緒方純子の生い立ちから現在!松永太との息子とのその後は?

2002年に起きた北九州監禁殺人事件。主犯格とされた緒方純子はどのような生い立ちで、現在は何をしているのでしょうか?また同じく事件の主犯格であった松永太との間にできた息子の現在は?世間を震撼させる殺人事件を起こした、緒方純子という人物についてみていきましょう。

緒方純子の生い立ちから現在!松永太との息子とのその後は?のイメージ

目次

  1. 1緒方純子の生い立ちから現在!松永太との息子など解説!
  2. 2緒方純子とは?
  3. 3北九州監禁殺人事件の概要
  4. 4北九州監禁殺人事件の判決
  5. 5緒方純子には松永太の息子がいた?
  6. 6書籍化された北九州監禁殺人事件
  7. 7息子が抱く両親への想い
  8. 8緒方純子と息子の今現在
  9. 9一変した人生と失われた信頼

緒方純子の生い立ちから現在!松永太との息子など解説!

世間を震撼させた凶悪犯罪者となった緒方純子ですが、そこに至るまでの生い立ちはとても真面目で一般的な女性でした。犯罪者となった今はどのように人生を過ごしているのでしょうか。

また、彼女には北九州監禁殺人事件の首謀者である松永太との間に息子がいます。犯罪者のもとに生まれてしまった息子の現在とは一体どうなっているのでしょう。緒方純子の生い立ちや経歴、息子の現在についてみていきましょう。

緒方純子とは?

2002年北九州で起きた監禁殺人事件の主犯格として、逮捕された人物が緒方純子です。緒方純子は松永太に言われるがままにマインドコントロールされ、大切な家族を互いに殺し合わせ、自らも手を下す、おぞましい形での殺人事件の実行者です。緒方純子が犯罪者となってしまうまでの生い立ちや経歴をみていきましょう。

緒方純子のプロフィールと生い立ち

名前 緒方純子
生年月日 1962年2月25日
現在の年齢 57歳
出身地 福岡県久留米市

緒方純子の生い立ちは福岡県久留米市に長女として生まれたところからスタートします。実家は兼業農家として畑や土地を持つ裕福な家庭であったようです。また3歳下には妹もおり、緒方純子の両親は長女である緒方純子に特に厳しく躾けていました。緒方家はこの地元一帯ではとても評判が良く、特に父親は抜群に人望に溢れ、仕事のできる人物でした。

緒方純子はそんな人望溢れる父親に似ていると周りから言われており、両親も自慢の娘としてとても愛情を注いでいました。性格はとても真面目で内向的、学生時代はしっかりと勉強にも励む一般的な女の子でした。

松永太と同じ高校出身

将来、緒方純子の人生を狂わせることになる松永太とは実は高校時代にすでに出会っていました。2人は福岡県立三瀦高等学校に通っていました。松永太は途中で高校を退学しており、同級生でありながらも、高校時代の2人には全くと言っていいほど接点はなかったようです。

卒業アルバムからの電話で松永太との交際スタート

2人が再会するきっかけとなったのは松永太からの1本の電話でした。内容は「高校の時に借りていた50万円を返したい」というものでした。緒方純子は身に覚えがないながらも、松永太の言葉巧みな話術に引っかかり、そのまま誘いに乗り、高校時代以来初めて顔を合わせることになるのです。

そこで松永太は50万円は嘘であり、卒業アルバムを見て再会したくなったと緒方純子に誘いかけます。男性経験のなかった緒方純子は松永太からかけられる甘い言葉や、紳士的な行動に思わず惹かれてしまい、交際をスタートすることとなりました。

緒方純子と松永太は不倫の関係

実は緒方純子と交際を続けていた時にはすでに松永太は結婚していたのです。緒方純子もそのことを知りながらも交際を続けていました。真面目な緒方純子は罪悪感を感じることもあったようですが、その都度、松永太に言葉巧みに騙され、離れることができずにいました。

また、その後松永太は結婚の話を持ちかけてくるようになりました。不倫関係ということで、緒方家は結婚に反対していたのですが、ここでも松永太の巧みな話術で両親や家族を巻き込み、緒方純子との結婚を合意させるほどに信頼させ、自身に対する安心感を掴み取っていったのです。

