【新潟小2女殺人事件】犯人の小林遼の生い立ちや家族の現在やその後

新潟、小林遼、殺人事件。さて、これらがキーワードとなった新潟で女児が殺害された事件を覚えていますか。女児が犠牲となる事件が多発する昨今、既に記憶にない人もいることでしょう。今回は、小林遼が逮捕された事件を掘り起こすことで、現代の闇をクローズアップします。

【新潟小2女殺人事件】犯人の小林遼の生い立ちや家族の現在やその後のイメージ

目次

  1. 1小林遼(はるか)容疑者とは!?新潟小2女殺人事件の真相も解説!
  2. 2小林遼が起こした新潟小2女児殺人事件の真相
  3. 3小林遼の逮捕の決め手とは
  4. 4小林遼の生い立ち
  5. 5小林遼の異常性
  6. 6小林遼の家族のその後
  7. 7新潟小2女児殺人事件ではマスコミの対応が問題に!?
  8. 8小林遼の罪は小林遼が償えばよい

小林遼(はるか)容疑者とは!?新潟小2女殺人事件の真相も解説!

容疑者

新潟女児殺害は新潟で発生しました。当時7歳の女の子が犠牲になった痛ましい事件です。さて、どのような事件であったのか、まずは概要から思い出してください。

小林遼が起こした新潟小2女児殺人事件の真相

電車

この事件は、新潟小2女児殺人事件と命名され報道されてきましたが、後に逮捕された小林遼容疑者が事件を起こしたのは2017年5月7日であることが判明しました。世間は楽しかったゴールデンウィークの余韻に浸り、また静かな日常へ戻ろうとする最中のことでした。

下校途中の7歳女児が行方不明になる

小学生

新潟女児殺害の事の始まりは、当時小学2年生(7歳)の大桃珠生(たまき)ちゃんが学校から家へ帰ってこないことでした。

小学2年生と言えば、学校から家までの間に寄り道をしてはいけないと理解できている年頃。いったい下校途中に何が起こったのか、この時点では何もわからないままでした。

線路上で女児の遺体が発見される

線路脇

そして、ついに新潟県新潟市西区のJR越後線の線路で珠生ちゃんが発見されました。実は、JR越後線の運転手が横たわる珠生ちゃんに気が付いてブレーキを掛けたときにはすでに遅し。

後に行方不明だった小学2年生の女の子であると判明したわけですが、両親は変わり果てた姿の我が子と対面しなくてはならないという残酷極まりない結果となりました。

ここは、珠生ちゃんの家から僅か170メートルという近距離地点であり、「なぜ!?」という疑問や落胆に追い打ちを掛けました。

死因は轢死ではなく窒息死!?

死

小学2年生の女の子が行方不明になった後に電車に轢かれたため、捜査本部は司法解剖を行いました。その結果、死因は窒息であることが判明したのです。

電車にはねられた時はすでに死亡していたこと、そして顔にうっ血があったことで絞殺が原因であることも明らかになりました。

死因が轢死ではなく窒息死であることから、電車による事故ではないことが確定。殺人事件と断定するに至りました。

警察は殺人事件に切り替えて捜査を開始

警察

警察は、殺人事件に切り替えて捜査を開始しました。小学2年生の女の子を連れ去り、その後に窒息死させ、さらに遺体を遺棄した事件の容疑者探しが始まったのです。

不審車両が見つかるも捜査は難航する

不審車両

警察が本格的に殺人事件の捜査を開始したことを受け、様々な不審者や不審車の情報が数多く寄せられました。

防犯カメラのデータ以外にタクシー運転手に協力を依頼し、ドライブレコーダーのデータチェックも行われました。

ただし、それらが直ちに容疑者へ結びつくことはなく、新潟女児殺害は容疑者を絞り込むことに難航。捜査員たちの懸命な捜査が日夜を問わず続けられました。

小林遼(はるか)容疑者逮捕

逮捕

そして、ついに警察は目撃情報から割り出した小林遼容疑者を逮捕しました。この名前、「こばやしはるか」と読みます。下の名前だけの印象では女性のような優しさを感じさせますが、小林遼は歴とした男性なのです。

小林遼の逮捕の決め手とは

決め手

遺体発見から1週間。新潟県警新潟西署捜査本部は、ついに新潟女児殺害事件の容疑者を逮捕しました。逮捕されたのは、23歳の会社員である小林遼容疑者。現場近くに住んでいました。

小林遼容疑者は、小2の女児を連れ去ったこと、殺害したこと、遺体を遺棄して殺害証拠を隠滅しようとした罪を犯しています。

さて、それまで難航していた容疑者探しが急展開を迎えたのはなぜなのでしょう。小林遼容疑者逮捕の決め手とは?

