加茂さくらは秋篠宮文仁親王の母親?若い頃や宝塚時代の画像など!

今上天皇の第二皇子である秋篠宮文仁親王(あきしののみやふみひとしんのう)ですが、母親は皇后美智子様ではなく、元宝塚娘役トップスターの加茂さくらさんなのでは?というとんでもない噂が流れています。加茂さくらさんの若い頃の画像を交え、噂の真相に迫ります。

加茂さくらは秋篠宮文仁親王の母親?若い頃や宝塚時代の画像など!のイメージ

目次

  1. 1加茂さくらと秋篠宮文仁親王がそっくり?宝塚時代の若いころや出生の秘密も!
  2. 2加茂さくらとは?
  3. 3加茂さくらの経歴
  4. 4秋篠宮文仁親王との関係は?加茂さくらが母親って本当?
  5. 5秋篠宮様の母親が加茂さくらという噂はどこから?
  6. 6加茂さくらの夫や子供は?
  7. 7加茂さくらの若いころと現在の画像
  8. 8加茂さくらの現在は?
  9. 9噂に惑わされないで

加茂さくらと秋篠宮文仁親王がそっくり?宝塚時代の若いころや出生の秘密も!

現在、小室圭さんとの結婚問題に揺れる眞子様の父親である秋篠宮文仁親王(あきしののみやふみひとしんのう)。

今上天皇(天皇陛下)と皇后美智子様の間にお生まれになった秋篠宮文仁親王ですが、実は彼の本当の母親は美智子様ではないのでは?という、とんでもない噂が囁かれています。

秋篠宮文仁親王の母親として名前が上がっているのが、元宝塚娘役トップスターの加茂さくらさんです。加茂さくらさんの経歴を若い頃の画像を交えながら振り返り、噂の真相に迫ります。

加茂さくらとは?

秋篠宮文仁親王の母親と噂されている加茂さくらさんとは、どのような女性なのでしょう。元宝塚娘役トップスターで女優の加茂さくらさんについてご紹介します。

加茂さくらのプロフィール

本名 大谷照子
生年月日 1937年7月16日
現在の年齢(2019年現在) 81歳
出身地 東京都港区(旧 東京都東京市)
血液型 A型
活動内容 女優、歌手、アーティスト、司会者、MC
所属グループ 宝塚歌劇団花組、月組、雪組、声楽専科、雪組、声楽専科(雪組と声楽専科を2度経験)
所属事務所 宝塚歌劇団(1955年~1971年)

加茂さくらさんこと大谷照子さんは、1937年生まれの現在81歳です。加茂さくらさんは東京市麻布区(現、東京都港区)で生まれ、幼少時は疎開先を転々とし、中学からは京都で育ちました。

1955年に17歳で宝塚歌劇団に入団し、以来16年間にわたって娘役として活躍します。若い頃の画像を見ても分かる通り、周囲を魅了する美貌の持ち主であり、歌声も素晴らしく、若い頃は「歌劇史上最高のプリマドンナ」と謳われていました。

80代になってもなおその美貌は健在で、2017年12月18日放送の『中居正広の身になる図書館』に出演した際には、視聴者から「今の方が美人になっておられるような気がします。」、「こういう風に年を取りたい。」と絶賛されました。

加茂さくらの経歴

若い頃に宝塚きってのプリマドンナと呼ばれ、宝塚のトップスターとして名を残した加茂さくらさん。今なお80代にして現役を貫いている加茂さくらさんの宝塚入団から退団後までの軌跡を辿ってみましょう。

1955年宝塚歌劇団へ入団し月組へ配属

加茂さくらさんは母親が宝塚歌劇団のファンであった影響を受けて、1955年の17歳の時に花組公演『春の踊り』で宝塚歌劇団に42期生として入団しました。宝塚入団時の成績は、36人中20位であったそうです。入団後は月組に配属され、活動しました。