完全に松永太を信用してしまった緒方家は徐々に松永太の支配下に置かれるようになっていきます。

松永太からDVを受けていた

松永太との結婚に緒方純子の両親も乗り気になったタイミングから、徐々に松永太のDVが始まりました。松永太は緒方純子に対し、過去の経歴や異性との関係についてしつこく罵り、精神的にも肉体的にも追い込んだ状態を作り上げていきます。

そのため緒方純子は長年勤め、園長先生からの信頼もあった幼稚園教諭の仕事は退職し、言われるがまま松永太の経営する布団販売会社で事務仕事を請け負うことになりました。ここから、緒方純子のこれまでの人格が豹変していったとされています。

この頃、松永太に深く入れ込んでいた緒方純子はすでに、松永太の気持ちを引き付けたいがために、言いなりであり、奴隷状態になってしまっていました。

通電での虐待を受ける

松永太が行っていた虐待方法の中に通電がありました。電気コードを二股に裂き、導線の先に金属のワニクリップをつけ、それをコンセントに繋がっている延長コードに差し込みます。そして、虐待をしたい相手の肌に装着することで、通電によるショックを与えるという残虐な虐待方法でした。

これは、緒方純子はもちろん監禁されていた被害者たちはほぼ皆経験したとされています。これらも松永太が直接手を下すのではなく、監禁者たちへの通電虐待は全て緒方純子にやらせ、自身は酒を飲みながら笑って見ているという状態でした。

北九州監禁殺人事件の概要

冷酷な松永太と、そんな松永太にマインドコントロールされていた緒方純子が手を下した北九州監禁殺人事件は一体どのような事件だったのでしょうか?なぜ7人もの命が奪われてしまうこととなったのか、その全貌を、事件の概要とともにみていきましょう。

通電の恐怖から緒方純子も共犯者に

緒方純子も虐待を受けており、その際、通電による電気ショックを受けていたとされています。松永太は経営する布団会社に勤めていた従業員で工業高校卒業の経歴がある人物から知識を経て、そこからこの電気ショックによる通電方法を考案したのです。

通電は手、足、太もも、口、乳首、耳たぶ、顎などの箇所に行われ、その痛みは強烈であったとされています。通電を受けた時には「顔面に通電をされると、判断力を失う」「生きていくのが嫌になる」「1秒でものすごい激痛が走る」と、その恐怖心は相当なものであったことが伺い知れます。

通電による虐待は緒方純子も受け続けており、通電による痛みや恐怖は緒方純子をさらに松永太の奴隷へと仕立て上げてしまう結果となりました。

家族を監禁してマインドコントロール

松永太の経営していた布団販売会社の詐欺が発覚し、逮捕状が出ていたため、松永太は緒方純子と逃亡をすることを決意しました。逃亡資金を稼ぐために、松永太は事あるごとに緒方純子を使ってお金を引っ張ってこようとさせていたのです。その資金集めの一環として松永太は裕福な家族であった緒方純子の実家に目をつけます。

この時すでに、1人の人物が緒方純子と松永太の手により殺害された状況で、これを脅迫のネタとして、松永太は緒方家の主人である緒方純子の父親を取り込み、主人が取り込まれた緒方家の人間は、必然的に松永太の支配下に置かれ監禁されるようになっていくのです。

被害者同士に虐待をさせる

北九州監禁殺人事件では緒方純子の家族は皆殺されてしまう無残な結果となっています。しかしながら、あくまでも松永太は緒方純子をはじめ、虐待、DVの対象となる人物同士で手を加えさせ、自分は全く手を汚さない形式をとっていたのです。

被害者たちは自分自身が殺されるかもしれないという恐怖感と、監禁による極限の精神状態で感情がなくなりつつあり、家族にも手を下していくようになりました。

自らの手を汚さずに死体を処理させる

北九州監禁殺人事件では殺されているにもかかわらず遺体が発見されないという奇妙な現象が起こりました。実はこの遺体の処理がとても残酷で全て遺体は解体していたとされています。その処理に関しても松永太は手を下さず、緒方純子や生き残っている家族に処理をさせており、時には子供にも手伝わせていたとされます。

