名古屋アベック殺人事件の詳細とは?加害者や被害者!犯人の現在は?

大高緑地公園での残虐な犯行から始まった「名古屋アベック殺人事件」。その非道徳的で残虐な犯行で、当時の日本社会を震撼させました。では、名古屋アベック殺人事件とは一体どんな犯行内容なのでしょうか。その詳細を確かめると共に、被害者と加害者の現在を見てみましょう。

名古屋アベック殺人事件の詳細とは?加害者や被害者!犯人の現在は?のイメージ

目次

  1. 1名古屋アベック殺人事件の加害者は今?事件の真相や判決についても解説!
  2. 2「名古屋アベック殺人事件」の詳細
  3. 3犯行グループによる残虐なリンチとは?
  4. 4「名古屋アベック殺人事件」の犯行グループとは?
  5. 5犯人たちの生い立ち
  6. 6「名古屋アベック殺人事件」の判決
  7. 7「名古屋アベック殺人事件」の加害者の現在
  8. 8「名古屋アベック殺人事件」の被害者遺族の現在
  9. 9社会からドロップアウトした人間による犯罪

名古屋アベック殺人事件の加害者は今?事件の真相や判決についても解説!

犯行現場である「大高緑地公園」から名前を取って「大高緑地公園アベック殺人事件」とも呼ばれることのある「名古屋アベック殺人事件」。この事件は1988年の2月23日に起き、25日までにかけて犯行が行われた事件です。

名古屋アベック殺人事件は、2人の人間の命を弄び、リンチや強姦をした上で、犯行の発覚を恐れて被害者2人を殺すという犯行の残虐さから、当時の日本社会に大きな衝撃を与えました。その様相は、「狂宴的犯罪」とも形容されるほどです。

日本社会に大きな衝撃を与えた名古屋アベック殺人事件ですが、一体どういった事件内容なのでしょうか。その詳細を見るとともに、被害者と加害者の現在の様子の詳細も確認しましょう。

「名古屋アベック殺人事件」の詳細

犯行の残虐さと、社会からドロップアウトした若者たちの非道徳的で自分勝手な精神が問題となり、狂宴的犯罪とも呼ばれた名古屋アベック殺人事件ですが、一体どのような犯行内容なのでしょうか。その詳細を確かめてみましょう。

午前4時の名古屋市の大高緑地公園の駐車場で発生

名古屋アベック殺人事件は、1988年2月23日の午前4時ごろに大高緑地公園で起きました。まだ日が昇る前の暗い時間帯に事件は起きたのです。

大高緑地公園でドライブデートをしていたカップルの車が、大高緑地公園の駐車場で襲撃されるところから事件は始まります。

アベックが乗る自動車を6人組の男女が襲う

加害者の6人グループは、まず2台の車で、大高緑地公園の駐車場に停車していた、被害者カップルの乗っていた車を挟むように停車しました。そしてその直後、加害者グループは、車の窓ガラスなどを木刀で叩き割るなどして襲撃を始めました。

襲撃の目的は、最初は残虐なリンチをすることやレイプをすることではなく、金品が目的だったと考えられます。

逃げようとするアベックの車が犯行グループの車に衝突

そして襲撃を受けた、大高緑地公園駐車場に停車中だった被害者の車は、その場から逃れようと突然バック。すると、後部に止めてあった加害者の車に衝突しました。

ここまでは、まだ車内のカップルは直接的な暴行を加えられていませんが、この行動が加害者グループの逆鱗に触れてしまうのです。

腹を立てた犯行グループがアベックを襲撃

自分たちの車に衝突されたことに逆上した加害者グループは、暴力的な行動をエスカレートさせます。被害者の車の屋根に乗ったり、被害者カップル両名を車から引きずりだして木刀や鉄パイプで暴行を加えました。

