女子高生コンクリート詰め殺人事件の概要や犯人について詳しく解説!

コンクリート事件は、少年犯罪史上、最も残忍で凶悪な事件の1つです。この記事では、被害者女性がどのような酷い目にあわされたのか、加害者達のその後生活や再犯についてまとめました。このコンクリート事件が現在の社会に与えた影響なども含めて解説していきます。

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目次

  1. 1犯人は再犯!女子高生コンクリート詰め殺人事件
  2. 2女子高生コンクリート詰め殺人事件とは?
  3. 3女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人とは
  4. 4女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人の現在
  5. 5女子高生コンクリート詰め殺人事件が引き起こした事件
  6. 6女子高生コンクリート詰め殺人事件の映画にゆず出演
  7. 7女子高生コンクリート詰め殺人事件を元にした作品
  8. 8女子高生コンクリート詰め殺人事件は金田一少年の事件簿にも
  9. 9女子高生コンクリート詰め殺人事件は未成年者による残虐な事件だった

犯人は再犯!女子高生コンクリート詰め殺人事件

女子高生コンクリート詰め殺人事件は、そのような事件だったのでしょうか?ここでは、コンクリート事件の概要と、加害者の現在や再犯について解説していきます。

女子高生コンクリート詰め殺人事件とは?

コンクリート詰め事件は、加害者と被害者がすべて未成年という事件でしたが、その残虐性は凄まじいものがありました。少年犯罪史上、最も残忍で凶悪な犯罪の1つとして社会にも大きな影響を与えたのです。

事件の概要

1988年11月25日に、コンクリート事件は起こりました。場所は埼玉県三郷市で、被害者の女性は当時まだ17歳だった女子高生の古田順子さんです。この日、被害者の女性は20時ごろにアルバイトを終えて、自転車で帰宅している途中でした。

同じ時刻に、犯人である少年A(宮野裕史)と少年C(湊伸治)の二人は、ひったくりや強姦できそうな獲物を狙ってバイクを走らせている中、被害者の女性を発見しました。

宮野裕史は、「あの女を転ばせろ!あとはうまくやる」と湊伸治に言うと、被害者の女性の背後からバイクで近付き、自転車を蹴って転倒させたのです。

自作自演で被害者女性を騙す

何が起こったからわからず、気が動転している彼女に宮野裕史は近づいて「大丈夫か?今のはこの辺りのヤクザの下っ端の仕業だ。あんた狙われやすそうだから、俺が送っていってやるよ」と言い、被害者の女性はその言葉を信用してしまったのです。

被害者の女性は騙されているとも気付かず、宮野裕史に連れられて歩き出しましたが、近くの倉庫に連れ込まれ、そこで宮野裕史に脅されます。

怖くてどうしようもなかった彼女はそのままホテルに連れ込まれ襲われてしまいました。これがコンクリート事件と言われる始まりだったのです。

加害者の自宅に連れ込み監禁

宮野裕史は、被害者の女性を襲った後に少年B(小倉譲)と湊伸治、そして少年D(渡邊恭史)の3人を呼び出し、加害者の一人である湊伸治の自宅へと連れ込み監禁したのです。

ここからおよそ40日間にも及ぶ間、地獄のような日々が彼女を襲うのです。宮野裕史は、他にも少年Eと少年Fを呼び出し、6人で被害者の女性を強姦しました。必死に抵抗しましたが、枕や布団などで顔を押さえつけられ声も出せない状況で、どうにもすることができなかったのです。

湊伸治の家には、父親は会社の旅行で自宅にはいませんでしたが母親と兄がいたといいます。母親は彼女を連れ込んでいたと思っており、初めこそ早く返すようにと注意していましたが後に監禁していると気付きながらも息子の暴力が怖くなり、最後には何も言わなくなっていきました。