計7人が殺害される

こうして松永太が計画を企て、松永太の奴隷で言いなりとなっていた緒方純子をはじめ、監禁被害者たちはお互いを殺し合い、計7名が殺害されるというあまりにも残虐で恐ろしい事件となってしまったのです。被害者にも加害者にも互いになってしまったこの状況はあまりにも恐ろしく、発覚当時には日本中を震撼させる大事件となりました。

また衝撃的なことに殺害された7名のうち、6名は緒方純子の家族でした。緒方純子は松永太のいいなりになってしまい大切な家族も手にかけていました。

北九州監禁殺人事件の判決

残酷で冷酷な犯罪を企て嘲笑っていた松永太、そんな松永太の言いなりで、罪のない家族に手を下し続けた緒方純子、この2人の判決はどうなったのでしょうか。残虐な殺害方法と強烈なマインドコントロールによる精神的なダメージは、一体どのように制裁が加えられるのでしょうか?

第一審では両者に死刑判決

第一審では犯罪史上稀に見る極悪犯罪として、検察側からは「鬼畜の所業」とまで言わせた北九州監禁殺人事件。主犯格である松永太、緒方純子は両者ともに死刑判決を言い渡されました。裁判では全面的に認める緒方純子と、全面的に無罪を主張する松永太とで態度はまるで正反対でした。

松永太は高等裁判所に控訴

松永太は死刑判決を不服として第一審判決同日に控訴しました。第一審でも自ら手を下していないことや、殺害の理由がないことを理由に完全無罪を主張し続けていた松永太ですが、控訴審では緒方純子へのDVについて追求され、松永太の控訴は棄却されます。

そして緒方純子は松永太からのDV行為により著しく判断能力が低下していたとされ、死刑判決から一転、無期懲役が言い渡されました。

最高裁の判決

しかし控訴審での判決にも不服を感じた松永太は再度最高裁判所へと上告をします。松永太の弁護側は松永太が一切の事件に加担していないことを主張し、一環として無罪を主張し続けました。

しかし、緒方純子への長期的な虐待、そして言いなりになるように仕向けた上で自らの手を汚さず事件へと導いた点は、今回の監禁殺人事件の大きな要因となっているとされ、上告も棄却される結果となりました。

緒方純子に無期懲役

緒方純子は第一審で死刑判決となったものの、松永太によるDV行為により判断能力が著しく低下しており、酌量減軽の余地があると判断され、控訴審で無期懲役となりました。

その後の控訴審では、死刑の選択も考えなければならないとしつつも、異常なまでの長期の虐待により指示に従わないといけない状況であったこと、捜査段階で緒方純子の自白が事件解決につながる大事な証言となったことなどを踏まえ、無期懲役と判断され、最高裁でもその判決は覆りませんでした。

松永太の死刑が確定

松本太は最後まで無罪を主張し続けていましたが、緒方純子を始め、そのほか監禁されていた被害者に対しての虐待行為が法廷にて認められる結果となりました。また、自身で手を下さずマインドコントロールにより家族内での殺し合いをさせるという残酷なやり方により死刑判決は覆ることはありませんでした。

緒方純子には松永太の息子がいた?

緒方純子と松永太の間には息子がいます。極悪な犯罪を企てた父と手を下していた母親から生まれ、劣悪な環境で育ったとされる息子は現在どのような生活を送っているのでしょうか。息子の生い立ちや現在の姿についてみていきましょう。

息子は児童養護施設で育てられる

緒方純子と松永太の息子は当然のことながら犯行現場を目の当たりにし、また自分自身も虐待の被害を受けていました。通電による虐待の際には、母である緒方純子に、必死に足を押さえつけられていたことが記憶に残っており今でも恨みの気持ちが消えないようです。

両親が警察に逮捕されてからは児童養護施設に引き取られ、そこでの生活がスタートします。学校にも行けず、ただ家にこもりきりで過ごした息子は、緒方純子や松永太以外の大人と接するのは初めてのことで、食事を制限なく食べていいことや、大人たちが腫れ物のように自分たちに接することが違和感であったと語っています。

里親を離れ住所不定の暮らしを送る

中学卒業を目前に息子には里親が見つかり、児童養護施設を出ることとなりました。学校に行きながらアルバイトをする生活を送っていましたが、両立が難しく、学校に行きにくかったため里親の元を家出し、住み込みの仕事を転々とする日々を送っていたのです。

