赤城神社主婦失踪事件の真相とは?未解決の主婦行方不明事件について!

1998年に起こった赤城神社主婦失踪事件をご存知でしょうか?失踪した志塚法子さんは神隠しにあったのではないかと世間で一躍話題になりました。未解決のまま20年を過ぎた赤城神社主婦失踪事件の真相や志塚法子さんの現在などを調べてまとめました。

赤城神社主婦失踪事件の真相とは?未解決の主婦行方不明事件について!のイメージ

目次

  1. 1赤城神社主婦失踪事件とは?未解決事件の真相に迫る!
  2. 2赤城神社主婦失踪事件とは?
  3. 3赤城神社主婦失踪事件の詳細
  4. 4失踪事件当日の志塚法子さんとは?
  5. 5赤城神社主婦失踪事件への警察の捜査は?
  6. 6赤城神社主婦失踪事件の真相とは?
  7. 7赤城神社主婦失踪事件のテレビ番組による調査
  8. 8赤城神社主婦失踪事件に似ている未解決失踪事件
  9. 9赤城神社主婦失踪事件から20年

赤城神社主婦失踪事件とは?未解決事件の真相に迫る!

赤城神社主婦失踪事件をご存知でしょうか?1998年に群馬県にある神社で起きた失踪事件で、行方不明となってしまった志塚法子さんは現在も見つかっていません。当時は「神隠し」ではないかと騒がれていた事件ですが、後々になって駆け落ち説も出てきたようです。今回はこの赤城神社主婦失踪事件の真相に迫っていきたいと思います。

赤城神社主婦失踪事件とは?

赤城神社主婦失踪事件とは、1998年5月3日群馬県前橋市三夜沢町(みよさわまち)にある赤城神社で起こった失踪事件です。事件の起こった場所が神社ということもあり、神隠しにあったのではないかと世間で大きな話題になりました。

失踪したのは千葉県白井市在住の主婦、志塚法子さんです。現在も志塚法子さんは行方不明のままで、赤城神社主婦失踪事件は未解決事件となっています。

赤城神社で起こった未解決事件

赤城神社主婦失踪事件は群馬県前橋市三夜沢町(みよさわまち)にある赤城神社で起きました。群馬県には赤城神社が多数存在しており、三夜沢町にある赤城神社は「三夜沢赤城神社」と呼ばれています。つつじの名所であると知られており、赤城神社主婦失踪事件の起きた5月にはゴールデンウィークの大型連休で観光客が溢れていたそうです。

そんな中、志塚法子さんは忽然と姿を消してしまいました。警察は迅速に捜索を始めましたが、志塚法子さん失踪時の有力な目撃証言が得られれませんでした。現在も志塚法子さんは行方不明で失踪の真相もわからないまま、未解決事件として扱われています。

神隠しとも

赤城神社主婦失踪事件が起きた現場が神社ということや、多くの観光客の中から志塚法子さんだけが忽然と姿を消したことから、世間では神隠しにあったのではないかと騒がれました。赤城神社では以前から神隠しの伝説もあると言われているそうです。伝説の影響もあり、赤城神社主婦失踪事件の真相も神隠しではないかと考えられたようです。

赤城神社主婦失踪事件の詳細

発生から20年以上がたった今も未解決のままである赤城神社主婦失踪事件はどのようにして起こったのでしょうか。なぜ事件当日に赤城神社へ向かったのか、志塚法子さんはどのように姿を消したのか。こちらでは赤城神社主婦失踪事件の一連の流れと詳細をご紹介します。

志塚法子さんが家族で赤城神社につつじ見物に

赤城神社主婦失踪事件の起きた1998年5月3日、千葉県白井市に住んでいた志塚法子さんは、家族と群馬県前橋市三夜沢町にある赤城神社の名物であるつつじを見物するために、車で現場を訪れていました。一緒に赤城神社へ訪れたのは志塚法子さんと夫、娘、孫、叔父、叔母、義母の合わせて7人でした。

赤城神社主婦失踪事件の当日は朝から雲が多く、志塚法子さん一家が神社に着いた頃には大雨が降っていました。しかし、ゴールデンウィークの大型連休中ということもあり、神社の境内は人で溢れていたそうです。