繰り返される強姦と暴力で地獄のような毎日

毎日のように強姦され、逃げ出そうにも宮野裕史たちが順番で見張るようになり、逃げられる状況ではなかったと言います。ただ、一度だけ逃げ出すチャンスがありました。

少年たちが全員寝静まった時があり、その隙に一階に降りて警察に電話をかけようとしたのです。しかし、警察に繋がる前に宮野裕史に見つかってしまい、このことをきっかけに暴力を受けるようになるのです。

被害者の女性が二度と逃げようなどと考えないように、殴る・蹴るの暴行を繰り返し、時には鉄アレをお腹に落としたり、性器に血が出るほどの異物挿入もありました。

また、無理やりウィスキーや焼酎などのアルコールを飲ませたり、シンナーを吸わせることもあったのです。泣き叫ぶ彼女に対して、「泣くな、笑え」と脅したりもしたと言います。

精神的にも弱っていく中でも終わらない恐怖

被害者の女性は、日夜繰り返される強姦と暴力に日々に、次第に精神的に限界が近付き弱っていきました。そんな彼女に対し、「もう少しで帰してやる」と宮野裕史は言いました。

諦めかけていた彼女は、この宮野裕史の言葉を信じていたのですが、そんな彼女をあざ笑うかのように少年たちは暴力をふるって楽しんでいたのです。

家族も助けに来なかった理由

通常、数日間も子供が帰らないという状況であれば、家族は心配になり捜索願を出すはずです。当然、被害者の女性のご両親も警察に捜索願を出していました。

実は宮野裕史は、彼女を脅し自宅に電話をかけさせ「家出しているだけだから捜索願を取り下げてほしい」と言わせていたのです。そのため、彼女のご家族も捜索願を取り下げてしまい、助けが来ない状況になってしまっていたのです。

逃げられない生活と日増しに増える暴力

被害者の女性が、暴行を受け続け顔が大きく腫れあがっていた時も「ずいぶんでけぇ顔になったなぁ」と、宮野裕史は言ったといいます。それほどの暴力を受けていた彼女は「そろそろ帰してほしい」と言いました。

宮野裕史に「今までどうしてたと聞かれた何て答えるんだ?」と聞かれた彼女は、「東京で遊んでたと言う」と答えましたが、「絶対嘘だ!警察に言うつもりだろ!」と言われ、さらに暴力を受けたのです。

訪れた死の瞬間とコンクリート事件

被害者の女性への食事も適当になり、排せつの処理なども次第にしなくなっていき、部屋は異臭がするようになってきた頃、宮野裕史は彼女のことをうっとうしいと感じるようになってきていました。

いっそのこと死んでくれればと話していたと言います。彼女自身も、暴力を受けるたびに「もう殺して!!」と、死を願うようになってきていました。

監禁から40日が過ぎたころ、宮野裕史はギャンブルで大負けしたことが原因でコンクリート事件は急展開をむかえます。

憂さ晴らしのため小倉譲らを呼び出し被害者の女性のところに行くと、全裸で躍らせたり、お腹を殴ったり、さらには足にオイルをかけて火を付けるなど、2時間以上にわたってリンチを繰り返したのです。

死ぬまで続いた暴行と死体遺棄

その結果、彼女は次第に痙攣しだしましたが、宮野裕史らは彼女の演技だとののしりさらに暴力を繰り返しました。そして、リンチが終わる頃には、彼女の人生は終わっていたのです。

宮野裕史らは、彼女の遺体を毛布でくるみ、車で江東区若洲の海まで運ぼうとしましたが、途中で怖くなり埋立地に埋めようとしました。

その際に、ドラム缶に被害者の女性の遺体を入れコンクリートを流し込んで遺棄したのです。これが1989年1月4日に起こったコンクリート事件の全容です。

女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人とは

コンクリート事件の殺人事件の犯人は4人とも未成年者でした。加害者全員が未成年者で、被害者の女性も未成年者というショックな事件は、なぜ起こってしまったのでしょうか?