この頃には周りと自分自身が違っていることに劣等感を感じるようになり、身分を保証する場所もなく、学歴もなく働く場所も限られている状況に絶望することも多く、自身の生い立ちを恨むこともあったようです。

書籍化された北九州監禁殺人事件

日本中を震撼させたこの事件の内容は1冊の本にまとめられています。それが「消えた一族」です。この小説にはどのような内容が書かれ、事件の内容がどこまで明らかにされているのでしょうか。

小説「消された一家ー北九州監禁殺人事件」

北九州監禁殺人事件は、事件内容があまりにも残虐であることから一部報道規制がかけられる状態でした。この小説ではその事件当時の状況を細かく描写しており、首謀者であった松永太の冷酷な人間性や緒方純子の心境についても読み取ることができます。

手に取った人々は「これが実際に起きていた事件だとは信じられない」と、あまりの悲惨な事件の内容に驚きと恐怖を感じることとなったようです。

息子が抱く両親への想い

残虐な事件を起こし、自分自身も虐待を受けていた両親に対して息子は現在どんな感情を抱いているのでしょうか。母親に対して、父親に対してそれぞれの感情には憎しみや哀れみなど一言では言い表せられない感情が生み出されているようでした。

緒方純子に対しての憎しみ

緒方純子は松永太からの呪縛から逃れ、自らのしてしまった重大さに気付き、息子や残された親族等に謝罪の内容や感情を手紙にて郵送しているようです。しかし息子は当時通電の虐待をされていた時に、母親が自分たちを守ってくれず、ただ松永太のいいなりで必死に足を押さえつけられたことを鮮明に記憶しており、恨みや憎しみの感情が消えないといいます。

緒方純子が服役中に面会にも行ったことがあるという息子ですが、その際にも「苦しんで生きろ」と贖罪の気持ちを抱え苦しみながら生きていくことをするように発言し「母親のことはどうでもいい」と消えない憎しみを露わにしています。

松永太に対しての哀れみ

一方で松永太に関しては恨みや憎しみといった感情はないようです。息子は、松永太には常に何かに怯えているような一面があり、常に壁に聴診器をあて周りの音を聞くなどしていたこともあると証言しています。このような常に怯え、人に対して奴隷的にしか接することができない性格である父親に対しどこか哀れみを持っているようです。

しかし、松永太のことを父親と呼ぶことは一切なく「アイツ」と呼んでいる点も、自分の父親であると信じたくない気持ちの表れでもあるでしょう。

緒方純子と息子の今現在

幼い頃から両親のせいで苦労して生きてきた息子は今どのような生活を送っているのでしょうか?またその原因を作った緒方純子は今どのように生活をし、何を考えて生きているのでしょう。

息子は幼馴染と結婚

息子はアルバイト生活中に幼馴染の女性と出会います。この女性は母親と2人暮らしをしていましたが、女性の母親が薬物により逮捕され、女性は1人になってしまいます。女性は母親に保険証の手続きすらしてもらっておらず、哀れに思った息子は女性を社会保険に入れるため籍を入れ結婚したのです。

息子は自身と同じような不自由な生い立ちを経験させることを恐れ、子供を作る予定はないと語ります。またどこかでリミッターが外れて自分も父親と同じことをしてしまうかもしれないという恐怖心も抱いているようです。

緒方純子と松永太は服役中

死刑囚である松永太と無期懲役である緒方純子は今も服役中です。緒方純子は贖罪の気持ちを手紙に書き留めていることからも、これまで自分がしてきてしまったことを後悔しているのではないでしょうか。松永太との出会いから一変、まさか自分が殺人犯となり刑務所での生活を強いられるとは、かつての緒方純子は考える由もなかったでしょう。

一変した人生と失われた信頼

緒方純子の生い立ちは、裕福な家に生まれ、真面目で素直な少女として家族にも大切に育てられてきました。まさか松永太との出会いがきっかけで、愛する家族に手をかけ、現在も刑務所で生活することになるとは想像もしなかったでしょう。贖罪の気持ち手持ちに認める緒方純子ですが、生き残った親族や息子に受けて入れてもらえる日は来るのでしょうか。

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この記事のライター
Chihiro.O

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