夫と叔父を追うように参道を登る

駐車場に車を止めた志塚法子さん一家はあまりの大雨に神社へ参拝するのを諦めました。しかしせっかくここまで来たからと、志塚法子さんの夫と叔父が参拝することになり、二人だけで車を降りました。

二人が車を降りて数十分後に志塚法子さんが「私も行ってくる」と言って財布から小銭を取り出し、車を降りて夫と叔父を追うように赤城神社に続く参道を登って行ったそうです。これが志塚法子さんと家族の最後のやり取りになりました。

娘が境内以外の場所にいる志塚紀子さんを目撃

志塚法子さんが車を降りると、車には娘、孫、叔母、義母が残り、4人で参拝に行った3人が帰ってくるのを待っていました。このとき志塚法子さんの娘が、自分の子どもをあやすために車を降りた際、神社の境内とは違う方向で佇んでいる志塚法子さんを目撃しています。駐車場から100mほど離れた場所で目撃された志塚法子さんは一体何をしていたのでしょうか。

神隠しにあったかのように志塚紀子さんが姿を消す

娘は「あんな所でなにをしているんだろう」と不審に思いましたが、一瞬目を離して再び同じ場所を見たときには、既に志塚法子さんは姿を消してしまいました。これが家族が最後に見た志塚法子さんの姿となりました。先に赤城神社に参拝していた志塚法子さんの夫と叔父も、駐車場と赤城神社を往復している間、志塚法子さんに会うことはなかったそうです。

この後も志塚法子さんは家族のもとに姿を見せず、行方不明となりました。家族が最後に志塚法子さんを目撃してからほんの数十秒ほど目を離した隙に姿を消したことから、まるで神隠しにあったようだと騒がれたようです。

失踪事件当日の志塚法子さんとは?

赤城神社主婦失踪事件当日、志塚法子さんはどんな服装や髪型をして赤城神社にきていたのでしょうか。大雨ということもあり、傘もさしていたようです。こちらでは赤城神社主婦失踪事件当日の志塚法子さんの服装や髪型、そして見た目の特徴、所持していた物などをご紹介します。

服装や髪形

赤城神社主婦失踪事件が起きた当日、志塚法子さんはピンクの長袖シャツに、黒いスカート、ハイビスカスのついた青いサンダル、そして眼鏡を身に着けていました。志塚法子さんは身長156cmでやや小太り気味だったそうです。

大雨のため赤い傘をさしていた

赤城神社主婦失踪事件の当日は大雨が降っていたため、志塚法子さんは赤い傘をさして参道へ向かっています。赤い傘というのは非常に目立つ色で、大勢の観光客の中に紛れても志塚法子さんの傘は目についたと思われます。服装の特徴とあわせて大変目立つ格好をしていましたが、志塚法子さんを見かけたという証言は出てきませんでした。

所持金はお賽銭の101円

赤城神社主婦失踪事件発生後、警察の捜査によると当時志塚法子さんが所持していた金額は101円だったことがわかりました。「お賽銭をあげてくる」と家族に言って、財布の中から100円玉1枚と1円玉1枚を取り出し、車から降りたそうです。一般的にお賽銭といえばキリがいい数字や縁起のいい金額を選ぶことが多いですが、なぜ志塚法子さんは101円を持って失踪したのでしょうか。

補聴器を外していた

赤城神社主婦失踪事件で失踪した志塚法子さんは難聴持ちであったと言われています。雨の日にはめまい等の発作を起こすこともあったそうです。しかし、車から降りて赤城神社に向かうときは補聴器を外して車に残していきました。難聴持ちの人にとって補聴器はとても大切なものです。

志塚法子さんが補聴器を置いていったことに気づいた娘は、心配になり志塚法子さんを探しに出たそうです。しかし、志塚法子さんの姿を見つけることはできませんでした。

赤城神社主婦失踪事件への警察の捜査は?