至る所に犯人の指紋が付いていた

指紋

小林遼容疑者が浮上して連行された後に、小林遼容疑者本人の指紋が至る所に残されていたことが解りました。

普通の人であれば触れることのない現場の柵から発見されたのです。そして、珠生ちゃんのランドセルにも。これは、犯人特定の重要な決め手のひとつとなりました。小林遼は前科があったので、指紋が警察のデータの残っていたわけです。

前科があった

前科

小林遼には前科があったのです。しかも幼児絡みであったことから、今回も早期に容疑者候補として名前が挙がっていました。

防犯カメラに映る不審車両が犯人のものだと特定された

防犯カメラ

小林遼容疑者は、日産デイズに乗っていました。デイズに乗っていただけでは不審車両として誰かの記憶に残ることはなかったかもしれません。でも、小林遼容疑者の日産デイズは、他のデイズと大きく異なる特徴があったのです。

それは、エンブレムナンバーであったということ。そもそもデイズは軽自動車なので、本来であればナンバーは黄色です。でも、小林遼容疑者のナンバーは普通車と同様の白色でした。

エンブレムナンバーとは

ワールドカップ

エンブレムナンバーとは、2019年に開催されるラグビーワールドカップを記念し、国土交通省が寄付金集めのために始めた事業です。1,000円以上の寄付を行った人に特別なナンバーを与え、集まった寄付金で交通網を整備することを目的としていました。

エンブレムナンバーはデザインが施されているために、一般的な軽自動車の黄色ナンバーとは明らかに異なっていて、人の記憶に残りやすかったのです。

当初不審車両とされた車は犯人のものじゃなかった!?

不審車両

新潟女児殺害は多くの人の関心を集めたこともあり、目撃情報が多く寄せられたと言います。また、タクシー運転手へ協力を依頼したことで多くの映像が集まりました。その中には不審車両についての情報もありましたが、それは小林遼容疑者とは別の車だったのです。

この地域では、小学生が不審人物に声を掛けられたり、不審車両が幾度となく目撃されていたという情報が錯そうし、小林遼容疑者を特定するまでに1週間も要してしまいました。結局、小林遼容疑者はエンブレムナンバーの車を利用して墓穴を掘ったため、逮捕されたわけです。

逮捕前に2ちゃんねるに投稿された「犯人はK」は偶然!?

2ちゃんねる

実は、小林遼容疑者の逮捕前、ネット上で世間がざわついていました。それは、2ちゃんねるに投稿された「犯人はK」というネタによるもの。

加えて、近所の人にしてみれば、「あいつかも」という憶測は常識となっていたようです。それは、同級生などの小林遼容疑者を知る人の間でも同様でした。

警察が必死になって証拠集めを行い、情報の裏付けを行っているのと同時進行でネット上では犯人探しの答えがほぼ出揃っていたのです。

また、「K」についてはお隣の国のことではないかという憶測も飛び交っていました。2ちゃんねるの方達が行う常識破りの推測と推理。侮れません。

小林遼の生い立ち

容疑者

小学2年生の子を連れ去り、首を絞めて殺害し、線路脇に遺体を遺棄した新潟女児殺害で逮捕された小林遼容疑者。この残虐極まりない小林遼とは、どのような人物だったのでしょうか。

ネット上には本人の顔はもちろんのこと、生い立ちや家族のこと、犯行当時に勤めていた会社の情報が溢れていたので、詳しくご存じの人もいることでしょう。ここでは、それらの情報をまとめてみました。

小林遼の幼い頃

生い立ち

小林遼は、新潟県生まれ。なんと被害者である珠生ちゃんと同じ小学校へ通っていたことが明らかになっています。その後は、新潟市立小針中学校へ入学し、バスケットボール部に入部をしています。

高校は新潟工業高校へ通い、卒業後に就職しました。電気工事士として働いていたのですが、事件を知った同僚たちは「そんなことをする人とは思えなかった」と激しく動揺。小林遼の心の闇と普段の素顔には大きな隔たりが存在していたのです。

事件後に取材を受けた小林遼容疑者の同級生などの多くは、「大人しい子だった」「頭が良かった」と穏やかな人柄であることを述べ、小林遼容疑者が残虐な事件の引き起こしたことに驚いていました。

また、近所の人達の談話も「挨拶をすれば返してくれた」と小林遼の人格を否定するようなことが効かれることはありませんでした。「そういえば、オタクだったかも」というエピソードは取材がヒートアップし、「小林遼は悪人」というイメージが定着してからのことです。