そして、このような残虐なコンクリート事件へと発展してしまったのでしょうか。加害者4人それぞれの、力関係や年齢、生い立ちなどを見ていきましょう。

加害者①:宮野裕史

コンクリート事件の加害者の1人で、主犯格である少年Aこと宮野裕史は、4人の中でもリーダー的な立場でした。1970年4月30日生まれで当時18歳でした。

幼少期から両親の夫婦仲が原因で、度々家出を繰り返していました。しかし、160センチと小柄ながらも、中学時代は部活の柔道で成績も残すほど活躍していました。

高校には入学してすぐに中退し、見習いタイル工として働きだします。そこで暴力団との関係を深めていったといいます。

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加害者②:小倉譲

コンクリート事件の加害者の1人である、少年Bこと小倉譲は、1971年5月11日生まれで、宮野裕史より1つ歳下でサブリーダー的な存在でした。当時17歳で、身長は180センチと大柄な上に、野太い声をが特徴的です。

幼少期は、両親の不仲による別居生活に振り回されており、中学では怪我が原因でスポーツでの活躍ができなくなっています。

その後、高校には進学していますが、勉強の意欲はなく除籍処分となっており、その後定時制の高校にいっていますが、ほとんど欠席している状態でした。

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加害者③:湊伸治

コンクリート事件の加害者である少年Cこと湊伸治は、4人の中では唯一の優等生でした。1972年生まれで、宮野裕史の2つ歳下になります。

中学時代は、足立区の学習院という名門を出ており、その後の高校も都内で唯一の工業高校をに進学しており、その中で宮野裕史や湊伸治と仲良くなったと言われています。

家族は両親と兄がおり、父親は厳しくいつもビクビクしていたと言います。被害者である順子さんの自転車を蹴り倒した人物であり、監禁していた自宅もこの湊伸治の自宅です。

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加害者④:渡邊恭史

コンクリート事件の加害者の1人、少年Dこと渡邊恭史は、小倉譲と同じく当時17歳で宮野裕史の1つ歳下になります。痩せていてい気が弱く、声も小さかったのですが、ゲーム好きで湊伸治ともよく遊んでいたと言いわれています。

両親は小学生の時に離婚し、父親はその後まもなくしてなくなっており、渡邊恭史は母と姉の3人で暮らしていました。高校は定時制に通っていましたがすぐに登校しなくなり、その後働いてはみるものの長続きはしませんでした。

裁判の結果は?

1989年1月4日に起こったコンクリート事件は、およそ3ヶ月後の3月30日に加害者の4人は逮捕され、裁判が始まります。コンクリート事件は、加害者・被害者共に未成年でありながら、残虐極まりない事件だったため、連日のようにテレビでも取り上げられており、世間もその判決内容に注目していました。

コンクリート事件に対し、1990年5月21日の検察側の求刑は、宮野裕史のに対し無期懲役、小倉譲に対し懲役13年、湊伸治と渡邊恭史2名に対し5年~10年の不定期刑でした。しかし、加害者全員が未成年者ということが影響し、あまりに軽ぎる判決が言い渡されるのです。

軽すぎた判決内容

1990年7月19日に東京地裁が下した判決は、とても信じられないものでした。東京地裁が言い渡した判決は、宮野裕史に対し懲役17年、小倉譲に対し5年~10年の不定期刑、湊伸治に対し4年~6年の不定期刑、渡邊恭史に対し3年~4年の不定期というものだったのです。

検察側は、あまりにも刑が軽すぎると控訴し、それを受けて改めて1991年7月12日に東京高裁から判決が言い渡されました。

東京高裁が下した加害者4名への判決内容

宮野裕史への判決は、「主犯格である彼の罪責は非常に重いものである」とし、懲役20年が言い渡されました。

小倉譲への判決は、「A(宮野裕史)に次ぐ地位であり指示を受けなくても被害者に暴行していたこともあったとして」と判決文にはありましたが、一審の判決内容と変わらず5年~10年の不定期刑が言い渡されました。