最初は暴行や強姦、殺害が目的ではなく、金銭を目的に犯行をしていた加害者グループですが、徐々に犯行がエスカレートしていき、その後のリンチへと繋がります。

こういった、若者の集団心理から犯行がエスカレートし、残虐な行動に愉快な気分になっていく様子からも、「狂宴的犯罪」と呼ばれる理由が垣間見えるでしょう。

アベックは残虐なリンチを受けて絞殺される

被害者二人は、大高緑地公園での残虐なリンチを受けた後、加害者グループの車に乗せられ1日中名古屋を連れまわされる拉致、監禁の被害に遭います。

ここで加害者グループは、もう顔も見られてしまっていることから、被害者両名の殺害を考え始めたそうです。

そして日を跨いで24日の早朝4時、愛知県長久手市の公園にて、犯行グループの内の二人が、被害者男性をビニールテープで絞殺しました。

男性は殺害されてしまいますが、女性はまだこの段階では生かされていました。しかし、25日の早朝3時に、三重県で男性と同じ方法で絞殺されてしまいます。

三重県の山中にアベックの遺体が埋められる

被害者女性を絞殺した後、加害者グループは三重県の山中に二人の遺体を埋めました。そして遺体を埋めた後、一度名古屋市のレストランで解散したあと、昼頃にもう一度集まったようです。

遺体を埋めた当日6人は逮捕される

25日の昼に加害者グループが集合した時には、もう既に被害者家族からの捜索願が出されており、加害者グループの捜索が始まっていました。

さらに、大高緑地公園にはぼろぼろになった被害者の車が放置されており、そこには、一日中拉致や監禁に使った加害者の車の塗料が付着していたようです。

これにより、既にある程度加害者グループの目星が付いていたこともあり、25日の午後2時ごろ、特捜本部の捜査員に見つかり、逮捕されました。

犯行グループによる残虐なリンチとは?

名古屋アベック殺人事件を語る上で外せないのが、加害者グループが被害者に対して大高緑地公園で行った「残虐なリンチ」です。この残虐な行動から、名古屋アベック殺人事件は現在でも忘れ去られない事件となっています。

その長期間に渡る残虐なリンチや監禁行為は日本中に衝撃を与えました。では、具体的にどういったことを犯人たちは行ったのでしょうか。その詳細を確認しましょう。

最初は木刀・鉄パイプによる殴打

名古屋アベック殺人事件では、まず初めに、加害者グループは大高緑地公園で車を取り囲みました。そして大高緑地公園の駐車場に止まっていた車を襲撃、木刀やバールでフロントガラスを割り、被害者両名を車外へ引きずり出しました。

そして加害者グループの男性の犯人たちは、木刀や鉄パイプのような凶器で男性を気絶するまで殴り続けたそうです。

被害女性が全裸にされて輪姦される

さらに、被害者の女性も車から引きずり出されると、加害者グループの女性の犯人たちに「裸になれ」と命じられました。

そして女性の犯人らも、彼女のことを木刀で殴打しました。さらにその後には、男性の犯人らに草むらへ連れて行かれ、大高緑地公園にて集団でレイプされたようです。

集団でリンチした上に、さらにはレイプもするという残虐さが、名古屋アベック殺人事件の大きな特徴でしょう。

全身への根性焼きや陰部への発火

女性の被害者への残虐な犯行はこれだけではありません。集団でのレイプに加え、全身に根性焼きをしたり、リンチの最後には、陰部にシンナーを掛けてそこに火をつけたりなどもしました。

夜まで被害を受けたアベックを監禁

これらの残虐なリンチ、レイプなどの犯行は明け方まで行われました。しかし、名古屋アベック殺人事件の犯行はまだ終わりません。日が昇ると、犯行グループは被害者の二人を車に乗せて拉致、監禁をします。

加害者グループは一日中被害者2人を車に乗せて連れまわすと、暗くなるのを待つために名古屋のカーホテルに2人を監禁しました。

被害女性の目の前で被害男性が絞殺される

名古屋のカーホテルを出ると、24日の早朝4時頃、加害者グループは被害者男性をビニールテープで絞殺します。

しかも、その絞殺は被害者女性の目の前で行われました。名古屋アベック殺人事件が「狂宴的犯罪」と呼ばれる理由が垣間見える犯行です。

被害女性は「私を殺して」と精神崩壊状態

男性を絞殺すると、加害者グループは遺体をトランクに詰め、女性を車に監禁したまま移動を再開します。そして一度名古屋埠頭に移動すると、被害者女性は「車から外に出たい」と犯人たちに訴えかけました。女性は見張られながら下車すると、海に飛び込んで自殺を図ろうとしたと言われています。