小林遼の家族構成

家

小林遼の家族構成は、両親、姉、弟の5人家族。そして、犬が3匹。小林遼が逮捕された当時、姉は20代後半で弟は10代後半でした。一軒家で一緒に暮らしていたのですが、逮捕前に父親はマスコミの取材に答えたことがありました。

後に小林遼は、犯行日の5月7日から会社へ行っていないことが判明していたわけですが、取材に答えた父親の淡々とした様子からすると、既に息子である小林遼の犯行と考えていたために諦めの境地であったと考えられます。

自宅は現場近くで被害者と学区が同じ

小学校

小林遼の自宅は、珠生ちゃんの自宅とさほど離れていませんでした。珠生ちゃんが通っていた小学校へ小林遼も通っていたので、学区が同じであることが解ります。

新潟女児殺害は、実に限られたエリア内で関係者が生活を営み、被害者が襲われ、遺体を遺棄されていたのです。これは、事件の不気味さが益々クローズアップされた要因のひとつともなりました。

オタクでロリコンな面があった!?

おたく

中学生に入ると同級生との交流が減り、代わりに近所の女の子たちと一緒にいる姿が多くみられるようになりました。そのことから、小林遼には「オタク」や「ロリコン」という形容詞がつけられるようになったのです。

しかしながら、単に変わった趣味を持っているということだけで、当時から同級生たちが小林遼に特別な関心を抱いていたわけではありません。

それから数年が経過し、高校卒業後に入社してから参加した社員旅行では、他の社員の家族である女の子の面倒を見てあげていたとのこと。その時には既に、ただの優しいお兄ちゃんではなかったのかと考えると残念でなりません。

事件1ヶ月前に書類送検されている

闇

捜査関係者の取材によると、新潟女児殺害以前に小林遼は他県でも摘発されていたことが解りました。いずれも児童絡みだったのです。

また、新潟女児殺害で逮捕されたのは5月14日のことでしたが、その1ヶ月前には青少年健全育成条例違反で書類送検されていました。

新潟女児殺害のように小さな女の子を狙っている事実、そして過去に摘発されたことがあるということは、事件が発生した直後から警察は小林遼の存在をマークしていたであろうことが予測できます。

小林遼の異常性

狂気

怨恨絡みの殺人事件とは一線を画した感のある新潟女児殺害。事件の後追い記事では、犯人である小林遼の異常性はが大きく報道されました。いったい、どのような点が他の殺人事件とは異なる印象を与えたのでしょうか。

犯行動機は過度な女児への興味から!?

女の子

可愛らしい女の子を見て微笑ましく感じることは誰にでも覚えがあるはずです。ただ、小林遼の場合は、異常性を伴っていたことが問題でした。

実際、何度か警察に摘発された過去があり、それでも自分の中にある幼い女の子に対する興味を自制できなかったことからも、その過度な異常性が窺えます。

そして、自分の欲望を叶えるために他県にまで遠征していたというのですから、その執着ぶりは尋常とは思えません。

被害者とは面識がなかった

面識

小林遼と珠生ちゃんは、果たして顔見知りの間柄だったのでしょうか。真相は確かめようがありませんが、近所であり小林遼が幼い女の子と話したり戯れたりする姿を目撃されていることから、「見たことある人」だった可能性が否めません。

小林遼本人は、「知らない間柄」と主張していたようです。万一、本当に知らない間柄だったとしたら尚のこと、自分の衝動を抑えられずに犯行が行われた表れ。この辺りからも、小林遼の異常性が強く感じられます。

そして、犯行当日の朝、珠生ちゃんは「おじさんに追いかけられた」という主旨の不安を訴えていました。それが小林遼か否かは不明ですが、未然に防げた事件なのかと考えると無念でなりません。

護送時に笑みを浮かべる姿を見せる

不気味

小林遼が護送車で移送される際の映像が流れ、そのときに見せた笑み。新潟女児殺害の容疑者が移送される瞬間を報道しようと多くのマスコミがこぞって集まり、カメラを向けました。

この笑みこそが、小林遼の異常性の象徴と言えます。通常の場合、容疑者は顔を伏せることが多いのですが、小林遼の場合は顔がしっかりと映り、不気味に感じた視聴者は少なくありませんでした。

そして、小林遼容疑者は警察に逮捕された直後には、「車で轢いてしまったから車に乗せた」と供述していました。これは解剖の結果、ウソであることが解っています。珠生ちゃんの身体には車にぶつかったような痕跡は一切なかったのです。

小林遼の家族のその後

犬

ある意味、小林遼の被害を被った人達とも言える小林遼の家族。この人たちは、家族の一員が犯した新潟女児殺害以降、決して小さくはない心の傷を負ったはずです。さて、小林遼が逮捕された後に家族はどうなったのでしょうか。

両親はマスコミの取材に対応

マスコミ

小林遼の両親が日本テレビ系列の取材に答えたことがあります。インターホン越しに対応していたので、もちろん顔出しはしていません。

その際、新潟女児殺害の1ヶ月前に書類送検されたことは知らなかったと答えていましたが、これについては大きな疑問があり、真相は不明なまま。

一緒に住んでいたはずの姉の存在は感じられませんでした。小林遼が逮捕された時には20代後半だったわけですから、結婚などを控えていた可能性も考えられます。小林遼という弟がいたために人生が壊れてしまったという意味では、被害者のひとりであり気の毒です。

一家は引っ越した可能性が高い!?