湊伸治への判決は、「自宅に被害者を監禁し強度の暴行を加えた」として、5年~9年の不定期刑が言い渡されました。

渡邊恭史への判決は、「終始犯行に加わりすさまじい暴行を加えた」として、5年~7年の不定期刑が言い渡されました。

女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人の現在

コンクリート事件に関わった加害者4人や、被害者のご家族はその後どうしているのでしょうか?ここでは、コンクリート事件のその後や現在の状況について解説していきます。

加害者の出所状況

コンクリート事件の加害者である4名は、出所後はそれぞれに生活を送っていますが、4名中3名は再犯を犯し再逮捕もされています。それぞれの加害者ごと現在の状況に説明していきます。

犯人①:宮野裕史のその後と現在(再犯あり)

コンクリート事件の主犯格である宮野裕史は、2008年に出所し、その後に養子縁組で苗字が横山に変わっています。宮野裕史は、出所後再犯を犯し逮捕されています。出所後も反省の色は認められず、コンクリート事件についても何人かの友人には話していると言います。

また、マルチ商法での裏稼業で大儲けをしているとも言われています。今現在も大儲けしてるのかもしれません。

犯人②:小倉譲のその後と現在(再犯あり)

4人の中でサブリーダー的な存在であった小倉譲は、1999年に仮出所しており、その後は保護観察関係者の女性と養子縁組をして姓が変わっており、神作譲という名前になっています。2002年に結婚もしていますが、更生することもなく2004年に再犯も犯しています。

この事件の際に、コンクリート事件のことを脅し文句に使ったり、さらには「コンクリート事件の本当の主犯格は俺だったんだ。あれは本当に楽しかったなぁ」と行く先々で吹聴していたと言われており、全く反省の色はみられなかったということです。

神作譲から、さらに谷村譲に改名したという噂があり、2016年9月時点では、大阪府泉佐野市の長滝府営住宅に住んでいるという話です。また、元々の小倉譲に名前を戻したという話もあり、現在も住んでいるかもしれません。

犯人③:湊伸治のその後と現在(再犯あり)

湊伸治は出所後、ムエタイの選手としてデビューしましたが、当然コンクリート事件の影響を受けており、歓迎されるものではありませんでした。「コンクリ」というあだ名を付けられ、リングに上がればブーイングの嵐に包まれ、その中でも大した成績を残すことなく引退しています。

引退後は、外国人女性と結婚をして娘が1人いると言われていますが、その後離婚しているようです。2018年には殺人未遂事件の再犯を犯して再逮捕されています。現在も、再犯を犯した埼玉県に住んでいる可能性があります。

犯人④:渡邊恭史のその後と現在

渡邊恭史は、出所前から少年院でいじめにあっていたようです。もともと一番気が弱かったということもあり、周囲からの目にも耐えられなかったのか、出所後はひきこもり症候群となってしまったと言われています。現在の状況はわかっていません。

被害者のご家族のその後

被害者である古田順子さんのご家族は、コンクリート事件当時、被害者のご家族としてテレビのインタビューにも答えていたという情報もありますが、あまりの悲しみの深さに体調を崩してしまったということです。

あくまでも噂ですが、悲しみのショックで自殺をしたという話もありましたが、不確定な情報のようです。いずれにしても、事件の残酷さと大事な娘を奪われた深い悲しみ、そして不釣り合いな判決内容に現在も苦しんでおられることでしょう。

犯人は再犯も

コンクリート事件の加害者の中で、宮野裕史・小倉譲・湊伸治の3人は出所後に再犯を犯しています。宮野裕史は、2013年に振り込め詐欺の振り子として再逮捕されています。しかし、事情聴取で沈黙を貫いたため不起訴処分となり、詐欺グループの情報も掴めなかったと言います。

