見えません。

逮捕後には、和田真一郎は刑務所内で「スーパーフリー事件は派手にやり過ぎた」「被害者は基本的にヤリマンが多かった」「アフターフォローが甘かった」などと発言しています。更生する気配がまるで感じられません。

女性スタッフの本田朋子も参加?

「スーパーフリー事件」の発覚によって、逮捕された14人の他にも事情聴取されたメンバーは多数いました。「スーパーフリー」には男性スタッフだけでなく、女性スタッフもいました。「ギャルズ」と呼ばれる女性たちです。

同じサークルにいて「スーパーフリー事件」に何らかの関わりはあったと思われますが、「ギャルズ」については1人も検挙されていません。このことについては警察に非難の声が上がりました。

その「ギャルズ」には、元フジテレビアナウンサーの本田朋子アナがいたという噂があります。本田朋子アナは「スーパーフリー事件」に関して公に触れたことはありません。不自然なほどで、まるで本人の前でその単語を出すこと自体がタブーのようです。

しかし、本田朋子アナが「ギャルズ」であったという裏はまったく取れていません。本田朋子アナの元カレが「スーパーフリー」の関係者で、その元カレが流したデマではという説もあります。

スーパーフリーはどんなサークル?

「スーパーフリー事件」が発覚し、メディアなどで大々的に取り上げられるようになりますと、早稲田大学のイベントサークル「スーパーフリー」の存在もまた注目され有名になりました。

和田真一郎が代表となり運営していた「スーパーフリー」は、いったいどんなサークルだったのでしょうか?他のイベントサークルとどこが違ったのでしょうか?

名目は「性風俗研究会」

早稲田大学のイベントサークル「スーパーフリー」の発足は、1982年でした。元々は「性風俗研究会」という名目で立ち上げられました。「性風俗研究会」という名目でも、すでにいかがわしい雰囲気が漂っています。

早稲田大学は、学生のサークル活動には鷹揚でした。毎年、新しい学生が入学してくる春に発行されますサークル紹介の冊子には、かなり怪しげな団体も掲載されていました。「性風俗研究会」といういかにもな名目でも問題視されることがなかったのです。

とはいえ、実際に怪しい活動を行っているサークルは大学側から公認されません。「スーパーフリー」は早稲田大学の公認サークルでした。ある程度しっかりとした活動をしていると認められていたことになります。

公認していたサークルが「スーパーフリー事件」を起こすことになるとは、早稲田大学側は思いもしなかったことでしょう。

定期的にパーティーを開催

1982年に発足した「スーパーフリー」は、その5年後には六本木のクラブ「ベルファーレ」などでパーティーを開催するようになりました。

しかし、「スーパーフリー事件」の主犯である和田真一郎が早稲田大学に入学し、「スーパーフリー」の代表に就任するまでは、イベントを行わなくなっていた時期もありました。サークルメンバーが減り続けるなど、停滞していた時期がありました。

和田真一郎が「スーパーフリー」の代表に就任すると同時に、「スーパーフリー」はイベントサークルとして復活します。六本木のクラブで定期的にパーティーを開催するようになりました。

和田真一郎は外部のイベントサークルや、イベントの運営経験者を周囲に招いてそのノウハウを「スーパーフリー」に用いていきました。「スーパーフリー」は和田真一郎によって巨大な権力組織へと変貌していったのです。

サークル「クライス」との関係

明治大学には、元々ヤリサーとして有名だった「クライス」というテニスサークルがありました。ヤリサーとは、つまり女性との性的な関係を目的とするサークルです。

「クライス」はテニスサークルというのは名目で、実際には新入生の女性メンバーを酒で泥酔させ、サークルのOBに献上するということを行っていました。そして、その見返りにOBから就職先を世話してもらっていたのです。

「クライス」のメンバーの中には、「スーパーフリー」と掛け持ちで活動しているメンバーもいました。そのメンバーが和田真一郎に「スーパーフリーも酒で酔わせて女を輪姦しちゃえばいいじゃないですか」というようなことを言いました。

実際に、その後「スーパーフリー」は女性への強姦を始め、「スーパーフリー事件」が発覚するまで続けました。「クライス」は「スーパーフリー」をヤリサーにしたきっかけと言えます。

「クライス」は「スーパーフリー事件」の再来?