ちなみに、宝塚歌劇団の花組、月組、雪組という組の名称は「雪月花」からとられているそうで、花組が宝塚で最も歴史の古い組とされています。

1961年から雪組の主演娘役へ

加茂さくらさんは当時としては異例のスピードでトップスターの座へと上り詰め、1961年から1968年まで雪組の主演娘役(ヒロイン役)として人気を博しました。

主に、元宝塚歌劇団雪組男役トップスターの明石照子さんや眞帆志ぶきさんの相手役を務め、雪組娘役トップの座に君臨していました。

1968年専科へ移動

雪組の主演娘役として大活躍であった加茂さくらさんですが、1968年からは専科へ移動しています。宝塚でいう「専科」とは、特定の組に所属しない一芸に秀でた団員の集まりのことです。

近年は振り分けはされていないようですが、以前は「舞踊専科」、「演劇専科」、「声楽専科」、「ダンス専科」、「映画専科」などに分けられていました。若い頃の加茂さくらさんは綺麗なソプラノを活かし、声楽専科に所属していたそうです。

宝塚歌劇団を退団

加茂さくらさんはその後も雪組と声楽専科を2度経験し、1971年に33歳で惜しまれつつ宝塚歌劇団を退団しました。

宝塚在団中には、『恋人よ我に帰れ』、『クレオパトラ』、『花のオランダ坂』など数々の舞台でヒロインを演じ、名娘役として宝塚の歴史に名を残しました。 

退団後は女優業と実母の介護を両立

退団後は、女優としてテレビドラマ『寺内貫太郎一家』に出演した他、ワイドショー番組『3時のあなた』の司会も務めるなど芸能活動を続けます。

ところが、1996年に加茂さくらさんの母親である風子さんが大腸がんを発症、当初は加茂さくらさんの妹であり同じく宝塚出身の加茂すみれさんが1人で介護をしていましたが、翌年加茂さくらさんも介護や妹が経営していたスナックを手伝うために芸能活動を一時休止しました。

その後は芸能活動を再開し、母親が94歳で死去するまで10年間にわたって、女優業と介護を苦労しながら両立してきました。

秋篠宮文仁親王との関係は?加茂さくらが母親って本当?

若い頃に宝塚でプリマドンナとして輝かしい活躍をしてきた加茂さくらさんですが、秋篠宮文仁親王の実の母親なのではないかという疑惑が出ています。秋篠宮文仁親王と加茂さくらさんに親子関係は本当にあるのでしょうか。

加茂さくらは天皇陛下の子供を産んだ?

加茂さくらさんが秋篠宮文仁親王の母親だとすると、今上天皇(天皇陛下)と関係があったことになってしまいます。

昔の皇室では後継ぎの問題があり、確実に男の子を産むために一夫多妻制が取られることもありましたが、大正天皇の頃からは皇室も一夫一妻となっています。そのため今上天皇も、婚姻後に皇后美智子様以外の女性と関係をもったとは考えにくいですが…。

加茂さくらと秋篠宮文仁親王は顔が似ていると話題に

加茂さくらさんと秋篠宮文仁親王は顔が似ていると話題になっています。確かに加茂さくらさんの若い頃の画像と秋篠宮文仁親王の画像を見比べてみると、目元のあたりがよく似ているように感じます。

しかし、秋篠宮文仁親王がお生まれになった1965年11月30日当時、加茂さくらさんは現役の宝塚団員として活躍していました。

実際に、1965年1月29日~2月28日にかけては『港に浮いた青いトランク』に、9月2日~9月30日にかけては『ゴールデン・シャドウ』に出演しています。宝塚の厳しい稽古や激しい動きのある舞台に長期間にわたって妊娠中に出演できるとは思えません。

また、加茂さくらさんは1966年1月1日~1月31日に『日本の祭』に出演しており、もし本当に加茂さくらさんが秋篠宮文仁親王の母親であるとするならば、わずか産後1ヶ月で舞台に上がったことになります。

稽古のこともありますし、それはさすがに不可能であるため、加茂さくらさんが秋篠宮文仁親王の母親であるという噂はガセである可能性が高いです。

加茂さくらは皇太子徳仁親王妃雅子の母方祖母方面の遠縁?