この他にも不確定な情報ではありますが再犯歴があり、車の名義貸しでトラブルを起こし、逮捕されていると言われています。

小倉譲(神作譲)の出所後に犯した再犯は、2004年に母親の経営していたスナックで「三郷市逮捕監禁致傷事件」という事件を起こしています。この事件を受けて、再逮捕後は懲役4年の判決を言い渡されています。

湊伸治も再犯歴があり、出所後に殺人未遂事件を犯しています。駐車トラブルで因縁をつけ、ナイフで相手の男性の首の後ろを刺し、あと5mmズレていたら死んでいたということです。この事件で再逮捕されています。

現在でも2ちゃんねる(5ch)のスレで議論

コンクリート事件に関することで、現在でも2チャンネル(5ch)などで議論は続いており、少年犯罪板には今なお書き込みがされています。

被害者やそのご家族の想いや無念さを考慮すると、やはり軽すぎる刑罰だったという意見がベースにあり、死刑にすべきだとか、少年法の廃止を訴える声も少なくありません。

コンクリート事件を知らない世代までもが、現在このような2チャンネルなどで異論を唱えています。広い意味でこのコンクリート事件は考えさせられる重大事件であったと言えると思います。

女子高生コンクリート詰め殺人事件が引き起こした事件

コンクリート詰め殺人事件が引き起こした事件があったことをご存知でしょうか?全く関係のない人が加害者扱いをされ、長い間悩まされ続けているという事実があるのです。それは一般人だけでなく、芸能関係者にも被害が及んでいたのです。

スマイリーキクチ事件

お笑いタレントのスマイリーキクチさんも、コンクリート事件が引き起こした事件に巻き込まれた1人です。スマイリーキクチさんの出身が、コンクリート事件の犯行現場と同じ足立区で加害者たちと同世代であり、スマイリーキクチさん自身10代の頃不良だったという理由からでした。

この噂がインターネット上に拡散され、スマイリーキクチさんに対する中傷などが始まったのです。当然、何の関係もないスマイリーキクチさんは事件との関与は否定しています。

スマイリーキクチさんは、「犯行現場は自分の出身地からはだいぶ離れているし、成人式の時に一度行っただけで土地勘もない。足立区の同世代の男性なんてごまんといる」として否定されたのですが、中傷は収まらなかったと言います。

部外者まで疑われた中傷事件

事件後、犯人たちは事情聴取の中で反省の言葉を述べるものはおらず、他にもやった奴はいるのになぜ自分だけが捕まるのかと、殺人事件を犯しているにもかかわらず、反省の色はなかったと言います。

それに対してスマイリーキクチさんは、「その場しのぎの反省に過ぎず、匿名で散々中傷や脅迫をしておきながら刑罰を逃れるためだけに謝罪をすると、平然と嘘をつける人間」と、犯人たちについて語っています。

市川一家4人殺人事件

1992年に、当時19歳の未成年だった関光彦死刑囚が起こした強盗殺人・強姦事件で、この事件では未成年者でも死刑判決が下され人々の関心を集めました。

関光彦死刑囚は、コンクリート事件でも死刑判決は下されなかったのだから、どうせ捕まるなら未成年のうちに捕まった方がいいと考えていたと言います。

新潟少女監禁事件にも影響か

1990年11月13日、新潟県三条市内で当時9歳の少女を誘拐し、9年間にも及び自宅に監禁されるという事件が起こっています。

この事件の犯人は未成年ではなく、当時28歳の佐藤宣行だったが、自宅に監禁したという点と、恐怖で同居していた母を支配していたという点が似ている事件だったのです。

女子高生コンクリート詰め殺人事件の映画にゆず出演

コンクリート詰め殺人事件を元に、いくつか映画化もされています。その映画の中には、当時まだ無名であったゆずの北川悠仁も、淳主演として出演しています。ここでは、コンクリート事件を題材にした映画や小説・漫画についてご紹介していきます。