さらに、絞殺される直前に彼女は「もう私を殺して」と訴えたそうです。そんなやつれ果てた被害者女性を、犯人たちは下着姿にして、被害者男性と同様の方法で絞殺しました。

また、彼女を殺害する前にも、何度かレイプをしたというのもあり、被害者女性は心も身体もぼろぼろになった状態で殺害されたと考えられます。

名古屋アベック殺人事件の、こういった残虐で非道徳的な犯行の数々が、当時の日本のみならず、現在の日本でさえも大きく影響を与えました。

「名古屋アベック殺人事件」の犯行グループとは?

犯行が行われた場所の名前を取って大高緑地公園とも呼ばれる名古屋アベック殺人事件ですが、この事件が日本中を震撼させたのにはもう一つ大きな理由があります。

それは、犯人たちが皆、社会からドロップアウトした人々だったためです。犯行グループのメンバーは皆、生活環境に問題を抱えており、日本の社会問題が生んだ事件とも言えるでしょう。では、その犯行グループの詳細を確かめてみましょう。

前年に名古屋港で恐喝事件を起こしている

1987年の9月頃まで、名古屋港では名古屋アベック殺人事件と似たような事件が多発していました。その犯行内容は、港にドライブをしにきたカップルに対して因縁を付け、男性を車内から引きずり出してリンチをし、金品を奪うというものです。

この恐喝事件をより詳細に見てみると、「木刀を使っていること」や「金品が目的なこと」など、名古屋アベック殺人事件と似ている点が多くあることが分かるでしょう。

9月には犯行グループの一斉検挙があり、それによって名古屋港での恐喝事件は無くなりました。また、この検挙の結果、「噴水族」というグループの存在も明るみになり、名古屋では注目の的になります。

犯行グループは栄にたむろする「噴水族」

前述の名古屋港での恐喝事件にも関与し、名古屋アベック殺人事件の犯行グループのメンバーも加入していた「噴水族」。このグループの詳細を確かめてみましょう。

名古屋アベック殺人事件が起きる前年の1987年の夏ごろから出来たグループで、名古屋市栄のセントラルパーク噴水塔付近で、シンナーを吸いながら車を運転する不良少年たちが自称しだしたのが始まりです。

シンナーを吸う現実逃避的な行動をしながらも、暴力的な暴走族の側面も持つグループで、社会から取り残された青少年たちの居場所だったとも言われています。

また、暴力団とのつながりもあったグループです。実際、名古屋アベック殺人事件の犯人の中には、元暴力団のメンバーもいます。

犯行グループは男4人・女2人

犯行グループは6人の犯人で構成されており、男性が4人、女性が二人でした。男性はとび職が2人と無職が2人、女性2人はともに事件当時無職でした。

犯人の誰もが金銭的に困窮しており、それが名古屋アベック殺人事件やその他の恐喝、暴行事件につながったと考えられます。

また、常習的にシンナーを使っていたことも、金銭的困窮に拍車を掛けていたようです。犯人の中には、過去にシンナーの窃盗で補導された過去を持つ者もいます。

犯行グループの内5名は未成年

また、名古屋アベック殺人事件が世間に衝撃を与えたのは、犯行グループの5人が未成年だったという点でしょう。唯一成人していた犯人も当時20歳と若く、それ以外のメンバーは当時17歳から19歳でした。

こういった若者が残虐な犯行をするという事件は、なにも名古屋アベック殺人事件だけではありません。この事件以外にも、「女子高生コンクリート詰め事件」と呼ばれるものも当時起きており、社会問題化していました。