今上天皇の第一皇子である皇太子徳仁親王(こうたいしなるひとしんのう)の妃である雅子様と、加茂さくらさんは遠縁にあたるそうです。

加茂さくらさんは、雅子様の母方祖母方面の遠縁とされており、雅子様の母方の祖母は江頭寿々子(えがしらすずこ)さんであり、寿々子さんは海軍大将の山屋他人(やまやたにん)さんと貞子さん夫妻の五女であるため、この辺りでどこかに繋がりがあるようです。

秋篠宮様の母親が加茂さくらという噂はどこから?

そもそも、加茂さくらさんが秋篠宮文仁親王の母親であるという噂はどこから出てきたのでしょう。火の無い所に煙は立たないとは言いますが、何か根拠のようなものはあったのでしょうか。加茂さくらさんの秋篠宮文仁親王母親説の根拠についてご紹介します。

今上天皇が加茂さくらのファン


一説によると、今上天皇が加茂さくらさんのファンであることから、加茂さくらさんの秋篠宮文仁親王母親説が出たともされています。

今上天皇が加茂さくらさんのファンであると公言した記録は見つかりませんが、実際に今上天皇は1958年4月、同年11月、2010年4月13日にご公務で宝塚歌劇団の公演をご覧になられています。

加茂さくらさんは1955年に宝塚に入団していますので、今上天皇は舞台上の加茂さくらさんを直接ご覧になられていたかも知れません。

ちなみに、1968年4月には美智子様が、2014年4月5日にはこの噂の当事者である秋篠宮文仁親王がそれぞれ観劇なさっています。

秋篠宮文仁親王の幼少期が加茂さくらにそっくり


加茂さくらさんと秋篠宮文仁親王の顔が似ていると話題になったのは前述の通りですが、特に幼少期の礼宮文仁親王(あやのみやふみひとしんのう、後の秋篠宮文仁親王)の可愛らしいお顔だちが、若い頃の加茂さくらさんにそっくりであったと言われています。

画像を見ると、確かにどことなく似ているような気もします。ただ、美智子様の若い頃の画像を見ると、秋篠宮文仁親王(礼宮文仁親王)は加茂さくらさんよりも、やはり美智子様に似ていらっしゃるのが分かります。

幼い秋篠宮文仁親王(礼宮文仁親王)の笑った顔が、若い頃の美智子様の笑顔にそっくりです。美智子様と加茂さくらさんはあまり似ていらっしゃらないのに、秋篠宮文仁親王(礼宮文仁親王)が加茂さくらさんに似ているように見えるのは不思議なことです。

美智子様が女性特有の病気を患っていた

美智子様は1963年3月4日に第二子をご懐妊されていますが、3月22日に宮内庁病院に緊急入院、胞状奇胎と診断され、翌23日の午後には流産の処置手術が行われました。

胞状奇胎とは異常な受精卵が増殖してしまうもので、「全胞状奇胎」と「部分胞状奇胎」があります。全胞状奇胎は、受精後に何らかの原因で卵子の核が消失、または、もともと核の無い卵子と精子が受精してしまい、子宮腔内全体にぶどうの房状の絨毛が異常増殖してしまうことです。

一方、部分胞状奇胎は一つの卵子に二つの精子が侵入することで発生し、異常増殖した絨毛と胎児の成分が混在している状態です。いずれにせよ、胎児は亡くなってしまいますので、流産の処置手術を行わなければなりません。

胞状奇胎になってしまっても、大半の場合はその後も妊娠が可能であり、次の妊娠時に流産や妊娠合併症、胎児の先天異常などのリスクが高くなることはありません。ただし、胞状奇胎の摘出後6カ月~1年間は妊娠を避けるようにと医師から言われます。

美智子様は1965年に礼宮文仁親王(秋篠宮文仁親王)をご懐妊、ご出産されていますので、胞状奇胎から約2年後のご懐妊となります。

一説によると、この2年の間に宮内庁が今上天皇に側室を持つようにお勧めし、今上天皇が加茂さくらさんを指名したと囁かれていますが、信憑性に欠ける話です。

加茂さくらの夫や子供は?