2014年、「スーパーフリー事件」の再来か?と言われた事件が起こりました。新宿区歌舞伎町の旧コマ劇場前で、大勢の女性が酒に酔って昏倒していたのです。女性たちは、明治大学のテニスサークル「クライス」のメンバーであることがわかりました。

女性たちは意識を失い、脱糞している人もいました。酒に酔っただけとは思えず、薬を盛られたのではないかともささやかれました。

このときは強姦の被害に遭った女性はいなかったため、立件されることはありませんでした。しかし、一歩間違えば「スーパーフリー事件」のようなヤリサー事件の1つになっていた可能性があります。

スーパーフリーの歴代代表者

「スーパーフリー」には「すーふりの歴史」という会報が発行されていました。その会報には「スーパーフリー」の歴代の代表者たちが、卒業後どんな企業に就職したのかも記載されています。

会報を見ますと、リクルート、三井不動産、東京三菱銀行、エールフランス、日商岩井、富士通、マツダ、三菱自動車、山一證券、博報堂など、歴代代表者たちの就職先は一流企業ばかりです。

「スーパーフリー事件」より前にも、同じような強姦が日常的に行われていたかどうかは、被害者からの申し立てがないためわかりません。

しかし、明治大学の「クライス」では、女性を献上することで就職先の世話をお願いしていました。確証はありませんが、「スーパーフリー」でも同じことが行われていた可能性は大きいのではと考えられます。

スーパーフリー事件の関係者

「スーパーフリー事件」にはどのような人物が関わっていたのでしょうか?主犯である和田真一郎や「スーパーフリー」の幹部メンバーについてご紹介します。

早稲田大学のイベントサークル「スーパーフリー」には、有名人も数多く所属していたと言われています。サークルのホームページには名前と顔写真が掲載されていましたが、「スーパーフリー事件」後には削除されていました。

誰も「スーパーフリー」と関係があることは口にしません。ホームページから削除されなかったことになっている以上、特定することは難しいでしょう。情報は数少ないですが、その中で「スーパーフリー」と関係があったと思われる2人の有名人をご紹介します。

第13代目代表の和田真一郎

和田真一郎は「スーパーフリー」の第13代目の代表でした。1995年~2003年までの8年間、代表を務めています。「スーパーフリー」は「スーパーフリー事件」の発覚後に解散していますので、和田真一郎は最後の代表者ということになります。

和田真一郎は、早稲田大学のプロ学生でした。在籍できる最大8年間の間に卒業に必要な単位が取得できなかった場合、そして授業料の未納が続いた場合には除籍となってしまいます。和田真一郎は2000年の3月、授業料未納で1度除籍されています。

しかし、その頃には「スーパーフリー」は単なる大学内のサークルではなく「有限会社スーパーフリー」として法人化されていました。和田真一郎が運営し、イベントでの集金システムを完成させていました。

1度早稲田大学を除籍となっていた和田真一郎ですが、2002年には再入学を果たしています。和田真一郎は学生の身分であり続けることで、外部からの隠れ蓑とし、サークル自体の健全さをアピールしていたのです。

和田真一郎のプロフィール

和田真一郎の簡単なプロフィールをご紹介します。和田真一郎は新潟県で生まれました。小学6年生のときに、東京の三鷹市に一家で転居しました。

和田真一郎は三鷹高校に進学し、1993年に中央大学に入学します。しかし、1994年には早稲田大学の政治経済学部に編入の形で入学し直しました。その翌年の1995年には「スーパーフリー」の代表に就任しています。

2003年の3月、和田真一郎が7年生のときに授業料の未納により大学を除籍となります。その2年後、今度は早稲田大学の第二文学部に再入学を果たしました。「スーパーフリー事件」の発覚後は退学処分となっています。