犯人たちの生い立ち

「社会からドロップアウトした若者」が犯行に及んだという要素でも社会問題として見られていた名古屋アベック殺人事件。

では、犯行に及んだ犯人たちの素性は一体どういうものだったのでしょうか、その詳細な生い立ちと、犯行に至るまでの詳細な生活を確かめてみましょう。

殺害実行犯・主犯格の少年A

名古屋アベック殺人事件犯行当時は19歳でとび職だった少年Aですが、この事件の主犯格であると考えられています。

彼は中学在学中から窃盗などを繰り返しており、度々補導されています。中学卒業のその後は、職業訓練校に入学しましたが、教師と争い退学しました。

その後職を転々とし、1986年には、「薗田組」という暴力団に加入。そこで噴水族のメンバーと知り合ったようです。

殺害実行犯・準主犯格の少年B

名古屋アベック殺人事件の犯行当時は17歳で、彼もとび職をしていました。小学生時代には、実家の貧しさから給食費を払えずいじめられた過去も持っています。

しかし、いじめられながらも、家庭では父親から「売られた喧嘩は買え」と教育されていたこともあり、同級生に暴力を振るうこともあったそうです。

その後中学生になると、不良生徒と関係を持ち、シンナーの常用者になりました。卒業後、いくつかの職を転々としながら生活をしていましたが、中学時代の友人から誘われて「薗田組」に加入しています。

唯一成人していた犯人C

名古屋アベック殺人事件の犯行当時は20歳で、犯行グループ内では唯一の成人男性でした。名古屋市在住で、薗田組の組員と言われています。

小学生3年生のころから不登校になり、窃盗などを繰り返す不良生徒でした。両親の離婚と祖母の高齢化が原因で養育が困難な家庭環境だったこともあり、度々児童養護施設に収容されています。

中学卒業後は職を転々としていましたが、噴水族のメンバーとセントラルパークで知り合い、その後薗田組の組員になりました。

無職の少年D

名古屋アベック殺人事件の犯行当時は18歳で、無職でした。放任主義な母親の元で育っていた中で、自分がなんとかしなければいけないという責任感の強い少年だったようです。

しかし、そういった少年Dに母親は甘えてしまい、より育児を放任していきます。その結果、中学時代には、少年Dは不良生徒と関係を持つようになりました。

自動車学校に通っているときに、噴水族の幹部になったといわれています。その後、名古屋アベック殺人事件の犯行グループのメンバーと知り合い、その紹介から暴力団の舎弟として働き始めました。

無職の少女E子

大高緑地公園での名古屋アベック殺人事件の犯行当時は17歳で無職でした。一度は美容室に就職をしましたが、親しかった同僚が退職したことを契機に自分も退職しています。

その後、セントラルパークで不良少年らと交流を持つと共に、シンナーの常用者になりました。一度は美容室で再び働いていますが、一ヶ月でやめるとスナックで勤務を始め、そこで犯人Cと知り合います。

その後、Cと共に薗田組の事務所に出入りしている内に、他のメンバーとも知り合いになりました。

無職の少女F子

名古屋アベック殺人事件の犯行当時は18歳で、彼女も無職でした。名古屋アベック殺人事件の起きる約2年前に家出をし、その後犯人の一人であるDと知り合ったようです。その後は、別の暴力団組員と同棲をしながら生活していました。

「名古屋アベック殺人事件」の判決

逮捕された後、名古屋アベック殺人事件に関しての裁判が開かれました。そこでの判決の異例さも、この名古屋アベック殺人事件が日本を震撼させた原因の一つです。

6人の犯人たちは「強盗致傷罪」や「殺人罪」、「死体遺棄罪」、「強盗未遂罪」、「強盗強姦罪」、「道路交通法違反」など、様々な容疑で裁判に掛けられました。

少年A・少年Bは無期懲役

主犯格の少年Aと、準主犯格であった少年Bには、他の犯人らよりも重い無期懲役の判決が下されています。

少年Aに対しては、「一連の犯行を思いついた首謀者であり、2人の殺害・死体遺棄の実行者でもある。このようなものを社会に戻すのは野獣を世に放つも同然である」ということで、一度は死刑が求刑されました。

少年の犯した犯罪に対して死刑を求刑するというのは非常にまれなケースなのこともあり、名古屋アベック殺人事件には、少年法を改めて問い直すといった役割もあったと考えられます。

成年C・少年Dは懲役13年

名古屋アベック殺人事件の犯行当時唯一成人していた犯人Cと犯人Dには、懲役13年の刑が下されています。

しかし求刑の際には、「殺害行為の実行には加わっていないが冷酷な性格は顕著である」として、犯人Cには無期懲役、犯人Dには懲役5年以上10年以下の不定期刑が求刑されていました。