引っ越し

小林遼が逮捕されるまでは、同じ場所に30年以上も前から住んでいました。当初は小林遼の祖父も一緒だったようで、介護を手伝っていたという近所の方の話しもありました。

事件現場や被害者の家が近いこと、近所の目もあるため、小林遼の家族は既に引っ越した可能性が高いと考えられています。

新潟小2女児殺人事件ではマスコミの対応が問題に!?

マスコミの対応

この事件の酷さは小林遼の残虐性だけではありません。ヒートアップするマスコミの報道の在り方も大きく問題になりました。

近隣住民への配慮が一切なかった

配慮なし

マスコミには、「事件のありのままを報道する」という使命があるのは確かです。しかしながら、その使命を果たすためには、どのようなことをしても許されるのでしょうか。答えは、「NO!」です。

残念ながら、小林遼を巡る報道は日に日に酷くなり、近隣住民は大きな迷惑を被ることになりました。遺体発見現場、被害者宅、犯人宅である小林遼の自宅が近距離にあったために、連日の大騒ぎが繰り広げられたのです。

近隣住民は、騒がしくモラルが欠落したマスコミにうんざりし、真実が明らかとなって1日も早く平穏な日々が再び戻ることを切望していました。

被害者家族をも追い込んでいた

渋滞

小林遼が犯した事件で最も心に深い傷を負ったのは、間違いなく珠生ちゃんのご両親やご家族です。小林遼への憎しみの情を抱え、毎日が地獄のように感じられたはずです。

そんなご両親やご家族への配慮が感じられなかったマスコミの報道姿勢。これには、事件の報道を見ている視聴者が痛ましさを感じてしまうほどに非常識ぶりが目立ちました。

罰せられるべきは小林遼本人であり、小林遼の家族でも珠生ちゃんの遺族の方でもないはずです。しかしながら、残念なことにマスコミの在り方は、「被害者の家族」という立場を慮ることはありませんでした。

オタクに対する偏向報道も問題になった

オタク

マスコミの報道内容に憤りを感じたのは、小林遼周辺や被害者周辺だけに留まることはありませんでした。実際は、小林遼がオタクであるという情報が基となり、まるで多くのオタクが犯罪者予備軍であるかのように報道されたのです。

これは偏見以外の何ものでもありません。人間は誰もが自分の好きなことに没頭する自由を持っています。その主義主張を無視するかのように、オタクの人権までも否定するような報道であることに非難が集まりました。

オタクは危険集団ではありませんし、危険思考を持つ人では決してありません。混同し、誤った視点からの報道は、「事件のありのままを報道する」という使命からもかけ離れています。このときのマスコミの報道姿勢には、間違いなくオタクを敵に回してしまった感が大いに見受けられました。

小林遼の罪は小林遼が償えばよい

謝罪

新潟女児殺害のように、悲惨な事件が報道されるたびに被害者の数はどんどん増大していきます。というのも、最初は被害者だけだったのが、報道により小林遼の家族のような立場にある人、被害者家族、加害者の会社関係と迷惑を被る人の数がどんどん増えていくのです。

小林遼本人は、心から犯罪を悔いて贖罪の日々を過ごすべきです。刑に服する務めもあります。ただし、それ以外の人を関係者から被害者へと貶めることがあってはなりません。

罪を犯したのは小林遼本人であり、ならば小林遼が罪を償えばいいのです。小林遼が犯罪を犯したからといって、そのように育てた両親が同じように責められるのは当然とは言えません。被害者をきちんと見守ってあげなかったなんていう罪を珠生ちゃんのご両親が背負う必要があるのでしょうか。

小林遼が犯した事件から月日が流れましたが、事件当時の報道によって心に痛手を負った人たちの傷は今なお癒えることはありません。

小林遼が犯した新潟女児殺害事件のようなことが繰り返されることがないよう、そして無神経な報道により事件関係者の多くが立ち直れないほどに心に傷を負わないよう、それぞれに思いを馳せて欲しいのです。

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さそり座の女です。

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