中学時代は地味だった

イベントサークルの代表と聞きますと、その容貌は相当派手な印象を受けます。ところが、和田真一郎はとても美男とは言いがたい、一見しますと地味なおじさんといった感じです。

中学時代の同級生の話ですと、和田真一郎は当時は根暗でオタクっぽかったと言います。実際に、中学生の頃の和田真一郎の写真はとても地味で真面目そうです。大学生になっても容貌自体はそれほど変わらなかったことがわかります。

しかし、「スーパーフリー事件」の関係者によりますと、和田真一郎にはとにかくカリスマ性があったと言います。組織作りの才能があり、人を動かすことに関しては天才だと言われていたのです。

和田真一郎はイベント時には白スーツでビシッと決めて、そのギャップが周囲の人間の心を掴んでいました。さらに、普段の冴えない風貌は女性に警戒心を抱かせないということにも役立っていました。

幹部は全員逮捕

「スーパーフリー事件」の発覚により「スーパーフリー」は解散となり、和田真一郎と幹部メンバーらが逮捕されました。女性の強姦を実行していた「鬼畜班」と呼ばれるメンバーは上位幹部によって構成されていましたので、幹部は全員が逮捕ということになりました。

「スーパーフリー事件」で逮捕された幹部メンバーは、早稲田大学から和田真一郎、沼崎敏行、小林潤一郎、若松直樹の4人です。

残りは、吉野豪洋(法政大学)、藤村翔(日本大学)、小泉創一郎(産能大学)、高山知幸(東京大学)、小林大輔(駒澤大学)、関本雄貴(フリーター)、岸本英之(慶應義塾大学)、宇田篤史(明治大学)です。名門大学の学生がほとんどでした。

早稲田大学以外の在籍者も

「スーパーフリー事件」で逮捕された幹部メンバーの大学名を見てわかりますように「スーパーフリー」には早稲田大学の学生だけじゃなく、他大学の学生も多く在籍していました。

大学のサークルには2種類あり、その大学の学生のみで活動するサークルと、「インカレサークル」という他の大学の学生でも在籍できるサークルがあります。「スーパーフリー」はインカレサークルでした。

とはいえ、サークルの幹部を他の大学の学生がここまで多く占めているサークルは珍しいです。サークルの実情が、和田真一郎を中心に集客力、実務能力、女性の調達力など実力主義だった背景が見て取れます。

大越基

大越基さんは、元プロ野球選手です。福岡ダイエーホークスに所属していました。大越基さんは早稲田大学の出身で、「スーパーフリー」に在籍していた過去があります。

「スーパーフリー」の会報誌「すーふりの歴史」によりますと、1991年の欄に、甲子園準優勝投手であった大越基さんが「スーパーフリー」に入会し、それが遠因で早稲田大学の野球部を退部することとなったとあります。

1991年と言いますと、和田真一郎が入学するよりも前です。「スーパーフリー」のイベントサークルとしての活動が停滞していた時期でもあります。大越基さんが犯罪に関わっていた可能性は極めて低く、「スーパーフリー事件」とも関係ありません。

大越基さんが野球部を退部したのは馴染めなかったからです。その後、早稲田大学を退学し、翌年に福岡ダイエーホークスのドラフト指名を受け入団しています。現在は引退し、高校野球部の監督をしています。

亀井京子

亀井京子さんは元テレビ東京のアナウンサーで、現在はフリーで活躍しています。本田朋子アナと並んで、亀井京子アナも「スーパーフリー」の「ギャルズ」として在籍していたのでは、という噂があります。

亀井京子アナは、「スーパーフリー」のホームページに名前と顔写真が掲載されていました。また、女性誌「cancan」の読者モデルだった聖心女子大学在学中に、記事内で「スーパーフリー」の紹介もしています。

「スーパーフリー事件」に「ギャルズ」として直接関わったかどうかはわかりませんが、「スーパーフリー」の広告塔として使われていたことは間違いないでしょう。

スーフリギャルズの役割とは?