少女E・少女Fは懲役5~10年の不定期刑

犯行グループの女性だった2人には、「同性の被害者に対しても言語に絶する犯行を加え、反省の色もない」として、懲役5年以上10年以下の不定期刑が求刑されています。

「名古屋アベック殺人事件」の加害者の現在

大高緑地公園で始まった名古屋アベック殺人事件。事件のその後の加害者たちの現在の生活は一体どういった状況になっているのでしょうか。その詳細を見てみましょう。

しかし、その現在の暮らしぶりの詳細を見ると、加害者の誰もが反省をしていないことが分かってしまいます。

少年Aの小島茂夫は模範囚となっている

事件の主犯格であり、無期懲役の刑に処された少年Aこと「小島茂夫」は、今では模範囚として生活しています。

名古屋地裁で一度死刑判決を受けたときから彼は、被害者の遺族へ謝罪の手紙を書き始めた他、刑務所に収監されてからは作業賞与金も手紙に合わせて送っているようです。

さらにその後、2005年には女性被害者の父親から「頑張りなさいよ」と書かれた手紙を受けとっており、その後も文通を続けています。

殺人事件、特に名古屋アベック殺人事件のような残虐な事件の場合、被害者と加害者の文通は異例のケースです。そのため、修復的司法の試みとしても見られています。

また、仮釈放後の目標として「被害者女性の父親は高齢で体調も崩しているので、具体的に役に立てることをしたい」や、「自分のような犯罪を犯しそうな青少年をなくすために自分の経験を生かして相談相手になりたい」と述べてるようです。

さらに、「仮釈放後の自分の生き方がその後の受刑者の仮釈放にも影響するので、社会に役立つ人間になれるように心と体を鍛えている」とも述べています。

また、少年Aこと小島茂夫とその親族は、被害者遺族から逃げることなく賠償金の支払いをしたようです。

少年Bの徳丸信久は岡山刑務所に収監中

名古屋アベック殺人事件の準主犯格で、少年Aと共に無期懲役を言い渡された少年Bこと「徳丸信久」も、未だに刑務所に収監されているようです。

しかし彼は、民事裁判の結果決まった和解の条件である賠償金を現在支払っていません。名古屋アベック殺人事件のその後の態度を見る限り、彼には全く反省の心が無いことが分かるでしょう。

成年Cの高志健一は既に出所している

名古屋アベック殺人事件の結果、懲役13年の刑に処された成年Cこと「高志健一」ですが、彼はもう既に刑を終えて出所しています。

しかしその後すぐに行方をくらませています。そして当然のことながら、彼も遺族に対しての賠償金を現在に至るまで支払っていません。

さらに彼の両親は親権を放棄しており、民事裁判の調停の席に姿を見せることすらしませんでした。そのため、高志健一本人もその両親も、全く賠償金を支払わずに逃げてしまったのです。こういった行動から、彼にも全く反省の意図が無いことが分かるでしょう。

少年Dの近藤浩之は出所して妻子がいる!?

成年Cと共に懲役13年の刑に処されていた、少年Dこと「近藤浩之」ですが、彼も同様に既に出所しています。

しかし、その後は高志健一同様姿をくらましています。そして当然、遺族との調停で決まった賠償金の支払いも踏み倒しました。

新しい住所を伝えることもなく姿をくらました近藤浩之ですが、現在では結婚して妻子を持つ身になっているという話もあります。

こういった非道徳的な彼の行動を見て、遺族の方はどういった心境なのでしょうか。腸が煮えくり返るほどの怒りを感じながらも、その居場所を知らないという、とてももどかしい心境に違いありません。

少女Eの龍造寺リエは出所して結婚・離婚を繰り返す!?