赤城神社の駐車場で志塚法子さんの娘が姿を目撃したのを最後に、志塚法子さんは忽然と姿を消しました。車でいくら待っていても戻ってこない志塚法子さんを心配した家族は、志塚法子さんが消えてしまったと警察に通報をします。赤城神社主婦失踪事件に対して、警察はどのような調査をしたのでしょうか。

付近一帯を10日間捜査するも発見できず

志塚法子さんの家族の通報によって、警察の捜査が始まります。警察や消防団によって赤城神社や付近一帯の捜査が10日間行われ、延べ100人で捜索しましたが志塚法子さんは発見できませんでした。

ゴールデンウィーク中で観光客が大勢いたということもあり、有力な目撃証言が出てくるのでははないかと期待されていましたが、残念ながら志塚法子さん発見には至らなかったようです。

志塚法子さんの目撃情報はなし

警察は赤城神社主婦失踪事件をすぐに公にし、広く情報提供を呼びかけました。群馬県警に20件ほどの情報提供があったとされていますが、どれも有力な手がかりとはなりませんでした。

事件当日に志塚法子さんの娘が「帽子を深くかぶった3人組とすれ違った」と証言をしましたが、その3人組の中に志塚法子さんがいるとは断定できず、また赤城神社主婦失踪事件に深くかかわった証拠も見つからなかったため、捜査は困難を極めました。

大阪と米子からの無言電話

赤城神社主婦失踪事件が発生してから、志塚法子さんが住んでいた千葉県白井市の自宅に数回の無言電話がかかってきたそうです。局番を調べたところ、大阪と米子からかけられた電話であることがわかりました。

しかし、これ以上の情報はわからなかったそうです。失踪した志塚法子さん本人がかけてきた電話なのか、事件に関わっている人物からの電話だったのか、はたまた赤城神社主婦失踪事件を知った第三者からのいたずら電話だったのか、その真相は未だに不明のままです。

有力な手掛かりがないまま捜査打ち切り

赤城神社主婦失踪事件が起きてから10年後の2008年5月に、志塚法子さんの顔写真を掲載した捜索チラシ500枚が配布されました。しかし有力な情報は集まらず、真相がわからないまま捜査打ち切りとなってしまいます。

2008年6月失踪宣告

赤城神社主婦失踪事件の捜査打ち切りとなった年の2008年6月に、家族からの申し立てにより志塚法子さんの失踪宣告が出されました。これにより、志塚法子さんは法律上死亡したものとしてみなされ、赤城神社主婦失踪事件は未解決事件のまま迷宮入りとなりました。

赤城神社主婦失踪事件の真相とは?

未解決のまま、謎を多く残している赤城神社主婦失踪事件ですが、その多くの謎を考察することで真相が見えてくるかもしれません。こちらでは赤城神社主婦失踪事件の真相ではないかと話題になった神隠し説や駆け落ち説などをご紹介します。

神隠し説

志塚法子さんが短時間で忽然と姿を消して失踪したことから、赤城神社主婦失踪事件の真相は神隠しではないかと考える人も少なくありません。実は赤城神社は昔から神隠しの都市伝説が残る神社として知られています。

大正時代に、嫁入り前の女性がこの神社を参詣し神隠しのように姿を消したという記録が残っています。また他にも昭和19年に太平洋戦争へ出征した息子の無事を祈願しに訪れた夫婦が赤城神社で消息を絶ったという記録も残されています。このような都市伝説が残っていることから、志塚法子さんも赤城神社の神隠しにあったのではないかと考える人も多いようです。

志塚法子さん駆け落ち説

神隠し説のほかに、志塚法子さんが駆け落ちしたのではないかという説もあります。しかし、この説はあまり信ぴょう性がないと言えるでしょう。この日、志塚法子さん一家が赤城神社につつじを見にいったのは前もって計画されていた事ではありませんでした。

事件当日に一家が訪れていた花屋で、法子さんの義母が「赤城神社に(つつじを)見にいこう」と言い出したため、赤城神社に行くことが決まったそうです。急遽決まった予定に合わせて、駆け落ちができるものでしょうか。また志塚法子さんが住んでいた千葉県白井市と事件現場である群馬県宮城市とでは、直線距離にして約110kmほど離れています。

これほどに離れた場所へ家族を連れて赴き、駆け落ち相手と待ち合わせるのはあまり現実的な考えとは言えません。この駆け落ち説は「有り得ない」とまでは言い切れませんが、赤城神社主婦失踪事件の真相としては可能性が低いと言えるでしょう。