「ギャルズ」は「スーパーフリー事件」で1人も検挙されなかったことに、現在でも批判の声があります。それは「スーパーフリー」というサークルの中で「ギャルズ」が担っていた役割に理由があります。その役割は、大きく分けると3つあります。

「ギャルズ」の大きな役割の1つは、イベントに参加する女性の勧誘です。男性に声をかけられるよりも、同じ女性に声をかけられた方がはるかに安心感があります。「ギャルズ」の多くは勧誘を通して、知らずに強姦に加担していた可能性があります。

2つ目の「ギャルズ」の役割は、男性幹部への女性の献上です。この段階になりますと、何が行われていたかを「ギャルズ」は把握していた可能性が大です。女性が知人同士でイベントに来ていた場合、知人女性を被害者から引き離す役割もしていました。

3つ目は、強姦後の被害者を慰める役割です。慰めると言いますと体が良いですが、要は外部に漏れないようにアフターフォローをしていました。「スーパーフリー事件」で被害が3件しか立件されなかったのは、「ギャルズ」の存在が大きかったと思われます。

スーパーフリーはマスコミや芸能界と繋がりがあった?

「スーパーフリー」は、マスコミであったり芸能界であったりとの繋がりがあったのではと言われています。「スーパーフリー」は、六本木のクラブで定期的に大規模なイベントを開催していました。

イベントの売り上げは1回で1000万円ほどで、全国展開を行っていたために会社としての年商は1憶円を超えていました。それは学生が手がけられる範疇を超えています。背後に広告代理店や芸能関係者のサポートがあったと思われます。

「スーパーフリー」のOBには、大手広告代理店の「電通」に就職した人もいました。そのOBに、和田真一郎は女性で接待したのではとささやかれています。「電通」はそれを否定していますが、あり得ない話ではありません。

また、「スーパーフリー」のイベントは雑誌などメディアで何度も取り上げられていました。「スーパーフリー」に在籍していた亀井京子アナは、「cancan」で読者モデルを務めたあと、テレビ東京に入社しています。何らかの繋がりが感じられます。

和田真一郎のその後や被害者の現在は?

「スーパーフリー事件」の発覚で逮捕され実刑を受けた和田真一郎は、現在どうしているのでしょうか?また、「スーパーフリー事件」の被害者の現在はどうなのでしょうか?

現在は出所している

和田真一郎は「スーパーフリー事件」で逮捕された後、最高裁に上告を棄却された2005年6月に懲役14年が確定しました。現在はすでに出所していることがわかっています。

和田耀平と改名

「スーパーフリー事件」により、「和田真一郎」という名前は世に広く知れ渡ってしまっています。罪を犯したのですから当然の報いなのですが、やはり暮らしにくいのか、出所後は「和田耀平」と改名しました。

しかし、「和田耀平」という名前もネットで広まってしまい、現在は再度改名している可能性が高いです。出所後は大阪で暮らしていた和田真一郎ですが、刑務所内で沖縄に移住したいと話していたということですので、現在は沖縄にいる可能性があります。

集団強姦罪が新設

「スーパーフリー事件」の被害者の実数は、正確にはわかっていません。件数にしますと400件ということですが、イベントのたびに犯行に及んでいたことを考えますと、実際にはもっと多かったのではないでしょうか?

「スーパーフリー事件」の被害者に関わらず、性犯罪の被害者は公にされたくないものです。「スーパーフリー事件」以降、被害者がどうなったのか、現在はどうしているのかはわかりません。

「スーパーフリー事件」の発覚後、集団強姦罪が新設されました。そのことで、現在もどこかで苦しんでいるであろう「スーパーフリー事件」の被害者が少しでも慰められることを祈るばかりです。

真実を見定める目を持とう!

「スーパーフリー事件」は、大学生が起こした最悪な強姦事件でした。事件のあとも、明治大学のサークルが起こした昏倒事件など、女性が被害に遭う事件は後を絶ちません。

女性の方でも、誘いの言葉が悪意があるものなのか、そうじゃないのかを見極める目を持つ必要があります。自分の身を危険にさらしてしまうことのないよう、真実を見定める目を鍛えましょう!

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