犯人グループの女性達の現在の詳細も見てみましょう。名古屋アベック殺人事件の裁判で懲役5~10年の不定期刑を言い渡された少女Eこと「龍造寺リエ」ですが、既に刑期を終えて出所しています。

彼女は、名古屋アベック殺人事件を起こして逮捕されたときも、そして出所したその後も、全く遺族への謝罪を述べていません。また、賠償金も数度だけ払うと、以降は踏み倒して逃げてしまいます。

さらに驚くことに、出所してその後には、3回も結婚を繰り返したそうです。現在では3人目の夫と子供と名古屋の一戸建てに住んでいるとも言われています。

少女Fの筒井良枝は出所後すぐに結婚

もう一人の女性犯人である少女Fこと「筒井良枝」ですが、彼女も5~10年の不定期刑だったため、現在はもう既に出所しています。

一度は「ご遺族の方には土下座して謝罪したい」と反省の気持ちを表していました。しかし、出所のその後、2003年ごろまでは賠償金の支払いをしていたそうですが、それ以降は支払いをしていません。

また、彼女は出所後に一人の男性と結婚、子供を授かったそうです。しかし直ぐに離婚してしまい、今では水商売の世界で生きているとも言われています。

彼女も他の出所した犯人たち同様、新しい住所を通告していないため、現在は足取りがつかめない状況です。

出所した4人は誰一人反省しておらず逃げ続けている!?

名古屋アベック殺人事件では、刑事裁判のみではなく民事裁判も行われています。そこで、遺族への賠償金の支払いが和解の条件として決定しました。

しかし、出所した4人の犯人たちは、現在ではもう誰一人として賠償金の支払いに応じていません。また、新しい住所の通告もしていないため、完全に行方をくらませている状況です。

そして行方をくらませ、賠償金の支払いもしていない犯人たちは皆、なんらかの形で新しい人生を謳歌しています。

こういった点からも、出所した4人は現在では誰一人として反省しておらず、賠償金の支払いといった罪の償いから逃げ続けているのです。

「名古屋アベック殺人事件」の被害者遺族の現在

名古屋アベック殺人事件で、あまりにも身勝手な動機で殺害されてしまった被害者の二人。その二人の遺族も、名古屋アベック殺人事件のせいで酷く苦しんでいます。では、被害者遺族の方々は現在どうなっているのでしょうか。その詳細を確かめてみましょう。

被害男性の父親は孤独死!?

被害者男性側の遺族の現在の詳細ですが、父親に関しては1993年に亡くなってしまっています。被害者男性の父親は、マンションで孤独に、一人で机に突っ伏した状態で亡くなっていたそうです。

事件が起きてからわずか5年後に亡くなっていることを考えると、名古屋アベック殺人事件の心労やストレスなどが原因で亡くなってしまったのではないかと考えられます。

名古屋アベック殺人事件は、間接的にではありますが被害者遺族までもを殺してしまったと言っても過言ではないでしょう。

被害女性の母親は若くして病死!?

被害者女性側の遺族の詳細ですが、母親は1997年に59歳という若さでこの世を去っています。死因は病死となっていますが、これも恐らく名古屋アベック殺人事件による心労などが原因なのではないでしょうか。

1997年というと、事件の発生からおよそ9年後になります。やはり、名古屋アベック殺人事件はこういった形で、被害者遺族にも大きな傷跡を残していることが分かるでしょう。

社会からドロップアウトした人間による犯罪

名古屋アベック殺人事件は、「社会からドロップアウトした若者」が起こしたという点や、その「残虐で非人間的」な犯行内容から、当時の日本を震撼させました。

また、同時期に「女子高生コンクリート詰め事件」というものもあり、当時の日本では社会からドロップアウトしてしまった若者の存在が社会問題化しました。

当然、家庭環境などの育った環境が悪くて社会からドロップアウトしてしまったことは同情するべきことでしょう。しかし、だからといって犯罪が許されるわけではありません。

さらに、名古屋アベック殺人事件の犯行グループのメンバーのほとんどは、賠償金の支払いもせずに、住所の申告もせずに、事件の責任から逃れ続けているのも大きな問題です。

こういった事件が再び起きないようにするにはどうすればいいのか。社会からドロップアウトしそうな、あるいはもう既にしてしまった若者をフォローすることや、少年法を改めることで犯罪の抑止を図るなど、こういったことが重要になるでしょう。

社会のシステムを変えて、より良い社会を作ることで、名古屋アベック殺人事件のような若者による「狂宴的犯罪」の再発を抑えることができるでしょう。

関連するまとめ

Missing
この記事のライター
塚田 竜ノ介

人気の記事

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