事故説

赤城神社主婦失踪事件では、赤城神社に向かうまでの間に志塚法子さんが事故にあったのではないか、という説もありました。赤城神社の参道はきちんと整備されており、安全性が確保されています。しかし、赤城神社一帯は山に囲まれており、参道から離れると途端に木々に囲まれて道が分からなくなってしまいます。

志塚法子さんは何らかの理由で参道を外れ、山中へ迷い込み、崖から落ちてしまったか、足をくじいて動けなくなってしまったのではないかと考える人もいたようです。実際に志塚法子さんは難聴による持病もありました。持病による発作で意識が朦朧とした状態になり、不幸な事故にあってしまった可能性もあるのかもしれません。

赤城神社主婦失踪事件のテレビ番組による調査

残された家族は志塚法子さんを探すために、メディアの力を借りました。「奇跡の扉TVのチカラ」という番組で、日本中に赤城神社主婦失踪事件の情報提供を呼びかけたのです。こちらでは赤城神社主婦失踪事件について放送された内容を詳しくご紹介します。

「奇跡の扉TVのチカラ」

「奇跡の扉TVのチカラ」とは2002年10月9日から2006年9月18日までにレギュラー放送されていた生放送事件情報番組です。それ以降も不定期の特別番組として放送されていましたが2007年6月30日に放送を終了しています。

これまでに138件の事件を取り上げ、そのうち58件を解決に導きました。3分の1もの事件を解決に導いていることから、赤城主婦失踪事件の捜査にも進展が見えるのではないかと大きく期待を寄せられていました。

赤城神社主婦失踪事件の当日のホームビデオ動画が公開

志塚法子さんの家族は「奇跡の扉TVのチカラ」に出演し、赤城神社主婦失踪事件の情報提供を呼びかけました。すると番組に1本のホームビデオがテレビ局に提供されました。そのビデオは事件当日に赤城神社を訪れていた視聴者が撮影していたものでした。そこにはピンクのシャツを着て赤い傘を指した女性が、誰かに傘を差しだすような姿が小さく写っていたのです。

志塚法子さんは映っておらず

提供されたビデオに写った女性は、志塚法子さんが失踪した時の服装と一致していました。これは本人ではないかとスタジオは色めき立ちましたが、志塚法子さんの家族が確認したところ、ホームビデオに写っていた女性は別人であることが判明しました。映像を再確認したところ、画面右下にもう一人女性が写っていました。

映像解析の結果、こちらの女性も赤い傘をさしていて、髪の長さが志塚法子さんと同じくらいであることがわかりました。しかし、こちらの女性も志塚法子さん本人だとは断定できなかったようです。

赤城神社主婦失踪事件の超能力者による調査

「奇跡の扉TVのチカラ」では赤城神社主婦失踪事件の真相解決のため、世界で活躍している超能力者に捜査協力を依頼します。透視的中率が90%を超えると言われ、数々の未解決事件を解決へと導いた全米屈指の超能力者、ゲイル・セントジョーンを日本に招きました。

ゲイル・セントジョーンは赤城主婦失踪事件についてアメリカで事前透視を行ってから来日しました。実際に現場を訪れさらに透視による捜査を行い、赤城神社主婦失踪事件の真相に迫っていきました。

倒れて助けを求める男性

ゲイル・セントジョーンの透視によると、志塚法子さんは車を降りて神社に向かう途中、若い男性から「倒れている男性がいるので手を貸してほしい」と声をかけられたそうです。助けを乞われた志塚法子さんが若い男性の後をついていくと、そこには中年の男性が倒れていました。志塚法子さんは倒れていた中年の男性に「大丈夫ですか」と声をかけて手を差し伸べたそうです。

この中年男性が倒れていた場所が、志塚法子さんの娘が最後に彼女を目撃した場所だと透視されています。しかし、男性たちは木の陰に隠れて見えなかったそうです。

助けようとして誘拐される

ゲイル・セントジョーンの透視によると、志塚法子さんは若い男性の言うままに、倒れていた男性を助けて車に運ぶ手伝いをしたそうです。そして車に近づいた瞬間に男性たちに殴られ、むりやり車に乗せられて拉致されたという透視結果が出ました。透視によって浮かび上がった男性たちは一体何者だったのでしょうか。