秋篠宮文仁親王の母親と噂される加茂さくらさんですが、加茂さくらさんには旦那さんやお子さんはいらっしゃるのでしょうか。そもそも、加茂さくらさんはご結婚なさっているのかどうか気になります。加茂さくらさんのプライベートをチェックしてみましょう。

芸能活動が忙しかった

結論から言ってしまえば、加茂さくらさんには結婚歴はなく、お子さんもいらっしゃいません。若い頃の画像を見ても、こんなに美人で男性が寄ってこないはずがないと思ってしまいますが、若い頃の加茂さくらさんは芸能活動が忙しく、恋愛が二の次三の次になるのは仕方ありませんでした。

宝塚歌劇団時代は舞台でトップスターとして、退団後もテレビドラマに映画にと売れっ子女優として活躍していれば、恋愛や結婚をする暇もなかったことでしょう。

母親の介護

加茂さくらさんは芸能活動に加え、母親が病に倒れてから94歳で死去するまで、10年間にわたって介護も両立してきました。ただでさえ多忙な芸能活動の傍ら、介護もこなすというのは想像ができないほどに大変なことです。

まさしく恋愛や結婚をする暇なんてなかったと言えます。加茂さくらさんは現在も独身であり、同じく独身である妹の加茂すみれさんとお互いに助け合いながら生活をされているそうです。

加茂さくらの若いころと現在の画像

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ここで加茂さくらさんの若い頃の画像を見てみましょう。目鼻立ちがはっきりしていて目力があり、肌も綺麗でとてもお美しいです。宝塚歌劇団の衣装では、洋装も和装もよくお似合いでした。

この容貌で歌唱力も抜群なのですから、宝塚歌劇団で人気が出ないわけがありません。冒頭に載せた加茂さくらさんの現在の画像を見ても81歳にはとても見えず、今なお、お美しい限りです。

加茂さくらの現在は?

御年81歳の加茂さくらさんですが、現在も芸能活動を続けていらっしゃるのでしょうか。
加茂さくらさんの現在の様子について調べてみました。

女優として第一線で活躍中

加茂さくらさんは現在も、まだまだ現役女優として活躍中です。最近では、2017年12月18日放送の『中居正広の身になる図書館若さの秘密大追跡2時間スペシャル』に出演し、若さの秘訣である食生活について語っていらっしゃいました。

なんでも、加茂さくらさんは毎朝ビタミンCの原末とお酢を入れた特製青汁ドリンクを40年以上も欠かさず飲まれているのだとか!まさに、“美は一日にしてならず”です。

また、女優としての活動の他に、妹である加茂すみれさんが経営するスナック「路(みち)」の手伝いも時折していらっしゃるそうです。

スナック「路」は、兵庫県尼崎市の阪急塚口駅から徒歩5分の住宅地にある、昔ながらの温かみのあるお店です。お近くにいらした際にはぜひ立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

噂に惑わされないで

加茂さくらさんが秋篠宮文仁親王の母親であるという噂には明確な根拠はなく、信憑性に欠けるものでした。この噂は、皇太子妃は旧皇族や華族から選ばれるのが当然と考えられていた時代において、平民出身の美智子様に対する反対勢力(守旧派)が流したものであるとも考えられます。

美智子様は皇室の慣習であった乳母制度や傅育官制度(教育の専門官が子育てをする制度)を廃止し、3人のお子様をすべてご自身の手で育てられただけあって、このような噂が流れるのは悔しい限りです。

また、近年では、秋篠宮文仁親王の母親であるという噂で知られるようになってしまった加茂さくらさんですが、このような噂がなくても名の知れる「歌劇史上最高のプリマドンナ」でした。そして、御年81歳となった今なお、第一線で活躍し続ける名女優でもあります。

噂に惑わされず、加茂さくらさんの今後の活躍も応援してゆきましょう。

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この記事のライター
hk1808
情熱的な旦那に根負けし、23才で結婚。 現在は、子鉄の小学生男子と女子力の高い園児女子に日々振り回されています。...

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