ブレイク前のゆずの北川が出演

ゆずの北川悠仁が、コンクリート事件を題材に作られた映画「女子高生コンクリート付け事件~壊れたセブンティーンたち~」に準主演として出演しています。北川悠仁は、当時はまだ無名であり、この後にゆずを結成しているようです。

女子高生コンクリート詰め殺人事件を元にした作品

コンクリート詰め殺人事件を元にした作品が、いくつか作られています。小説や映画、漫画なども制作されており、コンクリート事件が社会に与えた影響の大きさが感じられます。ここでは、それらの作品についてご紹介していきます。

小説/映画/漫画「十七歳、悪の履歴書」

コンクリート事件をモチーフに、ノンフィクション小説「十七歳、悪の履歴書」という小説が作られ、その小説を原作として映画化もされています。

この作品には、上映反対の意見が多数寄せられたり、かなりのバッシングがありましたが、その中には「監督が元暴走族という肩書をもつ」「被害者の女子高生を演じるのがAV女優である」といった、反対意見としては疑問点があったと言います。

大手レンタルチェーン店にも、取り扱わないよう意見が多数寄せられたそうです。ちなみに、ビデオ・DVDレンタルはR-15に指定されています。漫画としては、「17歳。」というタイトルと、「彼らの犯罪」というタイトルで販売されています。

漫画「真・現代猟奇伝」

「真・現代猟奇伝」は、現代日本で起こった数々の凶悪殺人事件をもとにフィクション化された漫画です。本作品は、2004年にオークスより紙単行本として出版され、2013年に太田出版が電子書籍化しています。

小説「隠蔽捜査」

小説「隠蔽捜査」は、第27回吉川英治文学新人賞、第21回山本周五郎賞、第61回日本推理作家協会賞長編部門を受賞している警察小説です。

この小説自体は、フィクションですが、実際に起こった事件も取り上げられており、そのうちの1つに「足立区女子高生コンクリート詰め事件」も取り上げられています。

映画「女子高生コンクリート詰め殺人事件」

ゆずの北川悠仁も出演していた「女子高生コンクリート詰め殺人事件」は、1995年のビデオ映画です。元々は劇場用ではなく、ビデオ安売り王をフランチャイズ展開していた、日本ビデオ販売(倒産)がオリジナル映画として制作したものです。

日本ビデオ販売の会長であった佐藤太治氏が、コンクリート事件に憤慨し製作にこだわったと言われており、現在では入手困難で幻の映画と言われています。

漫画「17歳」

先ほども少しご紹介しましたが、漫画「17歳。」は2004年から2005年にかけて連載された漫画で、単行本は双葉社から全4巻が刊行されています。

この漫画は、女子高生コンクリート詰め殺人事件を構想のモチーフとしてはいますが、同事件を取り上げたものではなく接点はありません。

女子高生コンクリート詰め殺人事件は金田一少年の事件簿にも

金田一少年の事件簿でも、コンクリート事件をモチーフとして作られたストーリーがあります。話としては、事件後に犯人たちが出所してからの話となっていますが、少年法のあり方を考えさせられるような内容です。

剣持警部の殺人

金田一少年の事件簿「剣持警部の殺人」で、コンクリート事件と似た内容のストーリーが描かれており、コミックス上下巻で販売されています。本作は、2014年の「金田一少年の事件簿R」でアニメ化もされています。

女子高生コンクリート詰め殺人事件は未成年者による残虐な事件だった

コンクリート事件は、被害者・加害者共に未成年であったにもかかわらず、残虐極まりない大事件でした。少年犯罪史上、最も残忍で凶悪な事件の1つとされています。

この事件をきっかけに、少年法に対する様々な議論がなされており、それは現在でも続いています。また、この事件に影響を受けた人や事件も起こっており、社会に与えた影響はとても大きかった事件と言えるでしょう。二度とこのような事件が起きないように祈るばかりです。

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AnyTra

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