暴行を受け山中で解放される

ゲイル・セントジョーンはさらに透視を続けました。車にむりやり乗せられた志塚法子さんは、男性たちのアジトに連れていかれたそうです。男性たちの目的は、金品でも、殺害でもなく、性的暴行だとゲイル・セントジョーンは告げました。

性的暴行を受けた後、志塚法子さんは鉄のおもりのようなもので頭を殴られました。しかしここでは殺されず、翌日の夜に赤城神社近くで解放されたそうです。

山中をさまよい足を滑らせて死亡

赤城神社近くの山中で解放された志塚法子さんは、頭を強く殴られたショックからか意識が朦朧として、自分が誰なのかわからなくなっていた可能性があったそうです。

そのような状態で山中をさまよっているうちに、足を滑らせて崖から落ちて死亡した、というのがゲイル・セントジョーンによる透視結果でした。しかし、ゲイル・セントジョーンの透視結果には不可解な点が挙げられます。

白昼堂々の犯行

志塚法子さんが車を降りて、参道にむかったのは事件当日の正午ごろのことでした。赤城主婦失踪事件の現場は観光地であり、名物の「つつじ」のシーズンということもあり人目も多く、犯罪を犯すにはリスクが高まるだけで不向きの場所であったはずです。

また観光客でごった返すほど大勢の人がその場にいたはずなのに、物音や叫び声を聞いた、不審な人物を見かけたという証言は全く出てきませんでした。犯人たちがわざわざリスクのある犯罪を行うのか、また証言が全く出てこないという不可解な点から、ゲイル・セントジョーンの透視結果を赤城神社主婦失踪事件の真相とするのは難しいと思えます。

赤城神社主婦失踪事件以外の神隠しの噂がある場所は?

赤城神社主婦失踪事件の現場となった赤城神社はもともと神隠しの噂がある場所でした。日本には赤城神社の他にも神隠しの噂を持つ場所が多く存在しているようです。こちらでは有名な神隠しスポットとその説話をご紹介します。

松崎村サムト(岩手県)

1つ目にご紹介するのは神隠しスポットは岩手県閉伊郡松崎村(現在は遠野市)サムトです。民族学者である柳田国男が明治43年に発表した「遠野物語」という説話集に掲載され、神隠しにまつわる伝説の中でも特に知られている説話です。松崎村サムトと呼ばれる地域に住んでいた娘がある日、木の下に草履を残して、行方不明となりました。

その30年後、親戚たちが集まっているところへ行方不明だった娘が、山姥のように老いた姿となって帰ってきました。「何故いなくなったのか」と事情を尋ねる親戚に対して「みんなに遭いたくて帰ってきたものの、山に帰らなければならい」と老婆は答え、去ってしまったそうです。それから老婆は毎年村に帰ってくるようになりましたが、その日は決まって嵐になりました。

困った村人たちは、老婆が来ないように巫女に頼み、村境を封じる石塔を建てました。これ以降村に老婆は村に現れなくなったそうです。この説話は現地では「モンスケ婆」と呼ばれ、語り継がれていましたが「遠野物語」が有名になると「サムトの婆」の名で遠野の伝承として定着するようになったそうです。

藪知らずの森(千葉県)

2つ目にご紹介する神隠しスポットは、「薮知らずの森」と呼ばれる場所です。薮知らずの森は千葉県市川市八幡にある森の通称で、古くから禁足地として扱われてきました。また「足を踏み入れると二度と出てこられなくなる」という神隠しの伝承を持ち、現在でも立ち入ることはタブーとされています。

薮知らずの森に入ってはいけない理由は諸説広まっていますが、この神隠しスポットがある市川市には平将門伝説が根付いているようです。関東を平定していた平将門が討たれ、首を塩漬けにして都に送るときに、6人の武士が奪い返そうとしました。しかし、薮知らずの森あたりで姿を消し、6つの土人形が現れたそうです。

この土人形が風雪により土となりました。この7人の武士の怨念が残り、薮知らずの森の土を踏んだものは祟りにあい、死んで出てこれない、という伝承が残されています。また、水戸黄門として有名な徳川光圀が、薮知らずの森の伝説に興味を持ち、足を踏み入れたことがあるそうです。しかし、薮に入ってすぐ、慌てて藪の中から戻ってきたという伝承も残ってます。

禁足地とされる薮知らずの森ですが不知森神社(しらずのもりじんじゃ)の領域だけは足を踏み入れることが許されています。この不知森神社を参拝すれば神隠しに合わず、無事に帰れるそうです。

赤城神社主婦失踪事件に似ている未解決失踪事件

赤城神社主婦失踪事件で行方不明となった志塚法子さんの他にも、日本では年間8万人もの人が失踪していると言われています。その多くが見つからないまま、未解決事件として迷宮入りしてしまうことが多いようです。こちらでは赤城神社主婦失踪事件と似た、日本で起きた有名な未解決失踪事件をご紹介します。

三重女性記者失踪事件

1998年11月24日、三重県伊勢市内で辻出紀子さんという女性が行方不明になりました。辻出紀子さんは地域雑誌「伊勢志摩」(現「伊勢人」)の編集記者を務めており、鹿渡野島(わたかのしま)の人身売買事件を調べている最中に行方不明となったそうです。

警察は辻出紀子さんに自分の意志で失踪する可能性が低いとみていることから、何かの事件に巻き込まれたとみて捜査を続けています。しかし、残された家族や友人による情報提供の呼びかけもむなしく、未解決事件となっています。赤城神社主婦失踪事件と同じ年に起きた失踪事件で、こちらも世間を騒がせました。

徳島男児行方不明事件

徳島男児行方不明事件は1989年3月7日に起きた未解決の失踪事件です。徳島県貞光町の親戚の家に訪れていた松岡伸矢くん(当時4歳)が、親が目を離した40秒程の間に忽然と姿を消してしまいました。茨城県牛久市に住んでいた松岡伸矢くん一家ですが、3月5日に松岡伸矢くんの祖母が急死し、6日に営まれる葬儀に参列するために徳島県を訪れていました。

葬儀に参列した一家は徳島県貞光町の親戚の家に一泊し、翌日午前8時ごろ、父親の正伸さんが松岡伸矢くんを含む3人の子どもたちを連れて散歩に出かけました。朝食前ということもあり10分ほどで散歩を切り上げて親戚の家に戻りました。

しかし松岡伸矢くんはまだ散歩をしたかったようで、正伸さんは先にほかの子どもたちを家の中にいた妻に手渡し、玄関先まで戻ると松岡伸矢くんの姿がなくなっていました。松岡伸矢くんの姿が見えないことに気づいた正伸さんはすぐに周辺を捜索しましたが松岡伸矢くんは見つかりませんでした。

この後に家族、親類の他、警察や地元消防団員などを加えた200人近くを動員して捜索が行われましたが、残念ながら松岡伸矢くんは見つからず、赤城神社主婦失踪事件と同じく、未解決の行方不明事件となりました。2018年にテレビ出演した男性が松岡伸矢くんではないかと話題に上がりましたが、DNA鑑定の結果、正伸さんとの親子関係は否定されたそうです。

庄山仁くん失踪事件

1969年2月23日に長崎県佐世保市内で庄山仁くん(14歳)が失踪しました。事件当日、庄山仁くんは制服・制帽姿で午後2時過ぎに自宅を出ました。そしてその日の午後6時半ごろ、庄山仁くんが被っていた制帽を持った見知らぬ男性が、庄山家を訪れます。

男性は「制帽の持ち主に現金を奪われた」と話しました。翌日24日の昼ごろに庄山仁くんの父親宛に、何者かにむりやり書かされたと思われる庄山仁くん自筆の手紙が届きました。内容は強盗事件を起こしたことを詫びる文章で、この手紙を最後に庄山仁くんとは連絡が取れなくなってしまいました。

この事件は不可解な点が多く、警察も慎重に捜査を行いましたが真相究明には至らず、庄山仁くんは行方不明のまま、赤城神社主婦失踪事件と同じく未解決事件となっています。

赤城神社主婦失踪事件から20年

赤城神社主婦失踪事件が起きてからすでに20年以上が経過しました。事件の真相も明らかにならず、未解決のまま失踪宣告がされ、志塚法子さんは法律上は死者という扱いになってしまいましたが、残された家族たちは今でも彼女が帰ってくるのを待ち続けていることでしょう。

いつか、赤城神社主婦失踪事件の真相が明らかになり、志塚法子さんと家族が再会できる日が来ることを願ってやみません。

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この記事のライター
matsu_m

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